第36話 vs魔族

「刃こぼれなし…」


 何一つ傷ついた様子のない木刀を見て、呟く。威力は前世に遠く及ばないけど、技の質は上々だ。

 この場にいる魔族共は唖然とし、誰も何も言えなくなっていた。その殆どが、恐怖で体を強張らせている。

 当たり前の反応だ。錬金か何か知らないが、奴らの崇拝している力で強化された巨体なゴーレムが、人間の子供に、しかも木刀で真っ二つに斬殺されたのだから…。


「モナ、大丈夫?怪我してない?」


 すぐさまモナの元へ駆け寄り、声を掛ける。心配は要らないようだけど、モナはなぜかこちらから目を離さず、ぽかんとしていた。


「え、ええっと…モナ??」


 あー、やっちゃったなー。多分これ、引かれてる…。

 そりゃそうだよね。いくら魔族に腹が立ったからって、あんな大技を使わなくてもよかったなぁ…。

 どうしよ。こんな奴に着いてきてしまったんだって、怖がらせてしまったかも――。

 しかしそんな私の不安事など、杞憂に過ぎなかった。


「凄い…」

「え?」

「凄いよ、アリアちゃん!!なに!?何なの、あの剣術!凄い凄い、ちょ~カッコよかったよ!!」


 瞳の奥にライトでも仕込んでるんじゃないかってくらいに、モナは目を輝かせる。この子は本当に、無邪気で可愛い。


「そ、そんなにカッコよかった…?」

「うん!勇者よりも全然強いんじゃないの!?可愛いのにカッコいいはもう反則だよ~!!」

「かわっ…!!」


 私にとっては、可愛い子が可愛いと言うのが反則なんだけどなぁ…。

 すっかり憧れの眼差しを向けられてしまった私は、モナにも同じ事を言ってみる。


「モナの方が、可愛いからね?」

「ふにゃ!?いやいや、アリアちゃんの方が可愛いよ~」

「全っ然!モナが可愛い過ぎるから!」

「そんなことないよ~。アリアちゃんが一番!」

「モナ!」

「アリアちゃん!」

「もうダメ、完敗…!!」


 心臓をハートの矢で打たれたように、私は体をのけぞらせ、地べたに背中を打ちつけた。

 可愛いの言い合いは負ける自信しかない。キュン死確定だからだ。

 そんな私たちのやり取りを、ただ茫然と見ているだけの魔族共。今さっき、錬成強化されたゴーレムを容易く斬り裂いた少女とは思えない言動に、みな唖然としていた。


「アリアちゃん、顔真っ赤だよ?」

「き、気にしないで!とにかく、急いでここから出るよ」

「うん」


 再びモナを背負って、出口に向かって走り出す。その際、棒立ちで間抜け面を晒す魔族共に、一つ良いことを教えてやった。


「今から城全体に退魔の結界を張るから、逃げようとしても無駄だよ。お前らは全員、地下牢送りだから」

「ひっ…!!」


 一人一人相手してやってもいいが、もしかしたら他の魔族が外に出てる可能性も考えられる。後で纏めて潰した方が楽だ。

 そもそも、こんな奴らに時間を割きたくないし。ルナたちと早く元の楽しい生活に戻りたいし。


「その、アリアちゃん…ありがとうね」

「へ…??」


 いきなりお礼を言われ、キョトンとする私に、モナは照れくさそうに言った。


「さっき、モナの耳のことで怒ってくれたんだよね…。すっごく、嬉しかった…」


 ふいに後ろからぎゅっと抱きしめられる。伝わってきたぬくもりが、モナの温かい気持ちと共に私を包み込んでくるような気がした。

 仄かに頬っぺたを赤くして微笑む彼女を見やり、私も自然と笑みが零れる。


「その笑顔が、見たかった…」





 ―――――――――――――――





 時は少し遡り、アリアと二手に分かれたルナたちは、身動きの取れないメアリーを連れて、国王の元へ向かっていた。

 場所は城の一階にある、だだっ広い催事会場。そこの下には小さめの地下室があり、現在衛兵の協力の元、国王をそこで匿っている。

 もしものためにと、アリアが先を読んで手配していたのだ。


「〝即死の呪い〟は、付与させた相手をいつでも殺すことが可能な魔術の一つだよ」


 真剣な表情で、メアリーは父親にかけられていた呪いを解説する。

 操りの呪いは体内から消えたものの、未だ身体は機能していない。そのため、メアリーは恥じらいを隠しながら、背の高いメイド長のフランにおんぶされていた。

 弱気なところを見せたくなく抵抗していたが、動くのは口だけで、渋々フランの背中に収まっている。


「しかもは、その呪いを共有して、自分が死ねばパパも死ぬように魔力回路を組んでたの~」

「うーむ。それは相当無属性の魔法に長けた奴なのだな…。だが、それが嘘である可能性は考えなかったのか?あーいや、結果的に本当だったから何を言っても遅いんだけどさ」


 とユィリスが顎に手を置いて尋ねる。


「それも考えたよ。でも、呪いを付与させてるのがパパの持っている首飾りだって聞いた時、確信しちゃったんだー。そいつの正体と一緒にね」

「あの鉄仮面を被った男の事よね?最低だわ。モナをずっと地下に閉じ込めてたなんて…」


 ちなみにだが、モナに関してもう隠す必要がないため、メアリーはルナたちに全てを話している。魔族がここに現れる理由も明らかになり、納得と共に、モナの酷い扱いに全員が怒りを露わにした。


「許せませんよ。自分らの利益のためだけに…。魔族と繋がってるのは、本当にその勇者パーティなんですか?あまりにも、やってる事が人の道から外れています。外道…実に外道です!!」


 眼鏡の奥をメラメラと燃え盛らせながら、フランは闘志を燃やす。戦う準備は万全のようだ。

 そんな中、彼女たちは催事会場に到達。しかしそこへ足を踏み入れるや否や、最悪な光景を目にすることになる。


 武器を構え、必死に地下室への道を守り続ける城の衛兵たち。その視線の先には、空中に地上に、虫の大群の如く迫り来る魔族共の姿があった。

 

「嘘でしょ!?」

「奴ら、もうここに来てたのか!?」


 どうやら魔族には、ここに国王が身を潜めていることが既に割れているようだった。


「今日からここは俺たちの居場所だ!!」

「邪魔すんな、衛兵共~!!国王を磔にして、王都の晒し者にしてやる!!」


 そんな怒号が飛び交う。

 衛兵たちは必死になって抵抗するが、防戦一方。全員動きがバラバラで、魔族共の攻撃に悪戦苦闘する。

 その様子を、いつにも見せぬ凛とした表情で、キッ!と睨むように視野に入れたメアリーは、味方の軍勢に大声で呼びかけた。


「何やってるの!!訓練のように、特攻隊と防衛隊に分かれて迎え撃つの!」

「いや、司令塔コマンダー…。相手は知能を持った魔族。魔物とは勝手がちが――」

「うるさい!!私の言う事が聞けないの!?」

「ひっ…!?す、すみません!!」


 半ば強制的な鶴の一声で、衛兵は陣形を変えていく。メアリー本人は得意げにしているが、おぶられたままだからか、あまり威厳を感じない。


「ニヒッ…!よーし、私たちもいくのだ!」

「ルナさん、メアリーさんをお願いします」

 

 待ってましたとばかりに戦闘態勢に入るユィリス。フランも、予め腰に携えておいた剣を持ち、衛兵に加勢する。


「二人とも、頑張って!!」


 何もできない自分がもどかしい。そんな面持ちでありながら、ルナは二人を元気よく送り出す。


「前は逃しましたけど、あれは私の…。モナさんの事情を知った今、手加減など不要です!!」


 太ももに括り付けてある短剣とは違う、フランの愛刀。その猛威を魔族に与えた。


「〝霧雨キリサメ〟!!」


 勢いよく地を蹴り、複数の魔族に向かって剣を振るう。霧が四方八方に舞い散るが如く、斬られたことに気づかぬまま、敵が倒れていく。


「お~!こっちも負けてられないのだ!」


 フランの剣術に目を輝かせたユィリスは、弓を構え、魔族に狙いを定める。


「いくぞ…〝ウル・ハント〟!!」


 謎の詠唱と共に、矢に魔力を注ぎ込む。そのまま打ち放たれた矢は、見事に魔族の急所を貫いていく。

 近づいてくる魔族には「おりゃ~!!」と叫びながら、殴りだした。弓で。


「舐めないで欲しいのだ。『練れ者エキスパート』…」

「あなた、まだその域じゃないでしょ…」


 ドヤ顔で決め台詞を吐いたユィリスに、やれやれと突っ込むルナ。

 二人が加勢したことで、戦況は一気に逆転。場も和み始め(ユィリス効果)、魔族は尻尾を巻いて撤収しようとする。

 だが、この場にいる者たちに安息の余地はなかった。


「フフフ……」


 不敵な笑みと共に、催事会場の床を鳴らす不気味な足音。今まで感じたことも無いの魔力に、魔族すらもゾクッと身を震わせた。

 赤い閃光。その程度こそ、奴の力の上振れを表している。

 どういう訳か、以前とは異なる魔力を有した男を視界に捉え、メアリーさえもゴクリと生唾を呑んだ。


「ただの冒険者如きに何を苦戦しているのかね?ああ、腹立たしい…。いつからそちらへ寝返ったのだ?司令塔コマンダーよ」


 ――この一件の黒幕、鉄の仮面を被ったの男。


 正常に戻っていたメアリーを見やり、呆れたように呟いた。


「寝返った…?私は最初から、お前の言いなりじゃない!」

「口答えするのか…。ならば――」

「パパはもう呪いにかかってないもん!べーっ!!」


 床にぺたんと座り込んだまま、メアリーは強気に舌を出す。もう自分を縛っているものがないからか、いっちょ前に煽りだした。

 逆鱗に触れる…。そんな当たり前のことも考えずに。


「敵を煽ってどうするのだ~!!」

「こっちは一年も煽られたんだよ!何度だって言ってやる!このアホ仮面!!いーっだ!」

「……」


 幼児レベルの物言いに、もはや誰も突っ込む気が起きない。ここまでお子ちゃまだったか…と、彼女に従う衛兵たちは頭を抱えた。

 

「フフフフ…面白いではないか。忌々しい事態だが、君の父親が解放されたのは既に知っている。私が言おうとしたのはねぇ…」


 余裕綽綽と笑い、佇む男。この場の空気を再びシリアスに変え、言わんとしていることを告げた。


「君たちを、纏めて抹殺する。この火の力で…」

「え…!?」


 片手を前に突き出し、そこから炎の塊を生み出す男。その炎を知るルナが、真っ先に声を上げた。

 忘れもしない。彼女にとってトラウマになり得る、悪魔の火の粉…。

 それが目の前で、バチバチに滾っている。


「どういうこと…?なんで、ベルフェゴールの火が使えるのよ…」

「ほほう…流石は勇者候補だ。魔力の質を読み取れるのか」

「違う。私にとって、忘れもしない不快なものだからよ!」

「そうか。ならば、今から君の両親と同じ目に遭わせてやろう…」

「――っ!!?」


 ドクン!とルナの心臓が脈を打つ。絶望に浸る間も与えず、男は力を行使した。


「に、逃げるのだ…。早く!!」

「マズいですよ、あれは…」


 誰一人抵抗できず、逃げ惑う。しかし、そんな暇など皆無。


「散るがいい、人間共!!〝炎塊の擲弾フレア・グレネード〟!!」


 威力はプラスされ、ベルフェゴールを軽く超越している。そんな巨大な炎塊が、催事会場を覆い尽くす…………筈であった。



 ――パチン…!!



 たった一度の指パッチン。誰しもが聞き入れた時、この場の不穏な空気は嘘のように晴れていった。まるで、魔法がかけられたように…。

 ブワッ!!と放たれた業火は、一瞬にして散り散りになり、火の粉と化す。それを手で振り払いながら、昂然と佇む少女の姿が皆に映った。

 同時に彼女を知る者は皆、口元を綻ばせる。


「なっ…んだと!??」


 一瞬にして魔法が消され、男は唖然とした。その者の前に、ただ動揺を隠すことも出来ず…。

 そして、少女の背中にきゅっと抱きつく獣人の女の子。全てを解放したのだと、誰もが悟った。

 後は…。


 全員が無事なことを確認し、はにかむ。そして、少女は共に連れていた神霊族の獣人に告げた。


「モナ、もう少し待っててね。今から全部、終わらせるから」

「うん。待ってるよ、アリアちゃん」


 黒幕を倒し、女の子たちとの平凡な生活に戻る。少女が求めるのは、ただそれだけ。

 倒すべき相手を睨みつけ、規格外の元魔王アリアは、出鱈目な殺気を魔族に振り撒いた…。

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