第21話 固有の勘

「条件…??」

「そうっス。お客さんが、何故その事について知りたいのかは聞かないっスけど、その情報を知るには、相応のというものが必要なんスよ」


 覚悟…。

 強さの問題なのか、気持ちの問題なのか。定かではないけど、この人の言ってることが本当の事なら、今私たちはとんでもない事情に足を踏み入れようとしている…って、事だよね。


「そいつら勇者パーティは、それほど危険な存在だってことなの…?」


 ルナは顔を顰め、情報屋を問い詰める。それに対して、情報屋は俯きながら、


「それも、答えられないっス…」


 と吐息混じりに答えた。


「今ので、答えは出てるようなものなのだ」


 勘のいいユィリスも、既に分かっている様子。

 プハァ!おかわり!とか言って、オレンジジュースを飲み干すくらいには、深刻そうに感じていないようだけど…。


「分かったよ、情報屋。それで、条件は?」


 何一つ動じず条件を尋ねてくる私に、情報屋は少し考える素振りを見せながらも、渋々といった様子で話し出した。


「条件は、俺っちに関する情報を、何でも一つだけ答える…。それだけっス」

「え…?」


 あまりの簡素な条件に、私たちは三人とも拍子抜けしてしまった。


「そんなことで、いいのか?」

「ただし、こと限定っスよ。しかも答えられるのは一回のみ。かなり難しい条件だと思うっス」

「それが、モナの情報を知る事と何の関係があるのだ…?」


 それは思ったけど…。

 にしても、誰にも知られていない情報屋の情報を答えろ…か。たしかに、これはかなり難しいお題だなぁ。


「情報ってことは、年齢や本名、出身地とか、何が好きか、普段何をしてるのか…そんなところかしら」

「そういうことになるっス。そこら辺は、まだ誰にも知られてないと思うっスから」

「なるほどね」

「期間は設けないっス。ちなみに、脅しは効かないっスよ。もし答えられたのなら、情報料は無しでいいっス」


 それはありがたいけど、情報料云々より、このお題を達成しない限りは何も聞けずに終わってしまう。多分だけどこの人、絶対に成し得ない条件を私たちに課してきたのではないだろうか。

 普通に考えたら無理な話だ。世界中の誰も知らない情報を、一発で答えろなんて…。


「むむむ…」


 ユィリスは顎に手を当て、情報屋をまじまじと見つめる。仮面と睨めっこしたところで、何も得られないと思うけど…。


「何か、家の中にヒントがあるかもしれないわ」


 ルナは部屋の隅々まで、何か手掛かりがないかと探し回る。

 私も物置部屋のような一室を見回りながら、気になっていたことについて尋ねた。


「この武器とか骨董品なんかは、全部買ったもの?」

「いえ、それらは全部、俺っちが集めたものっスよ。貴重なものもあるんで、あまり雑に探し回らないでくれると助かるっス。まあ、そんなことをしても、俺っちの情報は出てこないと思うっスが」

「あ、分かったぞ!お前の趣味は、骨董品コレクt…んぐぐ!?」


 情報屋を指差し、何も考えず答えようとするユィリスの口を、ルナが間一髪で塞いだ。


「ユィリス、話聞いてた!?答えられるのは、一回だけなのよ!?もうちょっと良く考えて!」

「ん~!むあままへ~!(ルナ放せ~!)」


 息苦しいようで、ユィリスはジタバタ暴れ出す。流石に言いかけは許されたようで、情報屋は無言で佇んだまま、私たちの答えを待っている。

 私たちには、絶対に答えられない。そんな余裕が伺える。


「でも、これを答えた所で、何になるのかしらねぇ」

「私たちの何を試しているのか、さっぱりなのだ」


 このお題に無意味さを感じ始める二人を見て、情報屋は告げる。


「まあ正直言うと、この条件を満たしたところで、何もないっスよ。ただ俺っちは、この無謀とも言えるお題に対して、お客さんはどう対処するのか…。それが気になるだけっスから」

「答えても意味ないなら、違う条件にして欲しいのだ~!」


 意味のないお題じゃないと思う…。つまり情報屋は、この誰も答えられないであろう質問に、私たちがどう答えるかに重きを置いているんじゃない?


「このお題に正解はない…そういうこと?情報屋さん」


 ルナの質問に、情報屋は沈黙で返す。

 表情は見えないけど、意外に分かりやすいなこの人。それとも、色々察してくれるのを待ってる?

 すると情報屋は、そう冷静に思考錯誤する私に視線を向けた。


「敢えて、何を試しているのかを言うのであれば、それはお客さんの〝運命〟…っスかね」

「運命…??」

「はい。モナさんの情報を話すべき人たちなのかどうか、全ては運命で決まるっス」

「なんか、呪い師みたいなこと言ってない…?」

「……」


 あ、また黙った。


「どうする、アリア?また、出直すべきかしら」

「出直したところで、答えられる気はしないのだ。だったら、当てずっぽうでも勘でも、当たる確率が高そうなジャンルに賭けてみてもいいと思うぞ」


 当てずっぽうや勘…か。

 そんなやけくそにも思えるユィリスの言葉に、私はなんとなく後押しされたような気がした。

 はなから無理難題なお題なんだもん。ここは、当たって砕けろだよね。

 覚悟を決め、私は二人に振り向く。


「確信はないんだけど、一つだけ答えられることがあるよ」

「ほんとに!?」

「うん。でも、これは私の感性の問題だし、正直勘のようなものなんだ。それでもいいなら、私に任せて欲しい」


 自信とは程遠いものの、迷いを見せることなく言い切った。

 ルナとユィリスは、互いに顔を見合わせた後、私に向けてにっこりと笑う。


「勿論よ。アリアがそう言うなら、私は任せるわ」

「うむ。ダメで元々!考えてても、夜が明けるだけ!私はお前を信じるぞ、アリア!」

「それ、意味分かってて言ってる…?」


 ユィリスに関しては、もう考えることを放棄しちゃってるような…。

 たとえこれで失敗したとしても、まだ打つ手はある。もっと違う切り口から、情報を得ることもできるのだ。

 と自分の中で保険をかけるように言って、私は情報屋に向き直る。


「随分な自信っスね、お客さん。期間は設けないんで、もっと良く考えた方がいいっスよ」

「ううん、大丈夫」


 首を振り、私はゆっくりと情報屋の元へ歩き出す。

 近づいていく度、緊張が増していく。

 初めてこの人に接触した時に感じた違和感。それが私の想像していた通りのものなら、この緊張にも


「どうしたんスか、お客さん。俺っちに脅しは効かないっスよ」

「うん、知ってるよ。脅しが効くなら、情報屋なんてやってないだろうし」

「……」


 私は深く息を吸いこみ、一度深呼吸をする。少しばかり緊張を解したところで、ゆっくりと情報屋の耳があるであろう場所に、口を近づけた。


「情報屋さんって、その…――」


 私が耳元で何かを囁いたと同時に、


「「なっ……!??」」


 と装っていた平静を一瞬で崩し、情報屋は吃驚仰天する。そして、すぐに離れた私を仮面の奥から凝視したまま、硬直状態に陥ってしまった。


「え、アリア何を言ったの?」

「当たった…のか?」


 私の行動を不思議に思っている二人へ振り返り、依然として緊張を隠し切れない表情をしながら、


「うん。合ってたっぽい…」


 と言い切った。

 この人は本当に分かりやすい反応をしてくれる。まあ、驚くのも無理ないのかな…。


「お客さん、なぜ分かったんスか…?」


 声を震わせながら、恐る恐るといった様子で問いかけてきた情報屋に、私は一言で答える。


「ええっと、…かな」

「ハァ、ほんとっスかそれ…。勘で答えられたら、今まで隠してきた意味がまるでないじゃないっスか…」

「まあ、それも情報屋さんの言う〝運命〟って事なんじゃないかな?多分…」

「そうっスか…。耳打ちで言ってきたことも含めて、俺っちの完敗っス。参りました」


 と、情報屋は降伏を表すように両手を上げた。その様子を見て、私はクスリと笑みを溢す。

 事実を知る前と知った後では、私の中で情報屋の印象は180度変わっていた。この人は、だ。


「ちょ、ちょっと待って!二人だけで完結しないでよ」

「そうだぞ!私たちにも分かるように説明してくれ!」


「いずれ分かるっスよ。それまで、お二人には内緒で頼むっス、アリアさん」

「うん、分かった」


 急に仲良さそうに話し出す私たちを見て、ルナとユィリスは口を半開きにさせたまま、ポカンとする。そんな二人の元へ戻り、私は軽く「ごめんね」と謝っておいた。


「どうやら、俺っちはとんでもないお客さんを招き入れてしまったようっスね~」

「ふふっ…とんでもないって、ちょっと失礼じゃない?」

「良い意味で言ったんスよ。んじゃ、運命を味方にしたお客さんの欲する情報を、今から話していくっス」


 そう言って、情報屋は私たちを中央の丸テーブルに座るように促す。情報を提供するときは、いつもここを使うらしい。


「なんか、急展開ね…」

「モヤモヤするのだ」


 納得のいってない表情でありながらも、二人は渋々席に着く。

 そして早速、情報屋はモナのことについて話し出した。


「まあ、単刀直入に言うっス。獣人のモナさんは、間違いなくこのレアリムにいるっスよ」

「ほんと!?」

「はい。場所は、この王都の象徴とも言える巨大な城のどこかっス」

「城か…。それ以上は、詳しく言えない?その、なんでお城にいるのかとか…」

「すみません、お客さん。モナさん単体の情報なら、パパッと言えるんスけど、これ以上詳細に語るとなると、彼女が関わった勇者パーティについて話さなければいけないっスから」

「つまり、こっから先の情報はモナから直接聞けってことね」

「早く会ってみたいのだ、モナとやら!遠くに飛ばした矢を咥えて持ってこさせる遊びをするぞ!」

「いや、犬じゃないんだから!!獣人を何だと思ってるのよ!!ミーニャもそんなことしないわ!」


 ユィリスの天然ボケに対し、ルナが呆れたように突っ込みを入れる。そんなやり取りに大笑いしながら、私は情報屋の最後の忠告に耳を傾けた。


「お客さん。俺っち、条件を提示する前に言ったっスよね?この情報を知るには覚悟が必要だと…」

「うん」

「ここから先、お客さんたちには想像もつかない困難が待ち受けてる可能性があるっス。これ以上詳細に語れないのは凄くもどかしいっスけど、強さも運命も持ち合わせているアリアさんなら、問題無いっスかね」

「困難…その度合いがどれ程のものなのか、知ってみなきゃ何とも言えないけど、肝には銘じておくよ。あんまり、そういういざこざには巻き込まれたくないけどね」


 情報屋さんの言う運命は、決して大げさなものではない。モナの安否を確認するだけと、少し軽く見ていた私たちは、その言葉の意味を後に理解することになる。

 この王都レアリムでの一件が、人間界だけに収まる規模ではないということを…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る