転生した元魔王の甘々百合生活

恋する子犬

第一章 始まりの百合

プロローグ 願ってもない転生

 魔王【アリエ・キー・フォルガモス】――。

 世界ランク不動の1位。個体レベルは、驚異の100億越え。

 この世で最強の存在であり、何百年もの間、魔界の頂点に立って人間を脅かしてきた女魔王である。

 数多の勇者が彼女に挑むも、その御前に居座る数々の魔王幹部によって、魔王の姿を見ることなく消されてしまう。

 強いのは魔王だけではない。彼女を守護する魔物や魔族がそもそも強すぎるのだ。

 人間、魔族に関わらず、神々から与えられた能力…一部を例に挙げると、≪時空操作≫・≪世界構築≫・≪世界維持≫・≪空理支配≫・≪神世竜王≫など、世界ランク上位に入る者は、想像を絶する力を有している。だがそんなものは、全てを覆す女王の前には、無力でしかない。

 なぜそこまで強いのか。それは、ただ生きているだけで個体レベルが上がり続けるという完全チート能力を生まれつき持っていたからである。

 しかし彼女自身、強くなりたかったわけでも、魔王になりたかったわけでもない。普通の魔族としての人生を送りたかっただけだったのだが、気づけば彼女は世界最強の魔王へと成り上がってしまった。


 ――あれ?私、また何かやっちゃいました?


 とか、


 ――寝てたら、なんか幹部たちが勇者ぶっ倒してたんですけど~~!?


 とか、


 ――魔界最強のドラゴンがなんで私に弟子入り~~!??


 とか、彼女自身は全くと言っていい程戦うことが無いのに、自然と株が上がっていく。そんな望んでもいない生活に、何一つ価値が見いだせなかった。

 そして何より彼女を苦しめたのが、自身を守護する魔族や幹部が全員男だということ。昔から男に対して恋愛感情の一つも芽生えなかった彼女は、若くてイケメンな魔族たちに囲まれたとしても、カッコいいとは思うものの、ときめきはしない。

 なぜ?そんなの、理由は一つに決まってる。




 ――魔王アリエは、女の子好きなのだ。




 人間界から魔王を倒しに来る勇者というのは、殆どが女の子。その者たちを見る度、アリエはいつも遠目から、女の子とはなぜこんなにも愛おしいのかと、本来は敵である女の子たちに心を奪われていた。

 しかしながら、魔王というのは人間に嫌われている存在。アリエに関しては、望んでもいないのに人間たちから世界最悪の嫌われ者と称され、自ら人間に近づこうものなら、姿を見られただけで発狂される。

 人間の女の子が好きなのに、まるで化け物を見るような冷ややかな視線を向けられ、罵倒された回数は数知れず。それに加え、アリエの持つ能力は触れただけで人間を簡単に壊してしまうもの。人間とのコミュニケーションなど、まともに図れたためしがない。


 こんな強さなんていらない。怖がられずに、女の子とお話してみたい。女の子に触れたい。女の子との甘い恋愛を経験してみたい。

 もし許されるのなら、人間として生まれ変わりたい!!

 そんなアリエの思いが届いたのか、ある日...彼女の運命は大きく変わることとなる。


 

 ………

 ……

 …



 ―――――――――――――――




 頭の片隅から響いてくる、むさ苦しい男共の激励や称賛。慕ってくれているのは嬉しいが、お世辞にも限度がある。

 なぜこうも、幹部たちは望んでもいないことをしてくるのだろうか。


「アリエ様!お食事を持ってきました!です!」


 いらない…。


「アリエ様!御召し物をご用意致しました。このドレスとか、アリエ様にお似合いですよ」


 胸のとこ透けてるし、鼻の下伸ばすな!


「アリエ様!人間の女が勇者を気取っていたので、殺しておきました」

 

 ……。


「アリエ様!」

「アリエ様」

「アリエ様!!大好きです♡」

「アリエ様~~!」

「アリエちゃーーん!!」



 ………

 ……

 …



「「「あーんもう!うるさーーい!!!」」」



 しつこい男共に囲まれた毎日のストレスを発散するように、ガツンと言ってやった。普段は大人しくて温厚な性格だと言われている私でも、流石に限度というものがある。

 男という存在自体嫌いな訳じゃないけど、特別容姿の良い私を誑かそうとしたり、下心丸出しの発言を恥ずかしげもなく言ってくるもんだから、好きにはなれない。まあ、魔族限定の話なのかもしれないけど。

 とにかく、もう我慢の限界。日々の不満を吐露しようと、目の前の魔族共に向かってガミガミ文句を言おうとしたのだが…。


「あれ?夢??」


 どうやら、聞こえてきていた魔族たちの激励や変態的発言は夢の中の声だったよう。

 いつから眠っていたのだろうか。人っ子一人いない空間で、思いっきり叫んでしまった。

 そのことに、少しばかり羞恥を覚えるも、勢いよく目覚めた拍子に散らかってしまった布団をかけ直す。

 いつもとは全く違う部屋の雰囲気、匂い、感覚――全てにおいて違和感を感じつつ、私はもう一度寝る態勢に入った。しかしそんな馬鹿でも分かるほどの自室の変わりように、驚嘆しない訳はなく…


「ちょっと待って!!ここどこ!!??」


 完全に二度寝しようとしていた私は、ようやく今の状況がおかしなことに気づく。

 

「え…?え…!??」


 明らかに自室ではない。どこか別の部屋で起床したことに驚きを隠せず、キョロキョロと周囲を見渡す。

 寝ていた寝具は、いつもの豪華過ぎる派手なベッドではなく、質素でシンプルなもの。部屋は狭く、机や椅子、タンスなど、必要最低限のものしか置かれていない。

 いつも幹部たちが拵えてくれていた、派手すぎて住みにくい部屋とは違い、かなり居心地の良さを感じる。

 こういう所で寝るのって、何百年振りだろう。


「多分、寝ぼけて違う部屋に来てしまったのかも。というか私、いつの間に寝たんだ?」


 顎に人差し指を当て考えるも、寝る前の記憶なんて鮮明に覚えていない。とりあえず自室に戻ろうと、ベッドを整えて部屋を出ようとした瞬間、


「ん…?」


 壁に立てかけられている大きめの鏡を通り過ぎ、私は足を止め、数秒硬直した。少し焦りを見せるも、まさかそんなぁ…と、恐る恐る鏡と向き合う。

 この瞬間まで、私は自分のことをこう思っていた。




 ――魔王であると…。




「いや、誰!???」


 目の前の鏡に映る少女は、間違いなく私。でも、その姿形は以前の自分と神以て異人だった。

 2メートルを優に超えていた魔王クラスの身長から、かなり縮んで150センチほど。髪は金髪ボブから黒髪ロングへと変わり、腰まで伸びたふわっと落ち着きのあるものに。

 顔つきは至って普通。年齢で言えば15くらいの女の子に見える。

 魔王補正の美貌から、そこら辺にでもいそうな普通の容姿に変わっていた。

 服装は、純白の下着の上からドレス風の寝巻を着せられている。魔族の男共に散々変態的な目線を浴びせられていた巨乳は跡形も無くなり、申し訳程度の膨らみがあるくらい。

 大人の色気のある体から、少し幼さが残る体型になっていた。


「え…なになに!??何なの、これ!!」


 顔をまさぐってみたり胸を揉んでみたりして、これ以上なくあたふたしながら、今の自分の容姿と向き合う。一瞬、まだ夢の中にいるのではないかと考える自分もいたが、頬をつねった時に走る痛みが、すぐに私を現実に引き戻した。


「痛みを感じるなんて、いつぶりだろう…。〝変化魔法〟を使ってるわけじゃないし、何かの呪い!?」


 色々な可能性を頭の中で探るが、今までどんな状態異常も跳ね返してきた究極の魔王の権能を加味すると、こんな状況になるのは先ずあり得ない。


「この姿…人間、だよね?」


 何よりも驚いたのが、自分の変わり果てた姿が人間そのものだということ。遂に、人間になるという念願が叶ったと嬉しさが込み上げてくる半面、どうしてこの状況に至ってしまったのか、大きな疑念を抱き、それどころではない自分がいる。

 

「とりあえず、ステータスを見よう。何か分かるかも…って、あれ?」


 今の自分の力量を視覚的に見ることが可能な魔法を使おうとするも、なぜか〝魔力〟が反応しない。いつもはパッと出るのに…。


「もしかして、魔法使えなくなった!?そんなことは…。ふん!!ぐぬぬ…」


 全身に力を入れ、なんとかして魔力を引き出そうと奮闘する。そしてようやく、空間に薄っすらであるものの、自分のステータスが浮き彫りになった。


「あ、やっとでた~!どれどれ…」


 何気なく開示してみた自分の状況。そこには、とんでもないことが書かれていた。



 ===============


 名:―――

 種族:人間

 世界ランク:圏外

 個体レベル:1

    体力:10

   攻撃力:5

   防御力:6

   素早さ:2

   回復力:6

    魔力:16

 知識・知能:548173

 獲得魔法:該当なし

 --------------------

 元魔王アリエ・キー・フォルガモス。死亡し、人間へと転生。死因不明。死亡時、会得した全ての魔法および能力が消失。なお、生前の記憶・智慧は引き継がれ、魔力に準じ、魔法および能力の再取得が可能。


 ===============

 


「ぶっっっ!!!?」


 あまりに馬鹿げている表記に、思わず吹き出してしまった。

 ちょっとまっ…えっ!?私、死んだの!??

 今まで獲得してきた能力や魔法が自分の中から消え、身体能力も全て初期状態にリセットされている。

 しかも、種族が魔王から人間に。個体名すら、剥奪されてしまった。


「記憶が引き継がれてるから、知識・知能は生前とさほど変わらないのか…。人間に転生できたのは嬉しいけど、よく死ねたなぁ私…」


 転生したことに驚きはない。この世界では普通にあり得ることだ。

 だけど、体だったのに、どうやって死んだのだろう。


「自分で命を絶った覚えは無いから、殺された??だとしたら、凄いな!自分で言うのもあれだけど、あの私を殺せるなんて…」


 と、謎に感心する。

 死んだのに、全然悲しくない。後悔もない。だって、魔王の人生は本当につまらなかったのだから。


「まあ、幹部あの子たちに最後お別れを言えなかったのは残念だなぁ。男しかいなかったけど、色々お世話してくれていたし…。あ…でも、この格好のまま会ってもいいのか」


 いや、このステータスで会いに行ったら、確実に殺されるか…。じゃあ、やっぱ無し!

 念願の人間になる夢が叶ったのだ。これからどんな第二の人生を送ることになるのか分からないけど、とにかく今は転生した喜びを味わうことにしよう!!

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