第24話 メアリーの苦悩

 少しの沈黙が走った後、メアリーは一瞬見せた暗い表情を隠すように、いつもの笑顔に戻った。


「メイドは同じ歳の子が結構いるけど、みんな私を偉い人のように扱ってさ~。中には、私に恐怖を感じる子もいるし。ほんと、参っちゃうよね~。普通に接してくれればいいのに」

「そうなんだ…。でも、ちょっとだけ分かる気がするよ」

「ほんと?アリアって、もしかして王族?」

「え!?あ、いや、そういうわけじゃないけど…」


 王族だけどね。

 私なんて、自分が歳取りすぎて、同年代の女の子なんて周りにいなかったからなぁ。そもそも近寄られなかったし。

 幹部たちも、必要以上に私を持ち上げて、その度に苦笑い。魔王アリエは何でもできると周囲から謳われていた中で、『人間の女の子と仲良くしたい』という私の唯一の願いが叶うことはなかった。

 周囲からは自由に見えても、当の本人は今の環境を自由に思っていない。メアリーの気持ち、私にはよく分かるよ。


「でも、アリアは私のこと、怖いって思ってないでしょ?分かるよ、アリアの目を見れば」

「う、うん。怖いなんて思わないよ」

「なんだろう。最初に出会った時、すぐに感じたの。なんとなく、この子は私を怖がらないだろうなって。なんか、私のことなんか大した存在じゃないと思えるほどに、を知ってるような子に感じたんだ~」


 本当の、恐怖…。

 言い換えると、ちょっとやそっとのことじゃ動じず、どんな困難にも立ち向かってきた強者つわもの。そんな風格を私から感じたのだろうか。

 だからあの時、真っ先にベルフェゴールを倒したのが私だって分かったのかな…。


「たしかに、私は恐怖をあまり感じないけど、あの時のメアリーには驚かされたよ?随分と、天真爛漫な子が来たなぁってさ」

「あっはは~、やっぱり元気が一番だからね~」

「今の話を聞いて分かったよ。メアリーの話し方とか人との接し方って、自由でありたいメアリーの思いが自然と表に現れたものなのかなってさ」

「アリア…。そう、なのかな~」

「大丈夫。生きてる限り、可能性は無限大にある。いつか、自分が本当にやりたいことを見つけられる日が来るよ。もしかしたら、それが自由になることじゃない可能性だってあるかもね」

「……」

「それまで、信じればきっと…なんて軽々しくは言えないけどさ。私が、そうだったから…」


 魔王から転生して人間になる…そんな願いを果たした奴が存在するんだ。メアリーだって、きっと上手くいくよ。

 私の言葉を聞いたメアリーは、俯き気味であった顔を上げ、こちらへ思いっきり顔を近づけてきた。


「深い…深いよ、アリア!!なんかこう、先生みたいだった!今何歳だっけ!?人生何周してるの!?」

「あっ、なんかごめんね…!偉そうなこと言っちゃって」


 いけない…前世の癖で、つい上から目線にものを…。

 気づけば、メアリーの相談?を受けているような気になって、べらべらと主観を連ねていた私。だけど、女の子と二人きりなのに、ここまで意見をはっきり言ったのは、自分でも意外に思った。

 魔王の頃、よく幹部たちの相談を受けていたことを思い返し、その気になってしまったのだろう。振り返れば、色んな悩みを聞いてたなぁ。



 ――アリエ様、筋肉の付け方を教えてください!


 いや、知らないけど…。


 ――アリエ様、最近寝付けないんです…。何か上質な枕…例えば膝枕なんかが欲しいなぁ、なんて。


 膝枕ねぇ。視線が私の太ももから離れないのは、そういうことか。

 後で、誰かに頼んでムチムチの男の膝用意しとこ。


 ――アリエ様、俺ってなんでこんなドジなんすかね。いっそ死んだ方が…。


 そんなことで!?


 ――アリエ様、彼女を作りたいんですが…。


 それ私が一番知りたいやつ!!


 

 ………。

 いや、あまり相談と呼べるようなものでもなかったか。

 でも、みんな私と話をしたかったから、話題を持ちかけてきてたんだろう。そう考えると、健気な子たちだったなぁとは思うけど。

 そんな昔のことを考えながら、メアリーに向き直る。


「ううん、なんだか嬉しいよ~。こうして誰かに励ましの言葉を貰うなんて、パパ以外になかったからさ~。ありがとう、アリア!」


 元気になってくれたようで良かった。

 強さなんて微塵も感じさせない程に純粋な笑顔を向けられ、思わず頬が緩んでしまう。

 その後も二人で談笑する中、メアリーは気になっていたことについて尋ねてきた。


「ねーねー、アリアたちって、誰かの依頼を受けて王都に来たって言ってたよね?」

「あ、うん。そうだよ」

「それってどんな依頼?私にできることがあったら、手伝うよ〜」

「ほんとに?ええっとね…」


 そういうことならと、私は懐にしまい込んでいたモナの似顔絵を出して、テーブルに広げた。


「この獣人のモナって子を探してるんだけど、何か知らな――」


 そう言いかけた瞬間、メアリーは椅子から飛ぶように立ち上がり、似顔絵を手に取ると、食い入るようにそれを凝視し始めた。


「め、メアリー??」


 何があったのかと恐る恐る名前を呼ぶと、メアリーは似顔絵をそっと私の前に返し、何事もなかったかのように静かに座り込んだ。そして、目の前に用意された紅茶を一口飲むと、私に笑顔を向けて言った。


「ところでアリア、三日後に〝メイドカ〟っていう催しがあるんだけど~。一緒に行かない?」


 ………。

 この場に変な間が訪れる。にっこりと渾身の笑顔を見せつけられ、今何を話してたんだっけと思いそうになったが、すぐに私は突っ込んだ。


「いやいやいやいやいや!!急に話題変わりすぎじゃない!?」


 メイドカフェア…何それ、行ってみたいんだけど!?なんて思ってしまったけれども。


「そうかな~?急に話題変わるなんて、普通じゃない?」

「え、そうなの…??」

「そそ、アリアはオーバーなんだからぁ、もう~」

「にしても、今のはおかしくない!?絶対何か知ってるよね!?」


 図星を突かれたのか、メアリーは分かりやすく目を逸らす。そして遠くを見つめたまま、黙り込んでしまった。


「お願い。知ってることがあるなら、言って欲しい。この子を探すために、私たちはここまで来たの」


 そう訴えかけるように伝えると、メアリーは先程よりも一層悲しそうな表情を見せた。


「ごめんね、アリア。それは、言えないよ」

「……」


 どうして…。

 なんて聞いても、答えてくれないだろう。

 モナを知られると、一体どうなるのか。それだけでも分かれば、後は私の力で何とかできると思うんだけど…。

 仕方ない。無理に尋問したりなんてしたくないから、ここは手っ取り早く、メアリーのお父さんに話を聞いてみよう。


「じゃあ、メアリーのお父さんのとこに案内してもらえる?現国王なら、話してくれるかも――」

「それもダメ!!!」


 椅子から立ち上がり、王であるルクスさんへ挨拶に行こうと部屋の扉に向かうと、メアリーは大声で私を止めた。


「あっ、ごめん…」

「もしかしてメアリー、お父さんに何か口止めされてるの…?」

「違う、違うよ!それは、絶対に。でも、この事は絶対にパパには言わないで。じゃないと、パパが…」

「……??」


 メアリーは何か言いたいことを押し殺し、悔しそうな表情を見せる。

 モナのことを隠したくて隠してるわけじゃないんだ、メアリーは…。情報屋さんに聞いた時も、なんとなくそんな気はした。

 何か裏で大きな陰謀が働いている。それしか考えられないよ、この状況…。

 しかもそれは、メアリーでも止められないもの。一体、何だっていうの??

 メアリーの苦しそうな顔を見て、無闇に行動するなんてできるわけない。ここは、少し様子を見るしかないだろう。


「メアリーのお父さんは、知らないんだね。モナの事…」

「ええっと、いや、その…」


 探りを入れるように言った私の一言に、メアリーは戸惑いを隠しきれない様子。その反応だけで、十分分かった。


「分かった。この事は、メアリーのお父さんには言わないでおく。私に話しても、何か嫌なことがあるんだよね?」

「……」

「でも、これだけは覚えておいて欲しい」


 少し膝を曲げ、俯き気味なメアリーの目線に合わせて、私は続けた。


「一人で何でも抱え込まないで。言うのがダメなら、別の方法を使って誰かに伝えることだって出来ると思う。私じゃ頼りないかもしれないけど、いつでも言ってくれれば力になるから」

「アリア…」

「私はモナの無事を確認するまで、ここにいるつもりだよ。遅かれ早かれ、メアリーが抱えてる問題は絶対に解決する。メイドカフェア、一緒に行きたいな。…、メアリーと」

「……!?」

「三日後までに、パパッと解決しよ?絶対、力になるから」


 自由じゃない…そうメアリーは言ってたけど、何より彼女の自由を奪っているのは、この一件なのだろう。

 誰かは知らないけど、好きにはさせない。私がここにいる限り…。


「う、うん。ちょっと、考えてみるよ。明日、もう一度ここに来て…」


 少しだけ口角を上げたメアリーは、小声でボソッと伝えてきた。

 それに対し、私は笑顔で頷く。なるべく、不安を煽らないように…。





 ―――――――――――――――





 時を同じくして、フランに連れられたルナとユィリスは、城の豪華な一部屋に目を輝かせていた。


「凄い!まるで、お嬢様の部屋じゃない!?」

「うむ。心なしか、フレグランスの良い香りがするのだ」


 部屋の構造は、メアリーのそれと殆ど変わらないが、内装は落ち着きを保ちつつ、高級感の漂う家具が揃えられている。


「気に入ってもらえたようで良かったです。紅茶を用意したので、どうぞお召し上がりください」


 感激する二人にほっこりしながら、フランは淹れたての紅茶をそっとテーブルに置いた。


「ありがとう、フラン」

「メイドっていうのは、そんな堅っ苦しい話し方をしなきゃいけないのか?もっと気さくに話してくれていいぞ」

「あのね、ユィリス。メイドさんは、そういうお仕事なのよ」

「そういうって、どういう?」

「それは…あれよ、その…」


 返答に困るルナを見て、フランはクスリと笑い、代わりに答える。


「お城に住まうお嬢様方のご奉仕に加え、お城の清掃やハウスワーク…そんなところですかね。ちなみに、私はこれがデフォルトですよ」

「デフォルト…??」

「素の状態ってことね」

「はい。タメ口は、なぜか私の性分に合わないみたいです」

「ん、なるほどなぁ」

「それに、他のメイドさんの方がもっと言葉は丁寧ですし、ご奉仕も上手です。これでも気さくに話してる方ですよ、私」


 えへへ…と苦笑いするフラン。なぜこの子がメイド長なのか…そんな視線をルナは向ける。


「でも、メイド長なのね…」

「強さが買われたので。後、誰もメイド長をやりたがらなかったので、仕方なく…」

「お前、強いのか!」

「剣術の腕前は、メアリーさんの遊び相手になる程度にはありますよ」

「凄いわね~」

「嫌な気配を察知するなんて、朝飯前です。ほら、ちょうどそこの窓の外から、曲者のオーラが……」

「え…?」


 ふふん!と調子に乗ったフランは、無意識に何かを察知して、近くの窓を指差す。冗談のつもりで、彼女の視線を追ったルナとユィリスは、窓の外を見た途端、息を呑んだ。


 そこには、こちらの様子を堂々と伺う、本来この王都にいる筈のないが突っ立っていた。

 肌黒く、角が生えた、亜人とは違う人種。驚きながらも、三人は椅子から立ち上がる。


「なんで、〝魔族〟がこんな所にいるのよ…」

 

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