第13話 悶絶

 三番勝負、第二戦――。

 最初の勝負は、見事私が勝利を収めた。このまま、ユィリスとのサシ勝負まで持ち込まれないように、次で勝ち星を上げたいところ。

 ユィリスは今、ルナの家でシャワーを浴びている。先程の対決で泥だらけになったので、仕方なくとルナが貸してあげたそう。


「はぁ~、サッパリしたのだ~!」


 服も洗い直し、かなりサッパリした様子。結構、時間かかってたみたいだけど。


「ほら、ユィリス。アリアが待ってるわよ。さっさと次の対決いっちゃって」

「分かっているのだ」


 ルナに促され、ユィリスは早速第二戦の内容を説明しだす。


「一戦目は、アリアので負けてしまったが、次は絶対に勝てるのだ」

「……」


 たしかに、超音波はズルかったかも…。そこは少し反省してる。


「二戦目は、メンタル耐久勝負!如何に言葉で相手の精神を削れるか。精神力と精神攻撃力が試される対決だぞ」

「ルールがちょっと曖昧じゃない?」


 ルナの呆れたような突っ込みに、私は頷く。

 言葉でって…私は良いけど、ユィリスの精神を壊すような言葉なんて言いたくない。罵倒は無しにして欲しいんだけど。

 というかそもそも、この勝負に勝ったところで、根本的に相手より強いとはならない気が…。

 この勝負の意味があまりよく分かっていない私とルナ。しかしユィリスは、自信満々に続けた。


「そんなことないぞ。物理・魔法以外の攻撃方法で、如何に相手を怯ませられるか…それが出来たら強いとは思わないのか?」

「そりゃ、まあ。でも、罵倒や誹謗なんかが通用するのは、精々低レベルの魔族ぐらいだと思うよ」

「まだ、分かっていないようだな。この戦いの意味を」

「え…??」

「別に、罵詈雑言だけが精神攻撃ではないのだ。それが分かっていないお前に、私は怯ませられないぞ」


 どういう、こと??

 ユィリスの意味深発言に首を傾げる。彼女には何か作戦があるようだが、私はどうすればいいのか分からない。

 魔法を使ってはいけないとなると、素が持つ力でどう相手に攻撃するか…。物理が駄目なら、言葉以外の方法は思いつかないけどなぁ。

 すると、ユィリスは少し魔力を使い、半径1メートルほどの結界を生み出した。


「この結界から出た奴の負けだ。簡単だろ?逃げるのをアリにすると、勝負にならないからな」

「うん…」


 内心気乗りはしないけど、取り敢えず結界の中へ。私とユィリスは至近距離で向かい合う形となる。

 しかし、私はすぐに察するべきだった。この時点で、既に勝負はユィリスのペースになっていることを。


「まあ、取り敢えず始めるのだ。それで、何とも言えない結果になるなら、この勝負は私の負けでいいぞ」

「あなた、そんなに自信あるのね。これ負けたら、アリアの完封なのに」

「問題ない。アリアが私のなら、この勝負は貰ったも同然だ」


 目を細め、意地悪そうにこちらを見るユィリス。今から何を言われるのか…緊張もあるが、ユィリスがどんな精神攻撃を仕掛けてくるのか、興味もある。

 まあ、気楽にいこう。女の子からの罵倒は大歓迎だし、うま~く誘導してユィリスを結界から出させればいい話だ。

 そんな呑気な事を考えていた私は、この後ものの数分程度で自分が悶絶することになるなど、全く予想していなかった。


「まあ、いいわ。どうせ、アリアの勝ちだもの。それじゃ…よーい、始め!」


 ルナの合図と共に、ユィリスは白い歯を見せ、生意気そうに笑った。私はゴクリと生唾を呑みこみ、彼女の言葉を待つ。


「耳を塞ぐのも無しだ。ちなみに、この結界内の会話は、外には漏れないから安心していいぞ」

 

 安心…??

 そう言うと、ユィリスはゆっくりと私の目の前に歩み寄ってくる。次の瞬間、彼女は人が変わったように、奇想天外な態度を取り始めた。


「ね、ねぇ…アリア。実は私、アリアのこと、ずっと気になってて…」


 …はい??

 ユィリスは口元に手を当て、頬を赤らめながら恥じらいを見せる。急に豹変した彼女に驚きつつ、私はなぜかその言葉に耳を傾け続けた。


「一目会った時から、すっごく可愛いなって、思ったのだ…。ねぇ、アリアは私の事、どう思う…?」

「ど、どう思うって、その…」


 お互いの体が当たるかどうかの距離まで迫り、ユィリスは上目遣いで私を見つめてくる。それだけで、私の心臓は早くも脈を打った。

 いやいや、落ち着け私。これは多分、演技だ。ユィリスの演技。このキャラがなぜ私に効くと思ったのか分からないけど、一旦冷静になって――。


「ねぇ、答えて。黙ってたら、分からないのだ…」


 更に距離を縮めてくるユィリス。彼女の息遣いは色っぽくなり、首筋に吐息がかかる。

 ちょっとまっ…ち、近いよ…。

 これ以上は色々とマズい。だが、押し返すことも逃げることも出来ない。


「ま、待ってユィリス。これって、精神攻撃…なの?」

「そんなこと、もういいじゃん。今は、私に集中して…アリア」

「――っ!!?///」


 あまりに甘えた声で言うもんだから、背筋がゾクッとしてしまう。興奮してるのか、どんどん息遣いが荒くなるユィリスと同じように、私も気づけば少しずつ吐息を漏らしていた。


「答えないなら、好きにしちゃうから…」

「んっ…!?」


 私の首筋から耳元にかけて、ユィリスが息を吹きかけた。その瞬間、私は力が抜けてしまい、地面に尻もちをついてしまう。

 同様に、ユィリスも私に覆いかぶさるように倒れ、トロンとした表情で私の目を見てきた。

 お互いの吐息がかかる距離。既に私の心臓は、これ以上なく跳ねていた。


 ――ドクン、ドクン、ドクン……。


 何、これ。こんなの、されたら…。

 

「アリアの目、トロンってしてるぞ…。私、そういうの好き。ハァ…可愛い」


 耳元でそんなことを囁かれ、一瞬だけ理性が飛びかかる。しかし、私はもう限界に近かった。

 何も考えられない。何も、言えない。

 演技だって分かってるのに、興奮…しちゃってるの?私。

 私たちだけの空間。そこに、お風呂上がりのユィリスの甘い香りが漂う。

 いつも私が使っているシャンプーと同じ。だけど、他人が使うとまた違った匂いになる。これが、私には刺激が強過ぎた。


「どうしたのだ…?ああ、シャンプーの匂いにクラクラしちゃったか?ふふっ、アリアは色々と敏感なのだな…」


 まさかユィリス、必要以上にシャンプーを…。この、ために…。どうりで長いと、思って…。

 完全に彼女の策略に乗ってしまった私は、そんなことを頭で考える余裕すらも失っていき、軽い昏睡状態に陥ってしまった。


「このまま、唇を奪ったらぁ…どうなっちゃうのだろうな」

「……」


 抵抗もできず、目を瞑る。すると次の瞬間、



「「「ストーーーップ!!」」」



 とルナの大声が聞こえてきたと思ったが最後、そこで私の意識は途絶えた。


「おい、ルナ。今いいとこなのだ。邪魔しないで欲しいのだが…」

「いいとこって、あなた何をやってるの!!」

「何って、精神攻撃だぞ?」

「これのどこが精神攻撃よ!もう、アリア気絶しちゃってるじゃない!」

「あ、ほんとだ」


 ルナが見兼ねて駆けつけた時には、仰向けに倒れた私が目をグルグルと回していた。完全にキャパオーバーだ。


「ちょっと、アリアに何吹き込んだのよ」

「さぁな~。私たちだけの秘密なのだ」

「ハァ…アリアは人間にはあまり慣れてないの。そういうことは、他の人でもやらないで!」

「人間に慣れてない?どういうことだ?」

「あ、いや…。そ、それこそ、私とアリアだけの秘密よ!」

「ふーん…」


 ユィリスは納得しているのかしていないのか、微妙な表情で倒れている私を眺めた。


(私にパンツを見られた時の反応…てっきり、極度の辱めを受けることが弱点だと思ったが、そういう訳でもないのだな。何か、別の理由があると。ふふん!益々興味が湧いてきたぞ)


 ユィリスの精神攻撃(?)を受けて、私はものの見事に悶絶。よって戦闘不能と見做され、第二戦はユィリスに軍配が上がった。


 



     ◇





 まさか、私が気絶するなんて…。

 悶絶状態から回復して、ベッドから体を起こす。窓の外を見ると、すっかり日が暮れていた。

 結構、寝ちゃってたな。

 気絶する前の記憶はあまり定かではないけど、凄くいやらしいことをされていたような気がする。思い出そうとすると、体が熱くなるのを瞬時に察し、これ以上は〝何も無かった〟を貫くことにした。

 

「アリア、大丈夫?」

「う、うん。今はもう、平気だよ」


 三番勝負、最終戦――。

 ユィリスに呼び出され、村の広場へ。

 今は夜中に差し掛かる時間帯で、村の人は誰もいない。広場を照らす街灯が、私たち二人の周囲に明るさを与える。

 最後は、正々堂々サシ勝負。広場の範囲内であれば、何をやっても構わないそうだ。


「さっきの勝負、かなり応えたのではないか?まあ、こっちが有利のルールではあったが…お前も一戦目で超音波?なんか使ってたし、おあいこだ」

「うん。まさか、最後まで来ると思わなかったよ」


 ここまで来てしまったからには、もう戦うしかない。どうにか、ユィリスを傷つけずに勝てないものかと思考する。


「この世界は、強さの指数が世界ランクで決まっているのだ。私の個体レベルは96。もう少しで、『練れ者エキスパート』の領域に到達する…」


 自信満々に告げたユィリスの言葉に、私は静かに驚いた。

 やっぱり、言うだけの実力はあるみたい。

 今、ユィリスが言った『練れ者エキスパート』とは、世界ランクにおける段階の一つだ。

 世界ランク5000位未満の者は『圏外』、5000位~1001位の者は『練れ者エキスパート』、1000位~101位の者は『上位者スペリオル』、100位~11位の者は『超位者グランダ―』、10位~1位の者は『究極者アルティメット』と呼ばれている。

 圏外の人数を考えれば、世界で5000位は中々のものだ。

 一般的に、個体レベル100以上になると、『練れ者エキスパート』の領域に足を踏み入ることができると言われている。

 そんな段階を見据えたユィリスが、どんな攻撃を仕掛けてくるのか興味が湧いてきた。そこで、私はある提案を持ちかける。


「ユィリスって、多分弓使いだよね?」

「そうだぞ。命中率は、90%(※ユィリスリサーチ)を超えているのだ」

「じゃあ、こうしよ。その腰に持っている矢…それを使い果たすまでに、一発でも私に当てることができたら、ユィリスの勝ち。私はひたすら避けるだけだけど、ズルっぽい魔法は使わないって約束する。真正面から矢を受けて、全部避けてみせるよ」

「そうきたか。たしかに矢が無くなれば、私は攻撃手段を失うのだ。実質、負けのようなもの…。随分な自信だが、反撃しないことを後悔するなよ」

「うん、大丈夫。どっからでもいいよ」


 私が改案した勝負を受け入れてもらい、一先ず胸を撫で下ろす。これで、ユィリスを傷つけることなく、私の勝ちに持っていける。

 まあ、そんなに甘い勝負だとは思ってないけど…。

 正直、個体レベルだと本来の実力は測れない。ベルフェゴールのレベル500だって、人間より長生きした経験値が殆どを占めるのだから。

 でもルナが応援してくれてるし、ここは勝つしかないよね。

 そう心の中で思い、ユィリスと向かい合う。

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