第38話 報い

「グッ…うっ…!」


 咳き込み、唸り声を上げて、ヴァイスは立ち上がる。まだ戦意は失われていないようだ。


「大人しく、罰を受けるって言うなら、もう地獄を与えないであげるけど?」


 両手を腰に置き、特に圧をかける訳でもなく尋ねる。

 私はチャンスをやると言ったのだ。ここで意地張らずに降参すれば、これ以上拳を振るわれることはないと。


「ハァ…身の丈に合った罰…だと?」

「うん。魔族と一緒に地下牢で一生を過ごしてもらう。ただそれだけだよ」

「なんだと…!?それ以上の地獄がどこにある!!」


 え、結構甘い罰だと思ったんだけど…。私の感覚がおかしいのかなぁ。

 なんて、真剣に考えてしまう。


「ふ、フハハハ!!降参など、誰がするか!!お前はまだ分かっていない。七大悪魔を超越した私の底力を!」


 無理に高笑いして、ヴァイスは全身に炎を纏い始める。揺らめき、激しく燃え盛る火柱が私に襲い掛かってきた。


「ハァ…大人しく捕まる気はないか」

「死ぬがいい!〝地獄業火〟!!」


 溜め息をついて、私は足元に魔力を流し込んだ。すると、催事会場全体がひんやりと肌寒くなっていく。

 地面からポクポク…と魔力の冷気が宙に浮き上がり、私を包み込む。それらが徐々に青白い結晶へと変わり、炎の竜巻をいとも簡単に防いだ上で打ち消した。


「馬鹿な!?な、なぜそこまで…簡単に相手の魔法を打ち消せる!」


 圧倒的な力の前に怯みだすヴァイスに、私の固有能力について少しだけ説明してやる。


「魔法っていうのはね、魔力が緻密に組み合わされた魔力回路が必ず存在するの。それが解ければ、魔法は自然と消えてしまう。まあ、その魔法固有の《錠がかけられた鎖》のようなものかな。で、私はその鎖を解く〈キー〉である魔法をぶつけて、相手の魔力回路を消し飛ばしてる。ただそれだけのことだよ」

「……」


 私の説明に納得いってないのか、ヴァイスは口を半開きにして頭上に?マークを浮かべている。仮にも元国王なのに、そんなことも理解できないとは…。

 しかし奴はすぐに怒りを露わにし、こちらを非難してくる。


「そ、そんな作り話なんぞ誰が信じるか!!魔族を知るその知識と魔族の魔法を打ち消せる能力…お前、本当は人間のフリをしている魔族なのではないか?人間を見下し、蔑んでいるに違いない!心の底では、お前も思っているのだろう?奴らは、自分の手のひらで転がされているだけの只の害虫だからなぁ!!」


 奴ら…それは、私の後ろに控えているルナたちのことを言ってるの?

 私のことは何言われても構わない。でも、友達や見知った仲間のことを馬鹿にされるのだけは…死んだって許さない。

 今の私は魔王の時とは違う。

 人間に触れられ、直接近くで守ることが出来る。持て余してたこの力を、存分に使える理由がある。守りたい、大切な人たちがいる。

 それだけで、私は前世よりも強くなれる気がするんだ…。


「……っ!!!」


 瞬きも許さぬ刹那の一瞬。雷を纏った私は、超速でヴァイスの背後を取る。

 怒りの乗った電撃を奴に喰らわせた。


「「うぐっ…!!?」」


 雷属性の魔法を応用した一閃。一度貫かれたら最後、体内にとてつもない痺れが襲い掛かる。

 身体機能を大幅に低下させ、内に張り巡らされた魔力の〝法則〟を無視した出鱈目極まりない一撃。容赦のない私の魔法を受け、ヴァイスは言葉を失い、再び地に伏せる。

 四つん這いになり、完全に倒れてはいないよう。まあまあタフな男だ。


「な、なぜ…なぜ、ここまで…」

「今のは、モナを一人地下に監禁して、心に大きな傷を負わせた分…」

「グッ…只のガキが、調子に乗るなぁぁぁ!!」


 赤く光る瞳をこちらに向けて、ヴァイスは多大な魔力を放ってくる。


「お前も、私の呪いにかかるがいい!!呪法、〝悪狂拘束支配リリス・ドミネイト〟!!」


 周囲が闇に染まり始め、私の体に纏わりついてきた。

 これは、全てを支配する渾身の呪術…。血走った目で、奴は今持てる魔力を使い果たし、捨て身の覚悟で呪を唱えてくる。

 先天的に抱いていた人間への嫌悪。それをそのままぶつけられているようだった。

 まあ、痛くもかゆくもないけど。元魔族だったし、少しはこいつの意思を見透かすことが出来るってだけだ。


「支配…出来ないだと!?馬鹿な!!」


 むくっと起き上がったヴァイスは、まるで集った虫を追い遣るかの如く呪いを手で払い除ける私を見て、目を丸くさせる。魔力を使い果たして、もはやビジュアルが只の怪物となった。

 もう言葉はいらない。私は無言で、再び拳を振るう。


「うっ!!ぐはっ!!ぶっっ!!」


 吹っ飛ばない程度の軽いパンチを繰り返す。悔しかったら、少しでも反撃してみろよと言わんばかりの表情で…。

 一発一発、身に沁みさせてやる。自分が犯した悪行の数々をね。


「クソが!!私に逆らえば、この計画を踏みにじればどうなるか…分かっているのか!!」

「まあ、大体」

「グッ、お前はいずれ逆鱗に触れるのさ!勇者然り魔界の強者共のなぁ!」


 こいつ、そんなに私のことを心配してくれてるのか(←皮肉)。

 敵ながら、お礼を言っておこう。心の中で。

 そういうことなら、こちらからも宣言してやる。


「そうだとしても、私は負けるつもりないよ。少なくとも、一回覚醒したくらいで威張り散らすような奴らにはね!」


 軽く片目を閉じ、満身創痍のヴァイスに、わざと可愛らしい反応を見せた。そんな私を見る余裕などなくなったのか、ヴァイスは嗚咽混じりに力なく倒れ込む。


「ハァ、ハァ……」


 床に大の字に倒れる怪物。私は最後の罰として、特別にこちらからも呪いをプレゼントした。

 魔力を放出し、ヴァイスの首に巻き付けるように暗黒の魔法をかける。


「即死の呪いだよ。当然、同じ目に遭ってもらうから…」

「な、何を言って…。グッ、即死の呪いは…私の固有魔法…だぞ」

「うん。だから、呪いを解いた時に魔力回路を解析して、私でも使えるようにした。これで、お前は逃げも隠れも、これ以上悪事を働くことも出来ない。私の呪い操作一つで、あの世行きだからね」

「……っ!!!!」


 絶望以外の何ものでもない私の報告に、ヴァイスは下唇を噛みしめ、爪で床を引っ掻きだす。相当お怒りのようだ。


「お、お前は一体何者だ!!人間の子供が発揮できる能力の限界を遥かに超えている!勇者でもない人間が、ここまでやれるか!!」

「その認識が、先ず間違ってる。お前ら魔族は、人間を弱者だと定義し、自分らの私利私欲のために支配して殺す。その行いが、人間を奮い立たせるんだよ。誰一人、弱い人間なんかいない。一部の勇者が目立ってるだけで、みんなこの世界で必死に強く生きてる。それを壊そうとする奴らがいる中でね」


 って、元魔王が言うのも変な話だな…。でも、これは私が心から思っていること。

 完全に理解するまで人間を見てきた訳じゃないけど、少しは分かる。いつ魔族に支配されるかも分からない恐怖と戦いながら勇敢に生きてる人たちは、決して弱者ではないと…。


「ふざけるな…」

「……」

「お前が、魔族を語るなぁぁぁ!!!」


 少しでも逆らえば即死。そんなことも忘れたのか、ヴァイスは最後の力を振り絞り、私に拳を振るってきた。

 こいつのパンチなんて、喰らっても掠り傷すらつかない。言っても聞かないようだから、このまま腕でもへし折ってやろうか…。

 そう思ったが、不意に後ろから誰かの気配を感じて、私は動きを止めた。颯爽と私たちの間に割って入った者は、満身創痍のヴァイスの顔面を勢いよくぶん殴る。


「ぶへぇぇ!!!」


 無様に唸りながら、懲りない怪物は頭から壁に激突した。

 相当気持ちの乗った、重々しい打撃。普段の様子からは絶対に感じることのないその者の怒りが、隣からひしひしと伝わってきた。


「これ以上、この子の手を汚すことは許さない!!」


 拳に血痕を付けながら、殺意と相違ない瞋恚しんいを向け、この場でヴァイスを最も良く知る男が、怒号をぶつけた。

 居ても経ってもいられなくなったのか、地下室の扉をこじ開け、真っ先にこちらへ走ってきたようだ。


「国王様…」


 静かに驚きながら呼ぶ私に、国王様は複雑な表情を浮かべ、深く深くゆっくりと頭を下げた。


「すまなかった、アリア君…。君に、ここまでさせてしまって…」

「い、いやいや!頭を上げてください!」

「この男を止められるのは君しかいないと、全てを任せてしまった。娘の事も、モナ君の事も…。こんな身勝手な国王を、どうか許して欲しい…」

「ん?え、ええっと…??」


 まるで、全て知っていたかのような国王様の言い分に首を傾げる。昨日まで見せていた陽気な性格から一変して、その誠実な一面に混乱したこともあり、頭の中で時系列がごっちゃになってしまう。

 私がここに来るまで、全部聞いてた…とか?

 すると国王様は、サラッとこう告げた。



「私は、全てを知っていた…」



 と。

 はい…!!??

 あまりの衝撃に、目をぱちくりさせる。私だけでなく、みんながみんな国王様の突然の告白に戸惑いを見せた。娘の、メアリーでさえも…。


「し、知ってたって、どこからですか!?」

「約一年前から、既に知っていたよ。地下牢の下に作られた施設も、モナ君のことも、私にかけられた呪いのこともね…」

「そ、そうだったんですね…」


 そして国王様は、ゆっくりとメアリーの元へ歩み寄り、強く…それでいて優しく抱きしめた。


「メアリー、今まで辛い思いをさせてすまなかった」

「パパ、知ってたの…?」

「ああ。私が犠牲になるだけなら、まだ良かった。しかしお前が一人になってしまうと考えると、中々口裏を合わせることも出来ず…。王都を守らねばならぬ勤めもあり、魔族共を対処する方法すらも…」


 国王様がそこまで言うと、メアリーは全てを悟り、自分からも父親を抱き寄せる。既に彼女の目には、大粒の涙が溢れていた。


「そう、なんだね。うっ、くっ…私は、そんな細かいことは分からない。ただ、うぅ…パパが、生きていれば、それでいいんだから~!」

「メアリー…、私もだ」


 戦いの終わりを告げる…その合図であるかのように、二人の親子愛がこの場に漂っていた緊張を解放した。

 国王様は、わざとおちゃらけたような態度を繕って、ヴァイスを騙してたのかな?モナの似顔絵を見ても動じなかったし、もしかしたらそこで私たちがモナを探してることが分かって――ん?

 そこまで考えて、私はまさかと思い、国王様に尋ねる。


「あの、昨日の夜…私たちを王室に呼んだのって、もしかして…」

「ん?ああ…最初から、君にこの頚飾を見せるために呼んだのだ。アリア君なら、何か察してくれるんじゃないかと思ってね」

「そういうことか…」


 わざわざメアリーフィギュアを私たちに見せびらかしたのはフェイクで、本当は私が呪いを何とかしてくれるんじゃないかと期待して…。

 賢明だけど、大胆。私が気がつかなかったら、どうしてたのだろう。仮に気づいたとしても、私が呪いを解くことまで、この人は読んでたの?


「まあ、君が呪いを解いてくれるかは、賭けだったがね」

「大博打じゃないですか!!」

「あはは…でも、気づいたら何かしらの方法で対処してくれる。そう思って、私は君に全てを任せた。今一度、お礼を言わせてくれ。本当に、ありがとうございました」


 最後は丁寧にお礼を言われた。

 国王様も、メアリーと同じく悩んでたんだ。どうやって、私にこの一件のことを伝えるかを…。

 

「この男の処罰は、こちらに任せて欲しい。呪いはかけたままで構わないよ。またいつ暴れ出すか分かったもんじゃない…」

「分かりました」


 そう言って、国王様は血塗れで倒れ込むヴァイスの腕を掴み、引きずっていった。そんな国王様と目を合わせ、


「もしかして…」


 とモナが一言。

 彼女に笑いかけ、軽く会釈し、国王様はそのまま地下牢の方へと向かう。

 今の反応…。


「アリア~!!無事で良かったわ!」

「凄いのだ!カッコよかったのだ!」

「アリアさんはレアリムを救った英雄ですよ~!」


 何かを察した時には、既に私の体は女の子の柔らかい体に包み込まれていた。四方八方からむにゅっとした感触と、甘い匂いが私の思考を乱してくる。

 そんな、決して慣れることのない感覚に心地よさを感じながら、私は甘い甘い女の子たちの賞賛を浴び続けた…。

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