第25話 推理

 その魔族は、口元から下を黒い装束で覆い隠し、赤黒い瞳で三人を見据えていた。

 ベランダに佇むそいつは、存在に気づかれたにも拘わらず、じっとして動かないまま。ぞっとした空気が漂う中、フランは危険を察知し、ベランダの方へ駆けていく。


「女の子の部屋を覗くなんて、不埒にも程があります!!」

「そこ!?」

「いや、そこなのだ!」


 フランはスカートの中を探り、太ももに括り付けてあった短剣を取り出すと、ベランダに飛び出るや否や、魔族を斬りつけにかかった。


「…メイド長、フランディア・サベール。世界ランク3059位」


 フランの攻撃を躱しながら、魔族の男は重々しい声で淡々と呟く。


「なぜ、それを…!」


 そして、何かを確認し終えた魔族はベランダから飛び降り、背中からコウモリのような翼を生やす。そのまま、逃げるように城の裏手に飛んでいってしまった。


「クッ…すみません、取り逃しました」

「大丈夫!?フラン!」

「はい。私は大丈夫ですが…」


 まさか、こんな所で魔族を見ることになるなど微塵も思ってなかった三人は、冷や汗をかきながら暫く硬直状態に陥った。





 ―――――――――――――――





「え!?魔族がここに!??」


 一旦メアリーを一人にしてあげ、他のメイドさんの案内でルナたちのいる部屋に来た私は、三人から妙な知らせを受けることとなった。


「そうなのよ。なんとかフランが追い払ってくれたんだけど」

「と、とにかく、みんな無事でよかったよ…」


 一先ず安心して、ほっと胸を撫で下ろす。


「驚きましたよ。ここに住み込みで働いて一年近く経ちますけど、あんな魔族は初めて見ました」

「窓の外からじーっと私たちの様子を伺ってたのだ」

「ええ、凄く不気味だったわ…」


 フランによると、魔族はお城の裏手の方へ逃げるように去っていったという。つまり、まだこの城に潜んでいる可能性が高い。

 目的はなんだろう…。今このタイミングで現れたのには、何か意味があるのかもしれない。

 もしかして、狙いは勇者候補のルナ?

 だとしたら、ルナを絶対一人にしちゃいけない。誰かが…ううん、私がずっと傍にいなきゃ!!

 そう思い、私は無意識にルナの手を取って、真剣な表情で伝える。


「ルナ、出来るだけ私の元を離れないでね!ベルフェゴールと同じように、勇者候補を狙う魔族かもしれない」

「え、ええ…」


 ルナは驚きと共に、頬を赤く染め上げる。いつもの私が見せることのない凛々しさに、不意を突かれたような反応をした。

 そんな彼女の表情に気づくことなく、私は続けざまに言う。

 

「私が、絶対守るからね」


 と…。


「アリア…」


 ルナは目線を逸らすも、私の手を強く握り返した。そして、少しばかり戸惑いを残した笑顔を溢す。


「も、もう…いつからそんなカッコいいセリフ言えるようになったのよ…。ちょっとびっくりしたわ、ふふ…」

「あっ、いや…その、こんな状況だしさ。普通に守りたいって思っただけだよ、うん…」

「そう、なのね。嬉しいわ、アリア…」


 お互いに交わした言葉で笑い合う。先程からルナのことしか目に入らなくなっていた私は、傍でニヤニヤしているユィリスと瞳を輝かせているフランの反応に、ようやく気づく。


「ニヒッ…お前ら、いつまで手繋いでるつもりなのだ~?」

「はっ!ご、ごめん、ルナ!」

「い、いいのよ!アリアに手を繋がれたの、凄く安心したし…」

「そっか、えへへ…」


 気まずい空気を紛らわすように、無理やり会話を繋げる。まあ、ルナは気まずいと思ってるのか分からないけど。

 てか私、無意識にルナの手を握ってた!?今になってすっごく恥ずかしくなってきたんだけど!!


「美少女同士が恥じらいながらも繋ぎ合う手と手…アリアさんって、もしかして百合展開を呼び寄せる天才なのでは!?」

「……」


 うん、こっちは無視しておこ。

 小声がダダ漏れなフランは一先ず放っておいて、私はメアリーと話したことの詳細をみんなに語り始めた。



 ………

 ……

 …



「――で、明日までに考えてくれるみたいなんだけど…」


 モナの一件が、メアリーと何かしらの関係にある。それを知った三人は、複雑な表情を浮かべる。


「なんか、ただの安否確認の筈が、物凄く壮大な事件に関わろうとしてる気がするのだ…」

「モナ、無事だといいんだけど…」

「もういっそ城の中を徹底的に調べ尽くして、モナを探し出すのが手っ取り早いと思うのだ」

「怪しまれないでそれが出来たら、こんな話し合いなんてしてないわよ」

「ええっと、フランは何か知らない?モナの事」


 顎に手を当て、何やら考える素振りを見せるフランに、私は尋ねた。


「あ、いえ…モナさんのことは、すみません…私は知らないです。でもまさか、メアリーさんがそんな事情を抱えていたなんて思いもしませんでしたよ。あの人の悲しそうな表情なんて、見たことがなかったですから」

「そうなんだ…」

「フラン、別にモナの事じゃなくていいのよ。この城で何か隠してそうなこととか、怪しい人とか…ほんの些細なことでもいいから、心当たりがあれば言って欲しい」

「そうですね…」


 うーんと唸り、過去を思い返すフラン。すると突然何かを閃いたように、声を上げる。


「そういえば!」

「何か分かった?」

「モナさんと直接関係があるか分かりませんけど、このお城には〝立ち入り禁止〟の扉があるんです。そこだけは絶対に近づいてはいけないと、前のメイド長に教わった記憶があります。たしか、お城の地下牢の奥にあるみたいですけど…」

「そこだ!!」


 確証がないにも拘らず、ユィリスが自信満々に決めつける。

 でも、立ち入り禁止なんて如何にも怪しい。その扉の先に、モナがいる可能性は十分にあり得るだろう。


「それとですね…。この城で給仕している時、偶に妙な格好をした男性とすれ違う時があるんです」

「妙な格好??」

「はい。首から上を鉄仮面で覆っているんですが、服装は至って普通でしたね。顔を見られたくない人なのかなと、あまり気にも留めていませんでしたが…」

「首から上を完全に隠すって、よっぽどじゃないか?情報屋みたいなのだ…」

「そんな奴、野放しにしちゃダメじゃない…?」

「あっ、そうですそうです!!気にも留めなかった理由がもう一つありましてですね…。その男性と、メアリーさんが話しているのを一度見たことがあったんです」

「それ、本当!?」

「はい。何を話しているかまでは聞き取れませんでしたが…」

「その時、メアリーはどんな表情をしてた?」

「いえ、メアリーさんは背中を向けていて、表情までは…すみません」


 いや、これは相当有力な情報だ。一気にモナに近づけたような気がする。

 ここで私は一度記憶を探り、これまで集めた情報を一度整理してみた。

 先ず、モナは絶対にこの城の何処かにいる。可能性があるとすれば、地下牢の奥にある立ち入り禁止の扉の先だ。

 そして、この城に住む人たちの中でモナの事を知っているのは、私の知る中だと多分メアリーだけ。しかし彼女は、何者かによってモナに関する情報を口止めされている。

 王都で一番強いはずのメアリーが、口止めを喰らっているなんておかしな話だ。

 これは私の予想だけど、恐らくメアリーは脅されているのだろう。


 ――じゃないと、パパが…。


 あの時、メアリーがうっかり漏らした言葉から、この脅しには王であるメアリーのお父さんが関わっているんじゃないかと考えられる。もしかしたら、命を握られているのかもしれない。

 だとしたら、メアリーを脅した人物は、王をすぐ殺せるような立場にいる者…というのが妥当だけど、そこについてはまだ確証はないな…。

 なぜ、モナを隠すのか?モナに何があったのか…?この一件の裏で、一体何が動いているのか…?

 そこら辺は、モナに直接聞けばいい。今は取り敢えず、彼女の無事を確認することが最優先だろう。

 謎の鉄仮面男も気になるな…。ただの良い人の可能性もあるけど(情報屋さんがそうだったし)…。

 とここまで考えたことを、一先ずみんなに共有した。


「アリアさんって、頭脳派でもあるんですね!カッコいいです!」

「いや、私は事実を纏めただけだから…」

「でも、なんか探偵っぽいな!面白くなってきたぞ!」

「面白がってる場合?魔族が現れた以上、危険度は高まってるのよ。まあ、アリアの傍にいれば問題ないけど…」


 突如現れた魔族…そいつも、この一件に関わっているのだろうか。うーん、謎が謎を呼ぶ…。

 何はともあれ、全ては明日…メアリーの行動次第だ。それまでは、あまり怪しまれるような言動は避けた方がいい。

 最悪、人の命が懸かってるかもしれないのだから…。


「とにかく、モナが100%地下牢の奥にいるとは限らないから、むやみやたらに突っ込まず、今日はここで普通に過ごそう。フランもここで話したことは、他の人に内緒でお願い」

「了解しました。あくまでアリアさんたちは、城にお招きされたお客様という立場を貫くってことですね?」

「うん」


 明日までの方針が決まったところで、ふと窓の外を見ると、夕焼けで空が赤く染まり始めているのが目に入る。考え事や話し合いで、いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。


 すると次の瞬間、コンコン…と部屋の扉をノックする音が聞こえ、私たちは一斉にそちらへ視線を送る。こんな状況だし、無意識に警戒を示したものの、


「フラン君、ここにいるかーい?」


 あまりにも陽気過ぎる男性の声が聞こえてきて、この場の緊張は消えて無くなった。


「この声は…。はい、今行きます!」


 どうやら知り合いのようで、フランはすぐに扉へと向かう。


「いやいや~、今日も仕事が多くてね~。ふわぁ~」


 フランに促され、呑気に欠伸をしながら部屋に入ってきた男性は、私たちを見ると、ゆるーく挨拶をする。


「君たちが、娘の招待客かい?いや~、この時間まで挨拶が出来なくて申し訳ないね~。仕事が多くて多くて、参っちゃうよ~。まあ、ゆっくりしていってくれたまえ」


 娘…??もしかして、この人…。

 この城に住むには、あまりにも質素なTシャツに身を包んでいる男性。まさかと思い、私たちは一斉にフランへ視線を送る。


「この方が、王都レアリムの現国王…ルクス・ユナイド様です」


 あ、そうなんですね…。


「よろしく~!」


 現国王と紹介されたルクスさんは、半開きの目を向けて、胸の前で小さく手を振る。

 紹介を受け、私たちの国王様に対するイメージは一瞬で消え去っていった。どうみても、只の一般人にしか見えない。というか、この人から国王のオーラも威厳も何一つ感じないんだけど…。


「いや~、娘に友達がいたなんてね~。お父さん、嬉しいぞ~ってな!ははは~」

「……」


 国王様の言動を見て、私・ルナ・ユィリスは、同時に心の中で突っ込んだ。




(((この親にして、あの子ありだ!!!)))

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