第50話 家族ぐるみの勇者パーティ

 次の日から、黒猫は目覚めたモナのメンタルケアや身辺の世話に努めた。

 木陰に座り込み、顔を伏せる。そんな、これ以上なく落ち込むモナの傍に寄り添い、黒猫は明るく振る舞う。


(モナよ、今日は魚を取ってきたにゃ。一緒に食べるにゃ)


「……いらない」


(そう言わずに、ほれ)


 目の前に差し出されたホクホクに焼かれた魚を見るや否や、お腹を鳴らすモナ。体は正直なようで、すぐに美味しそうな焼き魚に手を伸ばした。


(どうかにゃ?そこら辺の商人から盗んできた塩をまぶしたニャーの傑作にゃ)


「盗みはダメだよ…」


(猫は何してもいい、自由な生き物にゃ。お前も、猫のように自由に生きるのにゃ)


「自由になんて、生きられない。どこに行ったって、どうせモナは嫌われ者だもん」


(そうならないために、訓練するのにゃ。お前は、8年しかこの世を生きていない。あんな奴らのいる里しか知らない。もっと世界を知るべきにゃ)


「もういいよ…。全部、こんな暴走する体に生まれたモナが悪いんだから。一人で、生きていくしかないんだ…」


 数日前の事を思い出しながら話すモナの目に、涙が溢れる。黒猫は、零れ落ちそうになるその涙を肉球で優しく拭い、とある〝嫌われ者〟についての話を始めた。


(なあ、モナ。魔王アリエ・キー・フォルガモスの事を知ってるかにゃ?)


「魔王、アリエ……ああ、うん。聞いたことあるよ。世界最悪の存在だって、みんな言ってた…」


(そうにゃ。世界一の嫌われ者は誰かと聞かれたら、真っ先に魔王アリエの名が出る。だが、それを言う殆どの人間は、誰もそいつに危害を加えられた事など微塵もない奴ら。いや、寧ろ…魔王アリエによる人間界の被害なんて話は、少なくともニャーは聞いたことがない。噂や過去の文献には、色々と悪行の数々が散りばめられているが、実際にそれを見た奴は恐らくいないのではないかと、ニャーは思った…)


「じゃあ、なんで魔王アリエは嫌われてるんだろう…」


(まあそれは大方、『魔王』という肩書と、全ての事象を変えることが可能な力を持つ世界ランク1位の魔族…そんな馬鹿げた奴がこの世に存在しているのだから、人間からしてみれば自然と恐怖を抱かざるを得ないからだろうにゃ)


「……」


(人間は、どうしても物事の表面ばかりを見てしまう生き物なのにゃ。でも、それは仕方のないこと…。普通の人間は、相手の心なんか読めないし、信頼できるかどうかの判断材料は、自然と外面そとづらか他者からの評価になるにゃ。だから、昔から悪行の噂が絶えない魔王アリエは、世界一の嫌われ者なのにゃ)


 どうして今そんな話をしだしたのかと、不思議そうに首を傾げるモナに、黒猫は優しく笑いかけながら続ける。


(魔王アリエだけじゃない。寧ろ、誰からも嫌われない奴なんていないのにゃ。産まれつき神霊族の力が備わってしまったお前は、何一つ悪くない。悪いのは、お前をに誕生させた神様にゃ)


「にゃーにゃ…」


(今は、まだ待て。大丈夫、世界は広いにゃ。生きていれば必ず、お前を心から受け入れてくれる奴らに出会えるにゃ。ニャーの、ように…)


「そう、なのかな…。本当にそんな人たちが現れるなら、モナは…凄く嬉しい」


 焼き魚を両手で持ちながら、少しばかり微笑みを見せる。そんなモナにつられ、黒猫も顔を綻ばせた。


(お前の〝家族〟は、もっと遠くにいるにゃよ…)


「ん…??それって、どういう意味?にゃーにゃ」


 すると黒猫は目を細め、呆れたような眼差しをモナに向ける。


(あのな…ニャーは、にゃーにゃではないにゃ…)




     ◇




 その日から、モナは少しずつ元気を取り戻していった。

 過去の事は考えないようにして、黒猫と共に森でひっそりと、時には自分の中の魔力が暴走しないよう、抑える訓練をしながら毎日を過ごす。 

 寂しさを感じない訳ではなかったが、そうならないために、黒猫が明るく振る舞ったり、面白い話を聞かせたりしているのを見て、自分は孤独に生きてはいないのだと、モナは実感した。


 ――魔法を学ぶことは、強くなるためだけじゃない。己の中の魔力を制御し、自分の中に眠る神霊族の力で、困っている誰かを助けてあげる。良いことを重ねれば、自ずと自分を受け入れてくれる誰かに出会える筈にゃ!!


 という黒猫の教えを受け、日々力を付けていく。

 やがて、黒猫を勝手に〝師匠〟と呼び、慕い始めたモナ。最初は嫌がってたものの、黒猫は満更でもなくなったのか、気がつけばモナを〝弟子〟として扱うようになり、二人は幸せそうな師弟関係を築いていった。

 

 そして数年後、心の中で獣人の里での事件が薄まりつつあった頃、成長したモナは、とある家族に声を掛けられることとなる。


(なんにゃ…こいつら)


 その連中を目にした瞬間、黒猫はどこか既視感を覚えた。


「こんにちは。モナちゃんって言うんだね」


 特に気になったのが、モナへ真っ先に挨拶しに来た家族を取り纏める父親だ。

 黒髪で糸目が特徴的な、父親にしてはかなり若々しく思える男性。名は【キロ・グランツェル】―なんと、人間界に数人存在する勇者の一人らしい。

 つまり目の前にいる家族は、勇者パーティということになる。モナは驚いていたが、黒猫は特に驚く様子もなく、勇者一行をまじまじと観察していた。


「君、結構強そうだな!レベルいくつ?」

「ちょっとお兄ちゃん、初対面の女の子にぐいぐい行かないの!」


 上から物を尋ねるお調子者の長男【テレス】に、しっかり者の長女【アーシャ】が注意する。

 二人とも、年齢は10代後半といったところ。見た目だけで言えば、父親と大して変わらない歳に思え、それに先ず驚き、黒猫は妙に感じた。


「あらあらあら~、獣人の子なんて珍しいわね~。こんな森にいるの~?」


 そんなフワフワとした口調で、子供をあやすように語り掛ける女性が、母親の【エマ】。こっちは父親と違い、見た目や雰囲気が大人の女性らしく、年相応な母親に思える。


「ほら、【マオ】~。あなたも挨拶して~」

「う、うん…」


 最後に、エマの背中からチラッと顔を覗かせるのが、末女のマオ。恥ずかしがり屋なのか、母親に促されて、渋々前に出る。


「マオ、よろしく…」

「えへへ、よろしくね~」


 その様子を愛らしく感じたのか、モナはほっこりした様子で挨拶を返す。

 一見、平和で温かい家族に思える五人。モナが警戒する事なく受け入れてるのもあって、そこは黒猫も否定はしなかった。

 しかし奴らには、不審な点が多過ぎる。


「あ、野良猫だ…」

「モナの師匠なんだよ~」


 末女のマオ以外は、黒猫に見向きもしない。というより、あたかもその場に居ないかのように振る舞っている。

 

(この家族、本当に血が繋がっているのか?あまりにも、容姿や雰囲気が違い過ぎるにゃ…)


 どうにも胡散臭くてならない家族。モナが快く受け入れてるから、仕方なく近づく事を許しているものの、黒猫の警戒心が解けることはない。


「俺たちは今、近くの王都レアリムを拠点として旅をしてるんだ。また、ここへ遊びに来てもいいかい?モナちゃん」

「うん!いつでも来てよ~」


(……)


 奴らを目にした瞬間に、黒猫が覚えた違和感。それは数年前、モナの魔力暴走を引き起こした黒幕の男と、勇者パーティの父親が何処となく似ていると感じ取ったからだ。

 風姿は明らかに違う。数年前に見たマントの男は、黒髪ではなく金髪で、ここまで優しそうな糸目はしていなかった。

 似ている…というのは外面ではなく、内面から溢れ出る闇のオーラである。長年積み上げた年の功により、相手の魔力の質が読めてしまう黒猫は、すぐにそれを察していた。


 だが、いくら説明してもモナは全く聞く耳を持たない。

 幸せそうで、全員が仲の良い理想的な家庭。それはまさしく、モナが心の底から憧れていた家族像だった。

 偶然なのか否か…定かではないが、奴らが来たその日から、良くも悪くもモナの運命は大きく変わることとなる。


(アイツら、また来たにゃ…。つい三日前に来たばかりにゃのに)


 グランツェル家が来る度、率先して子供たちの遊び相手になるモナ。特に長女のアーシャ、末女のマオとは仲が良く、三人でよく森の中を駆けまわっていた。


「ええ!?モナ、そんな魔法が使えるんだ~!」

「凄い…」


 神霊族の事は伏せていたものの、モナは自分が持つ魔法や能力を包み隠さず披露する。

 師匠との訓練で会得したスキルが、この世界ではどれ程までに卓越した力なのか。ずっと森でひっそり過ごしていたモナからしたら、比較対象がなく、よく分かっていなかった。

 だからか、自分の魔法を誰かに認められたことが嬉しく、次々と勇者パーティに手の内を見せびらかしていく。

 その横で、父親のキロがニヤリとほくそ笑んでいることも知らずに…。




     ◇



 

「師匠…モナ、あの家族と一緒に行くよ」


(ダメにゃ!!それは、師匠であるニャーが許さんぞ!)


 そして、とうとう懸念していた事がモナの口から飛び出てきた。

 モナと一緒に旅をしたい。勇者パーティに入らないか?などと声を掛けられてはいたが、まさかそれを真に受けるとは思ってもみなく、黒猫は驚きつつも、考え直すように告げる。

 

「師匠は、心配性だよ。モナはもう、子供の頃の事は引きずってないし、師匠のおかげで結構強くなったつもり。勇者パーティに誘われるなんて、凄いことなんでしょ?危険な冒険になるのは分かってるけど、あの子たちと一緒なら、何でも乗り越えられる気がするんだ~」


(いや、違うのにゃモナ…。危険なのは冒険ではなく、あの勇者にゃ)


「も~、またそれ?モナには、すっごく良い人にしか見えないんだけどな~」


(違うにゃ、あいつは…)


「師匠にここまで育ててもらったことは、凄く感謝してるよ。でもさ、師匠も言ってたじゃん。もっと世界を知るべきだって。モナ、見てみたいんだ。この世界の、色んな物事を…」


 モナの頭は、お花畑で完全に埋め尽くされていた。

 しかし黒猫は、そんな弟子の言い分と表情を見た途端、言葉を詰まらせてしまう。そのキラキラとした純粋無垢な少女の瞳は、嘗ての黒猫の姿を彷彿とさせた。

 

(ニャーも昔、そんなことを言った気がするにゃ…)


 全ての物事は、考えようによっては偶然にも必然にもなり得る。外の世界を見てみたいと思い描かなければ、今のモナは存在しなかったのかもしれない。

 昔、黒猫は親族の反対を押し切って、世界を旅することを決めた。こんな、殻に閉じこもって生活しているのがもったいな過ぎる世界において、外の景色を感じたいと興味を持つのは全くもって不思議ではない。

 その気持ちを自分に置き換えた黒猫は、再度考え直す。

 もしかしたら、あの勇者パーティの父親は、数年前のとは本当に別人なのではないか?容姿や雰囲気があまりにも違い過ぎるため、黒猫も自身の感知力が鈍ってしまっているのではないかと、いつしか感じるようになっていた。

 

「魔法だって、師匠の質に引けを取らないよ。師匠の言う通り、もしも勇者さんが悪い人だったとしても、またここに戻って来るって約束する。逃げることには、定評あるからさ!」


 にぃへへ~と、無邪気な微笑。そんな可愛らしい弟子の笑みに弱い黒猫は、溜め息をつきつつも、渋々折れてしまう。


(あー、もう分かったにゃ!!)


「ほんとに!?」


(ただし!一つだけ条件があるにゃ!月に一度、伝書鳩でニャーに近況報告を伝えること!それくらいはしてもらうにゃよ!)


「うん、分かったよ!約束する!」


 握りこぶしを作り、はにかむモナ。多少の不安はあったが、こんなにも希望に満ちた弟子の姿を見るのは初めてだった黒猫は、これ以上彼女を否定することなど出来なかった。

 ようやくモナにも居場所ができたのだと、当時の黒猫も心の中では嬉しく思っていたのだ。


 しかしそんな二人の希望は、一年後、簡単に打ち砕かれることとなる。

 全ては演技だった。父親、母親、長男、長女は全員、表向きの笑顔をモナに見せていただけ。

 その裏の顔は、人間界に存在する勇者…その陰の暗躍者として、後にとなる魔界の男に支援する、人ならざる〝二つの界隈の仲介者闇のブローカー〟であった――。

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