第51話 人工生命体 ホムンクルス
それから、モナは勇者パーティと共に旅をする事になった。
しかし旅と言っても、王都レアリムを拠点とした狭い範囲での冒険。それでも、獣人の里や周辺の森しか知らないモナにとっては、未知の体験の連続だった。
「やあ、ヴァイス。今日も例の件だが…」
「ふふっ、お待ちしておりましたぞ」
レアリムに来る度、父親のキロは国王様へ真っ先に挨拶をする。二人きりで何かを話すためか、いつも別室へ通されていた。
その時間はかなり長かったものの、モナは特に気にも留めず、子供たちと王都での暮らしを心の底から楽しんだ。師匠への手紙も忘れず送り続け、これと言った大きな出来事もなく、あっという間に一年が過ぎていく。
そしてモナは、ある日突然、何の前触れもなく奴らの本性を知ることとなった。
「ねえ、モナお姉ちゃん…。あのね、これ見て欲しいの」
末女のマオが差し出してきた冊子の内容を見た途端、モナは衝撃を受けた。
そこには、
――被験体、神霊族モナ。
そんなタイトルから始まり、神霊族の魔力や能力に関する記述が所狭しと書き込まれている。
他にも、ここ一年のモナの健康状態や行動、感情の起伏などの情報の記録。そして更に衝撃なのが、モナが勇者パーティに出会う前の観察資料が論文のように羅列されていることだ。
それ以外で、モナが気になったものを挙げるなら、何者かの〝目〟に関する事柄くらい。自分が神霊族である事だけは打ち明けることのなかったモナは、愕然とした表情で蒼褪める。
(これって、錬金術の記録…?なんで、キロさんの名前が?)
未だ半信半疑で自分の〝観察記録〟を眺めるモナ。だが、次のマオの一言が、彼女を絶望へと引き戻した。
「お父さん、最近様子がおかしいなって思ってて、それでこっそり部屋を見て回ったら、これを見つけて…。ううん、お父さんだけじゃない。お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも…何かが、おかしいの」
「嘘…」
「モナお姉ちゃん、早く逃げた方がいいよ。お父さんたち、普通じゃない!」
「……」
静かに驚きながらも、食い入るように資料を見つめ続ける。ページを捲っていくと、まさしく次のページから、計画の本筋が書き留められているようだった。
(この先に、何が…?)
と、恐る恐る目を通そうとした瞬間、モナはすぐに、この場へ近づいてくる嫌な気配に気がついた。
「ここで、何をしているんだ?マオ…」
聞き覚えのある声。しかしそこには、僅かに人の恐怖心を煽る悍ましさが含まれていた事を、モナは未だに覚えている。
優しそうな、あの勇者の表情はモナの中から崩れ去り、まるで別人だと…そう思わせる程に。
「ダメじゃねぇか…。そんなものを勝手に持ちだして」
「お父さん…これは、ちが――」
モナは恐怖で固まり、後ろを振り返ることができなかった。背後にいる勇者ならざる者への恐怖だけが、彼女を絶望へと突き落とす。
「
「なん、で――」
ようやく振り返ろうとしたのも束の間、モナの意識は闇の中へと誘われる。勇者の魔法か幻術か…どちらにせよ、モナは奴らから逃げる事など出来なかった。
そして気づけば、薄暗く狭い部屋で目覚めた事を認識する。
神霊族が溜め込んだ魔力。その発散場所である、レアリムの城の最深部で…。
その後、ヴァイスから全て仕組まれていた事を語られた。
生きた心地がしない。ここで一生を費やすのかと思ったら、そう思わざるを得なかった。
「師匠…ごめんなさい。モナが、モナが馬鹿なばっかりに…」
悔やんでいても、誰かが助けに来てくれる訳ではない。
どうして、自分はこんな人生を歩まなければいけないのだろう。光が差し込むことのない部屋の隅で、モナは一人泣き続けた。
「誰か…助けて……」
―――――――――――――――
本当に、助けられて良かった…。
神霊族に生まれただけで、モナは血の繋がった家族から捨てられ、ようやく出会えたと思っていた信頼のおける冒険者たちにも裏切られるなんて、考えただけで言葉には表せない何かが込み上げてくる。
もう過去の事だからと、あまり気にも留めていない様子だったけど、話している時のモナは、嫌でも込み上げてくる悲壮な感情を押し殺しているように思えた。私たちに、なるべく心配を掛けさせないように。
今回、自分を追い出した故郷を救いに行きたいと決意したのは、モナの優しさがあってのこと。
過去に辛い思いをしたからこそ、誰も自分とは同じ目にあって欲しくないと、心のどこかで願っていたのだろう。あんな酷い家系から、こんなにも純粋で優しい女の子が生まれたことが、私には神霊族なんかよりも奇跡に思えた。
とはいえ、同族を迫害するような人たちだし、もしまたモナの心を傷つけるような言動をしたら、私が許さないけどね。
「あ!見えてきたよ、アリアちゃん」
「え?ああ、うん」
モナの事を考えていたら、完全に我を忘れていた。どうやら、目的地に着いたみたい。
里の方を見やると、あちこちからモクモクと煙が上がっている。かなりの規模で襲撃を受けているようだ。
「よし!ちゃっちゃと終わらせるのだ~!」
「あっ、待って!」
何がいるのかも確認せず、里へ突進するユィリス。頭を抱えつつ、まあユィリスだからなぁ…と一旦落ち着く。
シャトラから降りて、高台に登り、里を一望した私たちは、複数の奇妙な〝機械兵〟を目にした。
「あれは、何…?」
姿形は、人間と相違ない。異なるのは、奴らから発される機械音と人間にはない魔力を持っている事だ。
とんでもない腕力や属性の魔法を持ち、まるで感情のない操られるがまま動く機械のように、次々と里を壊滅させていく。確実に意志はあるようで、ある意味そこら辺の魔物よりも厄介であろう。
「まさか、奴ら!?」
その者らを見たシャトラから、驚いたような声が飛び出る。
「シャトラ、何か知ってるの?」
「ああ、いえ…」
するとシャトラはサイズを変え、小さくなって私の肩に飛び乗り、コソコソと耳打ちしてきた。
「ご主人様、奴ら〝ホムンクルス〟です」
「ホムンクルス…??」
「はい。錬金術が生み出した、人工生命体です。勇者〝キロ・グランツェル〟に支援する『
「奴らと何かを企んでるっていう錬金術士の事??なんで獣人の里を襲うの?」
「それが…あのホムンクルス共は我同様、勇者に特定の地を襲えと命じられていたのです。どっかの里だとは聞いていましたが、まさか獣人共の縄張りであったとは…」
え…?
今の話を聞く限り、シャトラは勇者による間接的な被害がどこかで起こるのを、最初から知っていたということになる。
私はニッコリと笑い、呑気に里を眺める
「ねえ、シャトラ…」
「はい、何でしょうか!ご主人様!」
何を命じられるのかと、期待に満ち溢れ、瞳をキラキラさせる虎。そんな期待になど応える訳もなく、私は叱り飛ばす。
「「「知ってたんなら、早く言いなさぁぁい!!!」」」
肩に居座るシャトラを引き剝がし、その顔面を強くこねくり回した。フニフニした獣の両頬を摘まみ、雑に伸び縮みさせる。
「す、すびばぜ~ん!!!」
絵本に出てくる悪役のように泣き喚き、必死こいて謝罪する虎。ちょっと面白い…。
そしてご主人様に対し、苦しい言い訳を始める。
「そ、その…ご主人様と出会えた衝撃のあまり、忘れてしまっていたというか何というか…。それに、獣人の里だとは知らなかったもので…」
「知らなくても、どこかで誰かが被害に遭うことは分かってたんでしょ?今回は、偶然が重なってここへ来れたけど、もし私たちの知らない場所で手遅れにでもなったら大変だよ。まあ魔物からしたら、知ったこっちゃないって気持ちも分かるけど…」
「はい…」
しゅん…と分かりやすく項垂れるシャトラ。私は溜め息をつきながらも、すぐに怒りを鎮める。
「ごめん、ちょっと言い過ぎちゃった。でも次からは、こういう事を見聞きしたら、すぐ私に伝えること。いい?」
「分かりました、ご主人様!たとえ火の中水の中!ご主人様のご要望とあれば、この身を天に捧げるつもりです!」
「はいはい、そんなことは頼まないからね~」
立ち直りが早いのなんの。そんなシャトラを適当にあしらい、ずっと蚊帳の外だったモナを気に掛けようと振り返る。
「モナ、ごめんね。あの機械兵は…って、あれ?」
けど、そこにモナの姿はない。下を見ると、既にユィリスに続いて里の方へ向かっていた。
しょうもないやり取りが過ぎたようだ。私も逃げ遅れた獣人たちを避難させるため、里へ下りていく。
「ご主人様、我が奴らを一掃してみせましょう!」
そう意気込むシャトラを、私は一旦止める。
「いや、大丈夫。多分、私たちが出る幕はないよ。ホムンクルスは二人に任せて、私たちは逃げ遅れた人たちを助けよう」
「ですが…」
「まあ、見ててよ。びっくりするから」
「……??」
流石に、少し戦闘慣れしている冒険者くらいでは、この状況を任せることは出来ない。
でも、モナは私から見ても規格外の存在。可愛い見た目してて、中身に宿された魔力の密度は絶大だ。魔力量だけで言えば、今の私よりも上である。
最初から魔力を搾取されていなければ、あのヴァイス如き、余裕で打ち負かせているのだから。
師匠であるミーニャとの訓練で培われた、風属性の魔法。現在、幼き頃の暴走で発散していた魔法を抑え込み、常に平常心でその力を扱えるようになったモナの相手になれる奴など、そうはいない。
ユィリスは、まあ大丈夫でしょ。あの子もあの子で天才だし。勿論、ヤバくなったら私が出向くつもりだ。
ちなみに、普段のモナは頭を覆い隠すような紺色のフード付きマントを羽織っている。昔、ミーニャから貰った、大事にしているプレゼントなのだそう。
今日は特に正体がバレないよう、しっかりフードを被り、あくまで故郷の人たちに対して他人のように振舞うつもりだと言っていた。
「まるで、感情がないみたい…」
ホムンクルス共は、拳に炎やら雷やらを纏わせ、無言で獣人に襲い掛かっていた。ただの殺戮兵器にしか思えず、モナは眉間に皺を寄せる。
すると奴らは、視界に入れるや否や、真っ先にモナへ襲い掛かってきた。強き者のオーラを感知して、戦闘欲が掻き立てられたのか、それとも…。
「
真剣な表情に変わったモナは、私や嘗てのモナを知る獣人たちが見守る中、神霊族の本領を発揮する。
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