第45話 最強のペット

「ですが、ご主人様。我ら幹部を救う権利がないなんて、そんなことは絶対にありません。現に我は、人間であるご主人様に何一つ嫌悪を感じていませんから。ご主人様は、どんなお姿であろうと我のご主人様です。皆、ご主人様がこうして生きておられること…それだけで、かなり救われると思いますよ」

「そ、そうかな…。もう、いつになく私を褒めるじゃん」


 人間である私を尊重しつつ、悲観的な私の言葉を前向きに正してくれたシャトラ。幹部たちからの誉め言葉には慣れたつもりだったけど、みんなが私に対して思ってくれている気持ちを改めて代弁されて、少し照れながら頬を掻く。

 人間が嫌いな筈なのに、この子は本当に…。


「ありがとう、シャトラ。でも、本当は私も同じ気持ちだよ。みんなには、何だかんだ良くしてもらったし、見捨てるなんて出来ない…」

「ご主人様…」


 人間界と魔界…その両方を取り持つ力は、今の私にはない。ただでさえ、人間界の支配に動く魔族を対処するので手一杯なのだから。

 加えて、私は自分自身に最も大事な約束をした。ルナを、みんなを傍で見守るって…。

 それらを念頭に置いた上で、私はハッキリと自分の意見を口にした。


「それでも、私は人間。だから今は、人間を守ることを優先するよ」

「はい…」


 心の中では分かっているものの、やはり戸惑いはあるのだろう。シャトラは悲しげな表情で俯き、か細い声で返事をした。

 私はそんな元幹部に寄り添い、優しく頭を撫でてやる。


「でも、同時に…」

「……??」

「私は魔族や魔王と相対する人間でもある。可能性は低いけど、いずれは魔王と戦うことになるのかもしれない。その時、私に魔王を倒せるだけの力があれば、みんなを助けられるかもね」

「ご主人様…!」


 完全に出来ないと、口にしたくはなかった。

 前世で、あれ程怠惰にダラダラ過ごしていたどうしようもない私。戦いに興味がなく、なぜか人間を守ろうとする魔王なんて、幹部から見捨てられてもおかしくない。

 そんなの覚悟の上だったけど、シャトラたちはずっと私を慕って付いてきてくれた。男だろうが何だろうが、みんながいたから、悠久の時を過ごすことを約束された私でも、寂しい思いだけはしなかったんだと、今になって思う。

 だから、そう遠くない将来には…。

 元幹部に感化され、前向きな言葉を投げかけた私に、シャトラは嬉しそうに尻尾をフリフリする。


「ご主人様のお考え、我が一番に尊重します!ハッハッハッハッ…!」

「犬か!!」


 一先ず、魔界の現状を知れたことは大きかった。女の子との甘々な生活を送るためには、世界の動向を知っていないと、いつ今の暮らしが壊されるか溜まったものじゃないからね。

 と、私の考えも固まったところで、どうしてまたこんな状況に至ったのか、シャトラに色々と聞くことにした。


「シャトラは、魔王に降った訳じゃないんだよね?」

「はい。我はなんとか逃げ延びましたが、魔界での居場所を失い、人間界へ漂流せざる負えませんでした。それから数日、飲まず食わずに彷徨い続け、限界を感じていた我に、勇者と名乗る人間が近づいてきたのです」

「勇者…?」

「はい。奴はなぜか我を知っていた。魔王アリエ様の、幹部であることも。情けない話ですが、我は勇者の力に敵わず、捕らえられてしまいました。そして奴ら勇者パーティは、我にご主人様のいる村を襲うよう仕向けたのです」

「えっ…!?」


 人間の住む村を襲わせた…?勇者が?

 そんなこと、してはいけないことだ。大それた存在である勇者が、この辺境の村に何の用だというのだろうか…。


「詳しく言えば、アリアという人間の子供を殺せと命じられたのですが」

「私…!!?」

「えっ…ご、ご主人様の今の名前って…」

「うん。アリアだけど…」


 その事実を耳にした瞬間、



「「「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!!」」」


 

 シャトラは地に頭を擦り付けながら、全力で謝罪した。華麗なる〝スライディング土下座〟に、私は引き気味に見下ろしてしまう。


「いや、だから…知らなかったんだからしょうがないでしょ?」

「で、ですが、我は危うくご主人様に手をかけるところでした。いや、既にあの時点で手をかけたと言われてもおかしくはない!なんという愚行!切腹いたしましょう!!」

「やめて!!?」


 いつもの…いや、前世で良く見られた茶番を適当にあしらい、シャトラに命じた勇者について尋ねる。


「それで?なんで私を殺すよう言われたの?」

「理由は、聞かされていません。ただ我は、新たな魔王に降った同志を救うチャンスをやると言われ、従わざるを得なく…」

「ふーん」


 私を殺したい勇者。まあ、思い当たる節はあるけど…。

 と顎に手を当てて考える。

 理由もなく私を殺したいなんて、そんな変人じゃないと思いたい。何より、私を認識している勇者パーティなんて、自ずと一つに絞られるだろう。

 なら、考えるまでもない。そいつらの最大の特徴を踏まえて、もう一度シャトラに聞く。


「その勇者パーティって、全員家族でしょ」

「はい。既に、知っておられましたか」

「やっぱりね。知ってるよ、そいつらが私を狙う理由もね」


 どうやって〝王都レアリムの一件〟を知ったのか分からないけど、既に奴らは動き始めたようだ。

 『超位者グランダ―』のシャトラを使えば、勝てるとでも思ったのかなぁ。残念。この子は今、私に寝返りましたっと。

 どうせなら、こんな間接的なものじゃなくて、自分たちで直接挑みに来ればいいのに。そしたらすぐに私がボコボコにして、モナを安心させられるのだから。

 まあ、自分の手を汚したくないなんて、如何にも勇者って感じだけど。

 と、計画をこうも簡単に潰されていく勇者を小馬鹿にしたように、心の中で笑う。


「心当たりがあるのですね。クッ、我にもう少し力があれば、奴らを壊滅させられたのですが…」


 その獰猛な牙を軋りながら、シャトラは悔しそうに項垂れる。


「まあまあ、こうして出会えたんだし、ポジティブに考えよ。それで、シャトラ」

「はい」

「これからどうする?居場所がないなら…うーん、この森に住むとか?」


 冗談交じりに告げた私の提案に、シャトラはガーン…と更に意気消沈する。

 随分と喜怒哀楽が旺盛な魔物だ。そこがこの子の可愛いところではあるんだけどね。


「ご、ご主人様…やはり粗相を犯した我は、傍に置くのにも足らない存在なんですか…?ぐすん…しゅん…ぐすん…しゅん…」


 泣きながらしょんぼりするシャトラ。とても魔界で最強の竜種と張り合っていた虎とは思えない仕草に、思わず吹き出してしまう。


「ふふっ…あーごめん、半分は冗談だよ。だって、シャトラは人間の事、良く思ってないでしょ?私と一緒にいるにしても、人間との関係は不可欠だよ。それが大丈夫なら、私は一緒に居たいと思ってるけど」

「うっ、それは…。た、たしかに我は人間が嫌いです。ですがそんなこと、ご主人様の傍を離れることを考えれば、ちっぽけな苦悩。…見事、耐えてみせましょう!」

「いや、そんな意気込まなくてもいいレベルだから…」


 でも、シャトラがここまで人間を嫌うのは、過去のを考えれば十分に理解できる。この子にとっては難しいことだけど、村の人たちに悪い人は…多分いないと思うし、共に過ごしていくうちに慣れていってくれると私も嬉しい。


「分かったよ、シャトラ。じゃあ、小っちゃくなって。そのままじゃ、村の人たちを驚かせちゃうし、家にもあげられないからさ」

「たしかに…。それでは」


 全身に光を纏ったと思えば、ポン!と煙を出して、一瞬でシャトラはミニサイズに変化した。

 その姿は、売店で売りだされているフェルトのぬいぐるみと大差ない。もふっとした毛並みはそのままに、丸みを帯びた柔らかい体つき、つぶらな瞳、ぴょこっとした丸耳。これならペットとして飼い始めても、魔物とは疑われないだろう。


「うんうん。久しぶりに見たけど、やっぱり可愛いな~それ」

「いえ、勿体なきお言葉です」

 

 声質もまるで違う。相手を威圧するドスの利いた声から、女の子のような可愛らしい声へと変化した。

 私はどっちのシャトラも好きだけど、これは女の子受けいいかも。すぐに受け入れられそうだ。

 と勝手ながら思っているが、実際はどうだろう。みんな優しいけど、ペットは嫌いな子だっていてもおかしくないし…(←完全にシャトラはペット扱い)。

 まあ、その時はその時だ。

 色々あったけど、一先ず私はシャトラを連れて家へ帰った。




     ◇




「――と、いうことで、今日からこの家のペットになった、シャトラだよ!」


 家に帰るや否や、私は同居しているみんなを集めて、シャトラを紹介する。

 経緯は簡単。近くの森で怪我している白虎を助けたところ、私に懐き、付いてくると言って聞かなかった。単純だけど、悪くはない設定だろう。


「村の外の森、そして喋る虎…ですか。何があったら買い出し中にそんな状況に至れるんですか…?アリアさん」


 たしかに…。

 フランから訝し気な視線を向けられ、ようやく自分が買い出しを頼まれて家を出ていたことに気づく。買い出しは終えていたけど、そこから色々あったからか、すっかり忘れていた。

 

「まあ、アリアの事だし、まーた何かトラブルにでも巻き込まれたんじゃないか?」

「というか、そうとしか考えられないわ」

「うんうん。アリアちゃんは毎日のように、人知れず誰かを助けてるからね~」


 ルナ、ユィリス、モナの三人は、いつもの事だと特に気に留めていない様子。それを受け、「それもそうですね」とフランも深くは聞かないでいてくれた。

 

「ふん!ご主人様にその態度とは、随分と頭が高いのではないか?にんげ――」

「……」


 そこまで発したシャトラは、横から伝わってくる退魔の圧にビクッと体を跳ねさせる。私はにっこり笑いながらも、口の悪いペットを無言の圧で制した。

 私の傍にいたいなら、分かるよね…?


(も、勿論です…)


 なんて、お互い表情だけで会話する。

 全く、人間のペットとして振舞うようにとあれ程言ったのに。急に人間への態度を変えるのが難しいのは分かるけどさ。


「可愛いじゃない!私は別にいいわよ」

「お~、モナに負けず劣らずモフモフなのだ!」


 人間嫌いな魔物の態度に気後れすることなく、ルナとユィリスは真っ先に近づき、シャトラの体を撫でまわす。見た目が虎の赤子のようだから、何を言われても全然怖くないのだろう。


「うっ…我に触れるな、人間!」

「白い虎なんて珍しいですね~」

「小っちゃくて可愛い~」


 抵抗できない状態で、女の子四人になでなでされ、可愛い顔で威嚇するシャトラ。しかしそれは一瞬で、あっという間にみんなの優しい掻き撫でに屈服させられる。


「な、なんという屈辱…だ」


 暴れるのは口だけ。体は正直なもので、ぽわ~っと気持ちよさそうな顔になる。

 墜ちたな…早くも。

 こうして、私たちの家に新しく癒しのペット(?)が舞い込んできた。名前はシャトラ。元魔王幹部、最強の虎である。

 それを知ったら、みんなどんな反応するだろうなぁ。怖がらせたくないから、絶対言わないけど。

 

「グッ…ご主人様の盟友でなければ、貴様らなんぞぉ…」


 まあ、シャトラには頑張ってもらおう…。

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