第46話 ユィリスの戯れ

 昼時を過ぎ、キッチンから鼻孔を擽る甘い香りがリビングに広がり始めた。

 夕飯の時間はまだだし、誰かがお菓子でも作ってるのかな?

 そう思い、台所を覗きに行く。案の定、そこには大きなボウルに入った生クリームや蕩けたチーズを器用にかき混ぜるユィリスの姿があった。

 ペロッと舌を出し、職人風吹かせて楽しそうに調理している。サイズに合わないエプロンとバンダナをしっかり身につけているのが、本当に可愛らしい。

 ユィリスが自らお菓子作りなんて珍しいなぁ。なんて思いながら、何を作っているのか聞いてみた。


「ユィリス、何作ってるの?」

「ふっふーん!私特製〝レアチーズケーキ〟なのだ。楽しみに待ってるんだぞ!」

「食べさせてくれるの!?楽しみだなぁ!」


 顔に粉を付けながらも頑張っているユィリスを見てると、なんだか親の…いや、どちらかと言えば姉の立場になったような気がして、自然とほっこりした気持ちになる。みんなよりも一回り背が低いのもあって、ユィリスは私の中で妹感が強く、ついつい世話を焼いてしまうことが多い。

 そういえば、ユィリスにはお姉さんがいるんだよね~。こんなに可愛い子が妹なんて、お姉さんが羨ましいよ。


「あーほら、床が粉塗れだよ」


 生クリームも少し飛び散っている。しょうがないなぁと思いながらも、床を掃除しようと屈んだ途端、


「えっ、うわぁぁぁ!」


 ユィリスが足元の生クリームに足を滑らせ、私の方へ豪快に倒れてきた。それを察知した私は、すぐに受け止める体勢に入る。

 キッチンに舞う白い粉。甘い香りが漂う中、私たちはクリーム塗れになりながら体を重ねていた。

 せっかく泡立たせていたボウルの中身は宙に投げ出され、しっかり服や髪を汚している。ねっとりとした白濁の液体が服に染み込んできて、言葉には言い表せない変な感覚が体中に襲い掛かった。


「だ、大丈夫?ユィリス…」

「うっ、ごめんなのだ…」


 ユィリスの事だし、こういうハプニングは日常茶飯事だ。巻き込まれるのは初めてだけど…。

 私に覆いかぶさったユィリスは、申し訳なさそうな表情で体を起こそうとする。しかし彼女は、なぜかクリームやらヨーグルトやらで汚れた私の体を、まじまじと見つめ始めた。

 そして、こう一言。


「なんか、アリア…すっごくエロいのだ」

「はっ…!?///」


 突拍子もないユィリスの言葉に、一瞬にして頬が紅色に染まる。

 なぜこの子は、そんな変態的なワード(?)をダイレクトに伝えられるのだろうか。本当に不思議でたまらない。


「いや、なんか…その、何となく思っただけなのだ」

「私で何を連想したの!!?」


 どういう訳かユィリスまで顔を赤くして、口元を抑えながらこちらを見下ろしてくる。そのまま自然と見つめ合う形となり、私の心臓は大きく脈を打ち始めた。

 胸を重ね合わせ、お互いの鼓動が交互に伝わってくる中、ユィリスは更にエキセントリックな行動にでる。


「クリーム…勿体ないのだ。んっ…」

「えっ…ちょ、待っ――」


 私の静止も聞かず、彼女はトロン…とした表情で、私の頬っぺたに付着した生クリームをぺろりと舌ですくい上げた。

 女の子の艶やかな細い舌先。それに肌を嬲られ、体の芯から走り出る電気のような痺れが全身を駆け巡り、危うく意識を失いかける。


「ゆぃ…り、す…や、やめ……」

「ひひっ…アリア、こんなことで降参なのかぁ?泣きそうになっちゃって、可愛いのだ」

「い、いい加減に…し、てっ」

「嫌なら、逃げればいいのだ。んっ…れろっ…」

「ハァ…ハァ…」


 逃げれるなら、とうに逃げている。どうも女の子に心を乱されると、魔力の制御が上手くいかず、魔法なんて碌に使えない。


「ここを舐められると、どうなっちゃうのだぁ…?」


 更にユィリスの意地悪は続く。頬から首筋へ、優しく撫でるように舌を這わせてくる。

 これじゃまるで、焦らすようなキスだ。それを分かってて、ユィリスは首元にキスマークを付けるようにちゅっちゅとクリームを味わっている。


「うぅ…る、ルナに、言いつける…からぁ…」

「ふふん…。果たして、こんな状況をルナに説明できるかなぁ…?また悶絶させて、よわよわのアリアをルナに見せてやるのだ」

「や、やぁぁ…やめ、て…」


 こんな状況を誰かに見られたら、恥ずかしすぎてもう部屋から出られない。

 体中が熱を帯び、息が荒くなる。それはユィリスも同じで、多分わざと淫らな表情を作っているのだろう。

 エロいのはどっちだよ…と言いたくなるような構図。いつもなら、ここで私の記憶は途絶えている頃合いだろう。だが、今回は違う。

 流石の私も抵抗しようと、手を突き出し、ユィリスをどけようとした。しかしその手は、すぐにガシッ!と掴まれてしまう。


「アリア、何か勘違いしてないか…?これは単なるであって、別に疚しいことではないのだぞ?」

「う、うるさい…。そっちから、始めたんじゃん…」


 こんな辱めを受ければ、私だって女の子に対して反抗心くらいは抱く。が、そんな私のちっぽけな抵抗は、更にユィリスの支配欲を逆撫ですることとなった。


「ふーん、口答えするんだぁ…。じゃあ、もっとやるよ…」

「うっ……!!」

「もう少し声を抑えないと、誰かに聞かれても知らないのだ」


 どの口が言ってるんだか…と突っ込む余裕もない。まるでユィリスのおもちゃにでもなったかのように、私は逆らう事が出来ないでいる。


「にひっ、ざーこ…」

「……!!//」


 耳元で軽く罵倒されて、ゾクッ…!と身を震わせる。可愛い女の子からの悪たれ口に、体がご褒美を貰ったかのように反応した。

 我ながらマゾ(女の子限定)過ぎて、情けなく思えてくる。と同時に、ユィリスに対して私の中で疑問が浮かび上がった。

 なぜ、この子はこんなことをするのだろうか…と。

 だがそんな問いかけは、飛びゆく理性の中で霧となって散ってしまう。


「ユィリス…。わ、わかった……からぁ。わ、たしの負け…」


 完全に敗北し、だらしなく虚脱状態になった私に満足したのか、ユィリスは舐めとったクリームをわざとらしく味わう。悔しいけど、そんな姿を純粋に可愛いと思ってしまった。


「分かればいいのだ、アリア。さて、遊びはそろそろ――」


 お互い、汗と白い何かでねっとりした体を離そうとした、その時…




「ユィリスさーん。お菓子作りは順調ですか~?少し目を離すと失敗するんですから、今回は最後まで私が見ていて――」




 嘘…でしょ?

 薄れゆく意識の中で耳に入ってきたのは、こちらへ向かってくる誰かの声。起き上がる時間さえも、神様は与えてくれなかった。

 いや、ここから起き上がるのには、少なくとも一、二分は必要。と考える時間も皆無だったのだけど…。

 だらんと仰向けになりながら目線を頭の先にやると、こちらを見下ろしているフランが、視界へ逆向きに映り込んだ。状況を理解できないのか、ポカンと口を半開きにして硬直している。

 べっとりした白い液体を体中に付けながら、体を重ねる二人の女の子。そんな光景を目の当たりにし、フランが反応しない訳がない。


「ユィリスさん…」

「ち、違うのだ、フラン!これは色々事情が――」

「アリアさん、あなたという人は…」


 え、もしかして私が始めたと思われてる…!?

 なんとか弁明しようと思ったのも束の間、

 



「「「もう、さいっこうですぅぅ~~~!!!!」」」



 

 足元にエンジンでも付けてるのかと疑う程、フランは興奮状態で叫び、思いっきり背中から倒れた。そのまま目をハート型にさせ、鼻血を出して気絶する。

 純白のメイド服が、一瞬にして真っ赤に染まっていった。どうやら、メインエンジンは鼻にあった模様…。

 頭を打ってないかと心配になったが、幸せそうに震えるフランを見て、なんだか複雑な気持ちになる。そんなに女の子同士の絡みが好きなのかと、今一度フランの百合好きに感心する私たちであった…。




     ◇




「で?ちゃんと説明はあるんでしょうね。私、今を済ませたとこなんだけど…」

 

 その後、服を思いっきり汚した私たちは、ルナから軽く説教を受ける羽目に。

 家事の中でも、かなり手間のかかる洗濯を終えたばかりでのこの事件。今日の家事当番であるユィリスの手伝いを殆どやらされて、ストレスが頂点に達していたルナに、私たちは横並びで正座させられる。

 

「こ、これには正当な、ちゃんとした事情があるのだ、ルナ!そうだろ?アリア!」

「そ、そうそう!って、なんで私までこんな目に!?」


 腕を組みながらこちらを睨むルナに、なんとか説明しようと試みる。怒られるのは元凶であるユィリスだけでいいのだが、あの辱めを口で説明したくはなかったので、渋々ユィリスと口裏を合わせることにした結果がこれだ。

 そもそも、洗濯をほぼルナにさせていて、自分は呑気にお菓子を作っていたユィリスに驚きを隠せない。呆れを通り越して、怒る気も起きなかった。


「まあ洗濯に関しては、私が勝手に引き受けたから別にいいわ。問題はそこじゃなくて――」

「女の子同士の…甘い香りが~。ふへ、ふへへへへ…」


 この場に流れる重い空気を物ともせず、未だ余韻に浸るメイド。ルナからしたら、あの場で鼻血を出していたフランが一番意味不明に思えるだろう。

 まさに地獄絵図である…。

 そんな、中々お花畑から戻ってこないフランの様子に、頭上に怒りマークを一つ増やすルナ。これ以上彼女を怒らせたくはないので、なんとか落ち着いてもらうよう話をする。


「る、ルナ…。その、ごめんね。わざと汚した訳じゃないんだよ、本当に…。フランについては…ええっと、ただの巻き添えというか〝玉突き事故〟的な…とにかく、そんなに怒らないであげて、ね?洗濯は全部ユィリスにやらせるから」

「なんでだ!?アリア!」


 腑に落ちない様子のユィリスに、「いいから…!」と小声で制する。元を辿れば、ユィリスの不注意で起こった一件だし、ここは責任を取ってもらうのが筋だろう。

 私をおもちゃにしたことは不問にするのだから、安い話だ。


「だから、ルナ…。許して、くれる…?」

「うっ…」

「お願い…」


 両手を胸の前に置き、上目遣いでおねだりする。そんな私を見て、ルナは不意を突かれたように頬を緩ませた。


「わ、分かったわ。もう、そんな可愛い顔で言われたら、何も言えないじゃない…」

「ルナ…」


 ふぅ、なんとか許してもらえたよ~。てか詳しく話してれば、私が怒られる理由は一ミリも無いからね!?

 その後、ユィリスが泣きながら夜中まで洗濯をさせられたのは、言うまでもない。特にフランの出血は、落とすのに一時間はかかったそうだ。


「ふにゃ~、今日も平和だね~」


 お昼寝タイムのシャトラを愛でながら、行われるやり取りを、モナは寝ぼけながら眺めていた。

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