第37話 混血の怪物
「神霊族…どういうことだ!あの地下にどうやって入った!?答えろ!!」
うるさい…。
何やら怒声が聞こえるけど、私は無視して、後ろにいるみんなの元へ駆け寄る。
「アリア!待ってたわ!」
「うん、間に合ってよかったよ」
元気よくルナに迎えられ、自然と笑みが溢れる。
「良くやったぞ、アリア!私の作戦どーりなのだ!」
「え~!お二人ともいつからそんな作戦を!?」
「いや、何もないから…」
ユィリスの冗談に対し、呆れ気味に答えた私は、背中からひょこっと顔を出す猫耳少女のことを紹介する。
「あっ、多分察しがついてると思うけど、この子が――」
「お前、モナだろ!初めて見たが、獣人というのは本当に耳と尻尾が付いてるのだなー」
こらこら、そんな観察するようにグルグル見回したら嫌でしょ…?
「はにゃ?そんな珍しいかなぁ。優しくなら触ってもいいよー」
「ほんとか!?」
なんとモナもノリノリであった。ユィリスに尻尾をさわさわされて心地良さそうな顔になる。
ユィリスの自由っぷりに初見で動じないとは、相当肝が据わってるなぁ。
流石は神霊族…いや、関係ないか。
というか、私もお耳さわさわしたい!!!
「お、おー…なんだこの触り心地は…。最高なのだ~」
「ちょっとユィリス、今はそれどころじゃないでしょ?ごめんね、モナ。私はルナよ、よろしく。アリアと一緒に、あなたを探しに来たの」
「ふふん!私もだぞ!」
可愛らしくウィンクするルナと自慢げに腰に手を当てるユィリス。みんな自分を探すためにここまで来てくれた…その事実に、モナの心は弾みを増す。
「ありがとう…!」
胸の前で両手を握りしめ、喜びを噛みしめる。そんなモナの姿に癒され、同時に私も幸せを感じて悦喜した。
さてと、このままみんなで楽しい時間を過ごそう!…と言いたいところだけど、残念ながらまだやる事は残っているようで…。
私はルナたちにモナを任せ、今一度倒すべき相手にようやく向き合ってやった。
「じゃあ、さっさと終わらせようか。前国王、〝ヴァイス・ベルゼン〟…」
え…!!?という驚愕の声が衛兵たちから飛び出てくる。サラッと告げた鉄仮面男の正体に、この場は当然どよめいた。
「え、え!?ヴァイス様!!?え~~~!!」
フランは口元を押え、かなりびっくりした様子。ユィリスは、なぜか察しがついていたようなしたり顔で、
「ほら見ろ!顔は口ほどにものを言うのだ!」
と根拠のない言葉を発し、ヴァイスをビシッと指差した。
メアリーはというと、無言で奴を睨みつけたままで、驚く様子はない。当然、彼女は正体を知っていただろう。
「ふ、フフフ…バレてしまったのでは、もうこの仮面は不要か…」
少し動揺が伺えるような口調で言ったヴァイスは、その素顔を晒した。
ガタッ!と鈍い音がし、鉄仮面が床に落ちる。奴の形相を目の当たりにした誰もが、肖像画とは似ても似つかないあまりの変わりように、衝撃を受けた。
「醜いだろう…。君たち人間にとってはねぇ」
一つは、瞳を赤く光らせている痩せこけた白髪の老人。そしてもう一つは、何やら紫色のドロッとした液体を被ったような、目と口だけが原型をとどめている只の化け物。
それらが左右に
それは、普通の人間が成し得る顔ではないのだから…。
「私は、この時をずっと待っていたのだ。自身の力を存分に発揮できる力を持った魔族が現れるのをねぇ。ここの魔族共じゃ、力の足しにはならない」
そして、変わり果てたヴァイスは私に向き直る。
「アリアとか言ったか?感謝するよ。君がベルフェゴールを倒してくれたおかげで、私は更なる力を得ることが出来たのだからな」
「やっぱり、さっきの炎はベルフェゴールのものだったか…。お前のような見るからに弱そうな奴が、〝
「ほう、詳しいな…。魔族と関わっていた経験でもあるのかね?」
「……」
魔族というのは、稀に同種間で〝共食い〟をする者たちがいる。共食いと言っても、直接肉体を喰らう訳ではなく、対象者の魔力・精神・生命力を得るため、目に見えないエネルギーに変換した肉体を体内に取り込んで、自分の力にするという能力だ。
これが、一部の魔族固有の権能…〝
しかし何でもかんでも吸収できるわけではない。己よりも弱者で、更に何かしらのリスクを伴うこと前提に実行可能なもの。
まあ、三途の川を渡りかけてたベルフェゴールを吸収したなら納得だけど、問題はそこじゃない。どうしてこいつが、魔族の能力を使えるのかだ。
するとヴァイスは、その疑問に自ら答えるように、べらべらと話し出した。
「こんな話がある。昔、一人の魔族が人間界に入り込んだ。そいつは欲に忠実な野蛮な男でねぇ…。ある日、体だけに見惚れた人間の女を、
――孕み殺したのさ…」
絶望感を与えるような狂気に溢れた声質で、奴は言った。
こいつ…!女の子の前で、そんなことを…!
気色の悪い発言に、皆唖然として硬直してしまう。いきなり何を言い出すのかと思えば、ここからが衝撃だった。
「魔族というのは不思議でねぇ。母体は死んでも、生まれる者は魔力を吸い続けられる環境であれば成長するのだよ。そして、赤子はこの世に生を受けた。人間と魔族のハーフとしてな」
そこまで聞いて、私は奴の言ってる事とその意図を察した。
「それが、お前ということか…」
「フフフ、そういうことだ」
私は目を細め、睨みつけるようにヴァイスを見やる。こんな奴が、人間界でも有名なこの王都でのうのうと国王をやっていたなんて…と。
「私は母親の遺伝が強くてねぇ。外見は人間と変わりなく、疑う者などいなかった。人間として拾われ、レアリムで育てられた私は、ある違和感を覚え始めのさ。人間を見ると、なぜか虫唾が走るとな…」
「……」
「父親から聞いてはいたが、改めて知った。私は、
ヴァイスの勝手な一人語りは続く。魔族以外の全員が顔を顰め、不快感を体現していた。
「だが、ようやく国王になったのも束の間…私にとって最も邪魔な人間が、二人も現れた。かつて勇者パーティの一員であった〝メル・ユナイド〟とその子供だ…」
「――っ…!!」
それを聞き入れ、メアリーは一層怒りに満ちた表情になる。
「私は強さを手に入れることを放棄していたからな。そいつらに逆らうことなど出来なかった。メルに関しては、勝手に病気で死んでくれてせいせいしたがな…。問題は、お前だった…メアリー・ユナイド」
「……」
「だが、今から一年前だ…。私はとある勇者パーティから、仕事を貰ったのさ。神霊族の獣人をこの城に閉じ込め、奴から抽出した魔力鉱石を
「それが、パパの首飾り…!」
「いや…正確には、私の呪い魔法を強化する薬だ。それを使い、私は国王が継承する首飾りに呪いを付与させ、いとも簡単に私の話を受けたルクスへ、間接的に呪いをかけた…。勇者の男は、地下施設を拡大する資金を提供するだけでなく、私の能力を強化する薬を与えてくれたのだ」
なぜ、そんな有能なものを次々と手に入れられたのか…。そう殆どの者が思っているだろう。
それほどまでに、こいつが
つまり、レアリムを裏で牛耳っていたこいつら魔族連中と勇者パーティ、そして人間の錬金術師は、揃いも揃って非人道的なことを計画している。それが何なのか、今回の一件の延長線上にその答えがあるのだろう。
「その薬のおかげで、私は〝
両腕を高らかに上げ、ヴァイスは馬鹿の一つ覚えみたいに大声で笑いだす。気色の悪さだけでなく、ベルフェゴールの知能も引き継がれ、もはや魔族でなく只の怪物と化していた。
あの七大悪魔の生命が朽ちたのは結構だけど、代わりにこんな化け物が生まれてしまうとは…。
この男には、与えなければならない罰が大いにある。
私は拳を握り締めながら、陽気に馬鹿笑いするヴァイスに近づく。
正直、こいつの過去なんて誰も興味ない。聞いたのは時間の無駄だった。まあ、収穫はあったっちゃあったけど。
もう話すことがないなら、用済みだ。今度はこっちのターン。さっさと処刑に入るとしよう。
「何かね。今更、私に服従するとでも言うかい?フフフ…君の能力には大変興味があるからねぇ。こちらに寝返ってくれれば、特別に私の部下として…う゛ぐぅぇ!!!?」
足を思いっきり踏み込んで、無言で拳を突きつけた。バキッ!と何かが折れる音を立て、怪物は無様に地を転がる。
「な、な…うっ…っっ!!??」
鼻血を垂らし、鋭く痛む頬を抑えながら、ヴァイスは目を白黒させて私を見上げる。言葉にならない衝撃…何よりそれが人間の子供から放たれたことに、驚きを隠せない様子。
(こ、これが…子供のパンチか…!!??)
たった一度の打撃で、戦意の半分ほどは消え去っただろう。
子供だからと侮り、喰らっても吹っ飛ぶとは微塵も思ってなかったんだろうな、こいつ。相手の技量も計れない奴が、人を煽るなという話だ。
汚らしく口から吐血し、全身を痙攣させるヴァイス。
たった一度の打撃で、あっけなく勝負はついた。そう誰もが思ったが、私は違った。
まだ、
「想像すらしてなかったんじゃない?自分が、こんな子供如きに殴り飛ばされるなんてさ」
「クッ…うぅ!」
「今のは、国王様に呪いをかけてメアリーを脅し、その心を踏みにじった分の一発。まあ、こんなんじゃ全然足りないけど」
ゴミを見るような目で、見下しながら言ってやった。これから、自分が犯した罪を償うための、数々の罰が始まることを…。
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