第1話 いきなりキュン展開

「にしても、ここはどこ??」


 転生したのはいいけど、いくつか確認したいことがある。

 先ず、私自身の状況だ。人間に転生したから、間違いなく人間界のどこかにいるだろう。

 そして、なぜここで目覚めたのか。部屋を見渡す限り、質素な空間に所々生活感が溢れている。

 多分、誰か住んでるよね…。だとしたら、私は他人の家のベッドで第二の人生が始まったことになる。

 かなり迷惑では…!?


 次に、外の世界の状況についてだ。

 私が死んだことで、世界にどんな影響を及ぼしたのか。まあ脅威が去って、殆どの人間が大喜びだろう。私も大喜びだ!


「んー、一旦外に出ようかな」


 恐る恐る部屋の扉を開け、外の様子を確認する。

 誰かに見つかる前に覚醒したからいいけど、もし見つかってたら不法侵入だと通報されても文句は言えない。望んでここに転生した訳じゃないけど…。

 部屋からは、細くて短い廊下が続いていて、奥の方に台所が見受けられる。人の気配は感じられなかったので、部屋を出てコソコソとそちらへ向かった。


「今は誰もいないのかな…」


 ここは木造の一軒家。広くはないけど、人間特有の雰囲気が漂っていて、凄く落ち着いた家庭だ。

 魔界の環境に身を置いていた私でも、いつの間にか心が休まっていくのを感じる。


「やっぱり私って、魔族だった頃から人間よりの思想を持ち合わせていたのかもね~。って、あれ…?」


 独り言を呟きながら、家を見て回っていると、ふとダイニングテーブルの上に置かれた雑誌のようなものが目に入る。魔界ではあまり見かけることのない、〝号外〟というものだ。

 その時に話題となっている情報――例えば、大きな事件や事故、情勢、娯楽などを書き記し、大々的に発信する紙媒体として、随時世間へ刊行されるらしい。

 これが号外か~。どれどれ、今人間界では何が話題になってるのかな?

 なんとなく手に取って、一番最初に書かれているメイントピックに目を通す。そこには、こんな大見出しがデカデカと書かれていた。





 ――世界最恐の魔王、アリエ・キー・フォルガモス死亡!!





「私じゃん!!!!」


 そりゃ、そうだよね…。

 世界を簡単に支配できるほどの力を持った最恐の魔王が、何の前触れもなく死んだのだ。話題にならない訳がない。

 未だに、自分が死んだことをどこかで受け入れられない私がいたけど、この記事を見て確信に変わった。本当に、私は死んだのだ。


「えっと、なになに?遂に、何百年と人間を脅かしてきた魔王、アリエ・キー・フォルガモスが死亡した。なぜ死亡したのかは不明だが、とにかく数ある歴史の中で、最も世間を騒がせた話題であることは間違いない。今、世界中が歓喜の声で溢れている。ばんざーい、ばんざーい…」

 

 気の抜けた声で言ったが、実際の記事には、もっと大はしゃぎしてる感じで『ばんざーい!!!!』と一際濃い文字で書かれている。随分と陽気な号外だ。

 世界一の嫌われ者だったからなぁ、私。人間界には、全然手出ししたことないのに…。


 そう、戦うことに興味がなかった私は、平和を望み、幹部たちにはなるべく人間界を襲うような真似はするなと伝えていた。

 それでも、魔界というのは人間界と相反する存在。魔族の中には人間の肉や魂だけを食料とする者もいるし、人間を襲って自分たちの強さや地位を確立する生存本能には決して逆らえない。

 だから私は、こちらから襲うことはさせなかったが、魔界に攻め入ってきた勇者や、魔族を滅ぼそうとする人間・亜人に対しては、好きに攻撃しても構わないということにしたのだ。一応魔王だったし、人間よりも魔族をできるだけ尊重しなければいけなかったから、良く言えば〝正当防衛〟という形で、人間からの襲撃を受けたら、私の目の届かない所でなら何しても構わないというルールだった。

 人間の女の子が殺される所なんて、死んでも見たくなかったし。まあ、何を勘違いしたのか、幹部たちは「私の目の届かない所で殺せ」を「私の姿を見せることなく殺せ」という意味不明な解釈をしていたけど…。

 私のことを慕い過ぎると、どうも幹部たちには幻聴が聞こえるようだ。


「でもまあ、私が死んだことで人間の女の子たちが喜んでくれるなら、オールオッケーかな!」


 これで少しは、世界ランク1位の魔王を退治しようとする勇者の女の子が魔界に行くことも無くなるだろうし、犠牲者が減ること間違いなし。魔族たちには悪いけど、人間になったからには、今日から私は人間側を尊重する元魔王になったのだ。

 少々複雑な気持ちではあるけど、私は自分の死亡記事に歓喜することとなった。


 しかしこの人間界が狂喜乱舞に見舞われる大事件。これが後に、時を待たずして最悪な事態に発展するという一つの可能性を、私は想像することが出来なかった…。



    

     ◇




 その後、軽く家の中を見て回ったが、やはり私の他には誰もいなかった。

 どうやら、留守にしているみたい。これ以上ここにいると流石に迷惑なので、玄関を開けて外に出る。

 寝巻のままだけど、普段着に見えなくもないので、問題ないだろう。


「うわぁ~、まっぶしぃ~!」


 扉を開けて、久しぶりに浴びる太陽の眩しさに目を細める。

 魔界では、太陽の姿は殆ど見られない。常に禍々しい空気が漂い、暗黒に満ちた闇の物質が空を覆っていた。日光に弱い魔族のための環境である。


「暖かいなぁ。空気も新鮮で、気持ちいい!!久しぶりだなぁ~、人間界!」


 空気を思いっきり吸って、深呼吸を繰り返す。こんなに綺麗な空気を吸うのはいつぶりだろうか。

 心地良過ぎて、日向ぼっこしたくなるなぁ。

 家の周囲には、整えられた草木が生え拡っていて、自然を感じる。

 すぐ近くには、澄み切った小川が流れており、そこから水を引いて営まれている小規模の畑が目に付いた。この家の住人は、農家なのだろう。

 辺りを見回すと、他の家屋もポツポツと見られる。見た所、私は自然環境が大半を占める田舎の村に転生したようだ。


「いい眺めだなぁ。自然豊かで住み心地良さそうじゃん!」


 気に入った!ここでのんびりと暮らすことにしよう!!

 そう思い、私は今後の方針を考え始める。

 先ずは、住む場所の確保。自分の理想の家を建てるのも、悪くない。

 それで、ある程度人間の生活に慣れてきたら、勇気をもって人間の女の子と会話を試みる。そして、あわよくば恋愛に発展し、ゴールインできればベスト!自分の建てた家で、女の子と仲良く一生を添い遂げちゃったりなんかして~。

 うんうん!なんて最高な人生設計だ。気ままにスローライフしつつ、女の子との恋愛を全力で楽しむ。

 何の因果関係か、人間に転生できたのだ。女の子と自由に、楽しく、何にも縛られない生活を目指す。それが、私の最終目標だ。


「よし!第二の人生設計も決まったところで、早速家を建てようかなぁ。と言っても、建築の魔法が使えればの話だけど…」


 資材が揃えば、自分のイメージで理想の住居が創造できる。前世じゃそれで、巨大な魔王城を作り上げたものだ。

 

「今の私は、魔力値16だったっけ。これだと精々使える魔法は、回復とか飛行とか…くらいか。多少便利さは無くなったけど、逆に人間らしくていい!レベル上げは、建築魔法が使えるまででいいでしょ。もうあんなに強くなるのは御免だもん」


 個体レベルは、様々な経験を経ると無限に上がり続ける、この世界の水準だ。それにより、体力や攻撃力などのステータスも自然と上がっていく。

 しかし世界ランクに関しては、個体レベルが上がっても変動しない場合がある。個体レベルは、戦闘以外でも冒険や作業、仕事など、何か少しでも成長できれば経験値が与えられ、レベルは勝手に上がっていくけど、世界ランクは完全なる強さの指標。自分よりも順位が上の者の総合戦闘力を上回れば、ランクが上昇するというシステムだ。

 何をもって、レベルやランクという位置づけが成されるのか、私もよく分かっていない。神の気まぐれで設定されたという説が濃厚だと、一部の有識者が語ってた気がする。


 今の私にはそんな指標など必要ない。ただ自由に生きれるだけの魔法が使えるレベルまで成長出来れば、それでいいのだから。


「さてと、レベル上げには色々と経験が必要だから、とりあえず今使える魔法をいくつか試そうかな」


 イメージさえできれば、後は個々のセンスや才能に応じて、使える魔法が変わってくる。まあ私の場合、なぜか全ての魔法が扱えたんだけど…。

 ということは、私はステータスにある通り、魔力があればこの世に存在する全ての魔法を再取得できると…。この時点で、既に人間離れしてるよね、私。


「先ずは、飛行魔法!上手く出来るかなぁ」


 この人間界の澄み切った空を自由に飛んでみたい。きっと、気持ちいいだろうなぁ。

 そんなことを考えながら、地に手を翳し、気合を入れて魔力を高める。人によっては詠唱が必要な魔法だけど、私にはそれをカバーできるセンスがある…はずだ。

 そして、無言で集中し続けること十数秒。周囲から私を取り囲むように小さな旋風が巻き起こる。それらが一つに纏まり、私の体を軽く持ち上げ始めた。


「お、きたきた!後は、魔力を上手く扱うだけ」


 宙に浮かべればこっちのもの。飛びたい方向や速度をイメージして、魔力を調整すれば、飛行魔法は完璧に使いこなせる。


「お~、まあまあ高くまで行けるじゃん!」


 家の高さを超えて、地上から約5メートル程の所まで浮上できた。まだ魔力が少ないから、自由に飛び回ったりは無理だけど、最初の一歩としては上出来すぎる。

 前世のようなチートなんていらない。こういう、地道だけど頑張った末に手に入れたものほど、価値のあるものはないと思ってる。最初から何でもできるなんて、あまりにもつまらな過ぎるのだから(←チートの自覚無し)。

 そんなポエティックを心の中で語りながらドヤッていると、


「そろそろ降りるか…って、え…!?」


 不意に全身が重たくなるのを感じる。嫌な予感がすると思った時には、既に私の体は落下を始めていた。


「う、嘘でしょぉぉぉぉ!!!?」


 前世の頃は、生まれつき魔力が無限にあったから、魔力がどれだけ減るかなんて考えたことも無かった。

 飛行魔法なんて、個体レベル1で扱えるような魔法ではない。調子に乗って、浮遊し過ぎてしまった。

 今の私は、の体というのをあまりにも知らな過ぎたのだ。故に、私は今魔力切れで、約5メートルの高さから自由落下している。


「私の人生これで終わり~~!??」


 馬鹿にもほどがある。だけど、後悔しても遅い。

 頭から落ちれば確実に死ぬ。何とかして体から落ちても、骨折は免れない。

 あ~もう、なんでこう上手くいかないの、私。自業自得だけど…。

 泣き叫びながら、自由が利かない体を必死に動かし、空中でジタバタ暴れる。まあ、そんな時間すらないのだけど…。

 せっかく転生したのに、こんな所で!と死なないことを祈って、目を瞑る。そんな時、




「「危ない!!」」




 誰かの声がすぐ近くから聞こえてくると思ったら、私の体は一瞬にしてふわりと抱えられた。背中から地面に叩きつけられると思っていた私は、何が起こったのか分からず、ぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開ける。


「ハァ、良かった~!間に合って!」


 そこには、私を優しくお姫様抱っこする女の子の姿があった。私の無事を確認し、こちらに満面の笑みを浮かべた彼女を見た瞬間、胸がキュン…という鼓動を鳴らした。

 かわいい…。ただ純粋にそう思った。

 頬を赤らめながら、鼓動が高まっていく胸元を両手で抑える。初めて人間の女の子に触れられたシチュエーションが、まさかのお姫様抱っこという展開に、思考が停止してしまうも、私はその女の子の顔から目が離せなかった。


「ふふ、大丈夫?」


 口を半開きにして固まる私を心配しながら、女の子はクスリと笑った。

 どうしよう、私…。聞こえちゃうくらい、心臓がうるさいよ…。

 間一髪で命を救ってくれた目の前の女の子が、私にはまるで王子様のように見えた。

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