第52話 家族のかたち

 世界ランク189位。まだまだ発展途上の神霊族、モナの現在地だ。

 強襲してくるホムンクルスに向かって、得意の魔法を披露する。


「風神の心…」


 風を纏いしモナの体が、ふわっと宙へ浮かび上がった。

 ただの風ではない。まるで〝羽衣〟を纏っているかの如く、モナの周囲に絡みつき、強力なシールドを作り出している。

 一切の隙が無く、カウンターも可能な魔法構造。流石は神霊族だ。風圧により、近づいてくるホムンクルスをいとも簡単に抑え込んでいる。

 その時、突風に煽られていたホムンクルスの一人から、ザザザ…と電波じみた声が聞こえてきた。


《ほう…。こいつは正真正銘の…やはり、のこのこと現れたか》


 誰の声…??

 ホムンクルスが喋っているようには見えない。中に誰かがいる訳でもなさそうだから、恐らく外部からの通信だろう。

 魔法なのか、もしくは特殊な技術なのか、ホムンクルスを通じてこちらの様子を伺っている。女性に思えるけど、声を加工しているから断定はできない。


「のこのこと…?もしかして、この襲撃はモナをおびき出すためのものなの?」


 声の主は、例の錬金術師だろうか。私だけでなく、モナも何かを察したようで、不愉快そうに声の主を睨む。


「モナはもう、あんな場所には戻らないよ」


 魔力を使い、モナは周囲の風を一つに纏める。

 かなりのエネルギーが凝縮された気流。それが形をなし、徐々に竜の姿へと変化していく。


《私のホムンクルスは、そうやわではない…。風如きで、崩せると思うな。ゆけ!》


 随分と強気に、声の主はホムンクルスへ指示を出す。やはり、勇者に加担している『錬金術師アルケミスト』で間違いないようだ。

 押してはいたが、只の突風を喰らっただけのホムンクルス共は、未だ無傷。主に従うがまま、再びモナに飛びかかってきた。


「風を舐めると、痛い目を見るよ。〝龍舞リュウマイ〟!!」


 形作られた巨大な風竜を、上から叩きつけるように喰らわせる。龍が舞っているかのような竜巻が地上に生まれ、あっという間にホムンクルス共を取り囲んだ。

 まるで鋼鉄の牢獄。高速回転した突風、そして綿密に組み込まれた魔力回路により、堅固な気流を生み出している。


「〝鎌鼬カマイタチ〟…」


 そして、内壁から斬撃のように襲い掛かる無数の風撃。次々と、ホムンクルスの堅い身体を斬りつけていく。

 この風に捕まれば最後、モナのレベルに見合わない者は、地獄を味わうことになる。


《おのれ…やるじゃないか、神の生まれ変わり…》


 斬りつけられたホムンクルスは、壊された機械のようにショートし始めた。中の部品やら電子回路やらがむき出しになり、戦闘不能になる。

 ん?あれじゃ、まるで〝機械人形〟…よく分かんないけど、ホムンクルスって中身は人間とは違うのかなぁ…。

 人間の技術はよく分からない…と、この時は特に気にかけることはなかった。


「こっちの方は安全ですよ~!他に怪我人はいませんか~!」


 重傷を負った獣人に回復魔法をかけながら、今度はユィリスの方へ目を向ける。


「弱い者いじめなんて、カッコ悪すぎるのだ!ま、今から私がお前らをいじめてやるのだがな!」


 そう言って、ユィリスは残りのホムンクルスをドヤ顔で指差した。

 でた、いつものビシッ!

 手の中でクルクル…と器用に弓を回し、構えだす。矢に魔力を注ぎ、即座に打ち放った。


 ――……!!?


 たった一本の矢が飛んでくるのかと思いきや、瞬きする間に矢が分裂。ホムンクルス達はピクッと静かに取り乱すも既に手遅れ。真っ白に輝く魔力で生み出された矢が、見事奴らに突き刺さった。


「へっへ~ん!引っかかったのだ!」


 ユィリスのこの技は、相手に喰らわせる瞬間に矢を複製している訳ではない。

 種明かしをすると、最初にセットした一本の矢はダミー。予め背後に生成しておいた魔力の矢を、同時に放っただけである。


 自分が生み出した魔力の矢…ユィリスはこれを〝弓神の魔矢ウル〟と名付けた。弓に魔力を流し込み、周囲へ分散させることで、自然魔力との共鳴により、魔力エネルギーの矢を生み出している。

 易々との名を借りるなと言いたいところだけど、この発想は正直度肝を抜かれた。脳筋の私じゃ思いつかない技術だ。

 ユィリスが持つ弓は『メイズ・アルクス』―浅い橙色をした弓という意で、ユィリス的に魔法を使用する際に必須となるイメージが、スッと頭の中へ入り込んでくるのだとか(私にはよく分からない)。

 

「ん、まだ動けたか…」


 刺さった魔力の矢はすぐに消え、傷を負ったホムンクルスの一体が、ユィリスに猛進してきた。

 近距離が弱点だと悟ったのか、雷を纏った拳を無言で突きつけてくる。しかしそんな単純な打撃など、ユィリスには通用しない。


「スピードは中々だが、思考は単純なのだ」


 ギリギリのところで攻撃を躱し、ホムンクルスの後ろへバク宙をするように飛び上がる。空中で逆さまの状態になったまま、ユィリスは〝千里眼〟で相手の急所を見定め、矢を放った。

 今度は通常の一本矢。機械兵の一番脆い、人間で言う心臓の辺りを簡単に貫き、華麗に着地を決める。

 ちなみに今の身体能力は、私の動きを真似たものらしい。そんな簡単に出来んだろ…と突っ込んだ記憶が蘇る。


「やるではないか、おチビ」

「うん。ユィリスは『練れ者エキスパート』だけど、人間の中で考えれば、かなり上の方だと思う」


 人間や魔族よりも、魔物の数の方が圧倒的に多い。魔物にも世界ランクが振り分けられるから、母数が多い分、同種の魔物が一定の順位に固まってる事なんてざらだ。

 故に練れ者なんかは、少し強くなるだけで一気に順位が跳ね上がるケースが殆ど。世界で5000位は凄い…と言ったのは、そういった理由でもある。


「二人とも、本当に凄いよ」


 なんて、可愛い女の子二人に夢中になっていた私は、近くから妙な独り言を耳にする。


《な……と、あれはまさしく……ワール家の…じか!??そうか…ククク、とうとうは…げんしたんだな。こんな偶然があろうとは……》


 何…??

 モナに破壊されたホムンクルスから、未だ通信が可能なのか、錬金術師の声が途切れ途切れに聞こえてくる。心なしか、角度的にユィリスの方を見て言ってるような…。

 それ以上はホムンクルスから声は聞こえず、しーん…と一切の動きを見せなくなった。


(いい加減、止めて!)


 以降、粗方ホムンクルスは一掃されたと思いきや、まだ一体動ける奴が残っていたよう。最後の足掻きなのか、そいつは避難しようとしていた二人の若夫婦を狙っていた。

 そこへモナが立ち塞がり、余裕で弾き飛ばす。すると次の瞬間、


「も、な…モナ…なの??」


 若夫婦の奥さんが、モナの後ろ姿を見て恐る恐る尋ねた。対する旦那さんは、神妙な面持ちで目の前の子供を睨むように見つめる。

 もしかして、あの二人って…。


「私には分かるわ…。ねえ、モナなんでしょ!?」

「……」


 モナは若夫婦の方を見向きもせず、無言でその場から逃げるように離れた。

 

「ユィリスちゃん、そっちは大丈夫?」

「ふふん、問題ないぞ!ってモナ、さっきのはいいのか…?」


 先ほどのやり取りを見ていたのか、ユィリスはモナを気に掛ける。あの子は察しが良いから、既に気づいているようだ。

 誰かにバレるだろうなとは思っていた。でも、よりによってあの二人に…。

 心配するユィリスに、モナはキョトンとした様子で聞き返す。


「ん?何が?」

「あ、いや…何でもないのだ」

「そう?じゃあ、私はアリアちゃんと一緒に、逃げ遅れた人がいないか見てくるよ」

「お、おう…」


 これ以上、踏み込むのはマズイと感じたのだろう。ユィリスはうーんと唸りながら、モナと若夫婦を交互に見やった。




     ◇




 その後、遅れてやって来た冒険者さんたちと共に、逃げ遅れた人の確認と燃えた家々の消化作業を終え、なんとかこの一件は終着した。

 怪我人はでたものの死者はおらず、里の方はすぐにとは言えなくても、短期間で修復できる程の被害に留めることが出来て、一先ずは安心だろう。明日にでも、周辺の村から支援が来て、復興作業に取り掛かるらしい。

 一緒に手伝おう。なんて考えていた私だったが、すぐにその考えは撤回することになる…。

 

「じゃあ、戻ろっか」


 と里を後にしようとした私たちは、誰かから声を掛けられる。


「待って!モナ!!」

「……!?」


 ついさっき、モナに助けられた若夫婦のうちの奥さんが、大声でモナを引き止めた。その一言で、避難のために集まった獣人たちから、コソコソと驚いたような声が上がり始める。

 一度、この里から追い出した子供が、何の予兆も無く戻ってきて里の危機を救ったのだ。そりゃ、目も疑うだろう。

 戦いが終わった安心からか、気が抜けていたモナは、奥さん…いや、実の母親の呼びかけにピクリと分かりやすく反応した。

 するとモナの母親は、続けてとんでもないことを口にしだす。




「戻ってらっしゃい、モナ…。また、一緒に暮らしましょう?」




 希望に溢れたものとは違う、どこか狂気の片鱗を見せる母親の目つき。何かに飢えているようにも思え、私は少しばかり警戒するように目を細めた。


「おかあ、さん…」


 数年ぶりに顔を合わせる母親。あくまで他人のふりを貫こうとしたモナだったが、振り返らずにはいられなかった。


「お母さんね、モナがいなくなって、自分の中から愛が消えたの。あなたと一緒に過ごした時間が、どれだけ大切だったか…ずっと後悔してたのよ。ねえ、お父さん…?ふふっ」

「あ、ああ、そうだな…」


 母親は、隣におずおずと佇む旦那さん―モナの父親に、これでもかと目を見開き、圧をかけるように尋ねた。その表情があまりに物恐ろしく、父親の顔が引き攣る。

 完全に、旦那を尻に敷いているような振る舞い。聞いていた話とは違うので、多分モナがいなくなってから色々あったのだろう。

 自分を見失っているのか、もう嘗ての母親の姿ではないのだと、モナの表情からも伝わってきた。


「また、家族三人で暮らしましょう。もうあのを聞くことはないわ。お母さんが暴れたらね、お義母さんすぐに嫌がらせを止めてくれたのよ。最初からこうすれば良かった…。お母さんが強ければ、いいのよね?そうよね?」


 ヒステリックでも起こしたのではないかと思わせるような発言に、他の獣人は引いてしまっている。

 愛に飢えたサイコパス。精神的に限界を迎え、もう手遅れになっていた。


「アイツ、ヤバいのだ…」


 小声でユィリスが囁く。モナに聞こえないよう配慮してるんだろうけど、獣人の優れた耳には多分届いてると思う…。


「モナは、モナは……その…」

「ほら、今まで愛してあげられなかった分、全部あげるわ。ね?愛を、愛を……私の全てをあげるわ、モナ!ほら!!」

「……っっ!!」


 近づいてくる母親。この人が持つ愛は、歪んでいた。モナは胸の前で拳を握り締め、口元を震わせている。

 何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか、頭が真っ白になっていた。実の母親に対する〝怖い〟という感情を、必死に押し殺しながら。

 モナの体が、少しずつ前に傾き始める。悪魔の囁きに、流されるまま。


(モナ…もう、どうすれば…!)


 きゅっと目を瞑り、母親の方へ伸ばそうとした…




 ――その手を、私は優しく包み込んだ。




 小さくて、温もりがある女の子の手。モナはハッとしてこちらに振り向く。

 私は落ち着かせるように、優しく微笑んで言った。


「帰ろっか」


 と。

 これは本人の問題だから、これは本人の気持ちが大事だから、外野がとやかく言う事じゃない…。たしかにそうなのかもしれないけど、モナの幸せを本当に願うのだとしたら、たとえ自分勝手な我がままを貫いても、彼女をこのしがらみから救い出したかった。

 もう、傷ついて欲しくない。というか、これからも私はモナと一緒に居たいから…。


「アリア、ちゃん…。モナね、どうしたら――」

「それとも、里を救ったモナに対して人たちに、まだ用でもあるのかな?」

「あっ…」


 その場にいる誰もが、ハッと気づかされた。

 別に、助けたからってお礼を言って欲しいわけじゃない。多分モナにとっては、当たり前のことをしただけなのだから。

 結局は自分たちの事しか考えていない。そういう人間性が露呈した場所に、モナを置いていくなんて絶対したくないのだ。

 母親だってそう。自分の歪んでしまった愛を、子供に押し付けようとしている。そんなの、いずれモナもそうなってしまうのではないかと考えるのが普通だろう。

 モナの純粋で優しい心は、絶対に汚したくない。私の望みはそれだけだ!


「ねえ、モナ。血は繋がってないけどさ…私たちじゃ、モナの家族のかわりには、なれないかな…」

「……っ!!?」

「友達同士の暮らしだけどさ、幸せは保証するよ。私が、幸せにする」


 身長に合わせて屈み、目尻に涙を浮かべる一人の少女へ語り掛ける。

 私の言葉に、目を見開いて反応したモナ。その時、嘗て師匠に言われた事が、彼女の脳裏に過ぎる。


『ねえ、師匠。この前言ってた、モナの家族はもっと遠くにいるって、どういう意味??』


(ああ、そのことか。それはにゃ…血が繋がっていなくても、家族になれるという比喩表現だ。お前はこの先、必ず出会えるにゃ。お前を心から受け入れてくれる、優しい誰かに…)


『血の繋がりがなくても、家族になれる…か。うん、いつかそんな人たちに出会えたら…嬉しいな』


 少し赤らんだ頬に、涙が伝う。何かを思い出したのか、すすり泣きながらも、モナは嬉しそうに笑っていた。


「えへへ…」

「えっと、モナ…?どうした…の!?」


 そう気にかけようとしたら、モナは飛びついてくるように私を抱き締めてくる。後ろに手を回され、絶対離さないと言わんばかりに抱え込まれた。

 勢い余ってフードが外れ、青く綺麗な髪が頬っぺたを撫でる。甘い香りも相まって心臓がきゅっとなった。

 少し取り乱したものの、私も優しく抱擁し、モナの言葉へ相槌を打つ。


「アリアちゃん…モナ、これからも一緒にいていいの?」

「もちろん」

「もしかしたら、暴走しちゃうかもよ…」

「大丈夫。絶対止めるよ」

「ほんと?にぃへへ~、嬉しい!」


 いつもの笑顔に戻ってくれたようで何よりだ。

 今まで辛い思いをした分の…いや、その何倍もの幸せを与えてあげたい。私たちと一緒にいることで、幸福を感じてくれるなら。


「さっきのアリアの言葉、ほぼプロポーズだったのだ…。本人は自覚無しに言ったんだろうけど」


 と呟きながら、ユィリスはホンワカした表情で、私たちを眺めていた。

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転生した元魔王の甘々百合生活 恋する子犬 @Yukaijin

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