第4話 世話焼き上手
夕食を済ませ、お風呂に入り、今日一日の疲れを癒した。明日は、早速冒険者としての依頼をこなして、生活のためのお金を稼ぎに行く予定だ。
転生してから早々、未知の体験の連続で、心身ともに疲労を迎えた。個体レベル1の人間の体は、体力の消耗も激しいし、すぐに眠たくなってしまう。
魔王の体は、疲れないし眠たくもならない。そのギャップの差が激しすぎて、人間の体に慣れるのには、少し時間がかかりそうだ。
「アリア、この家で過ごしてみてどう?居心地悪かったりしないかしら?」
「そんなことないよ!私、こういう質素な雰囲気の家に憧れてたから!」
「そうなの?なら、良かったわ」
お風呂から出てきたルナと会話する。綺麗な髪から首筋に滴り落ちる水滴が、彼女の色っぽさをより加速させ、またドキドキしてしまう。
実は先ほど、ルナに背中を流してあげようか?と言われたんだけど、今の私には刺激が強すぎて、咄嗟に断った。本音は、一緒に入りたかったんだけどね。
「アリアは、私の部屋のベッド使って」
「いやいや!流石に家主を床で寝させるわけにはいかないよ!」
この家にはベッドが一つしかない。二人分の布団はあるものの、別々に寝るならば、一人は床で寝る他ないのだ。
「うーん、でも今日くらいは…」
「ぜんっぜん、気を使わなくていいから!私、外でも寝れるから!!」
「それは風邪引くでしょ…」
私の譲らない強情さに呆れたような顔をしたルナだったが、少し考える素振りを見せた後、口元を綻ばせて言った。
「じゃあ、一緒に寝る?」
「え…!?」
「だって私たち、どっちも相手にベッドで寝て欲しいって思ってるんでしょ?だったら、二人でベッドに入る方がいいじゃん?」
「あ、いや…それは、理論上はそうなんだけど…その、私…」
目をグルグルさせて、あたふたしてしまう。自分自身、何を言ってるかも怪しい。
「私と寝るのは...嫌?」
「ぜんっぜん、嫌じゃないです!!!!」
そこだけは、全力で否定する。嫌なわけがない。女の子と一緒のベッドで寝るのは、私の夢だったのだから。
「ふふ、ほんとアリアはおかしな子だな~。女の子同士なんだから、変に緊張することないのに」
女の子同士だからなんです!!なんて、声に出して言えるはずもなく…。
未だ緊張で、一歩を踏み出せない私。可愛い女の子と、出会って一日で同じベッドに寝ることになんて、どういう星の元に生まれたら、そんなシチュエーションに至れるのだろうか…。
まあ、同性ならあり得る話かもしれないけど、私にはキャパオーバーな展開だ。
変な話、自分を殺してくれた誰かに全力で感謝したい。だって今私、すっごく嬉しくて全力で叫びたい気分なんだから。
「ほーら、もじもじしてないで、ベッド行こ」
ルナがそのセリフ言うと、妙に色っぽい。これから、何かいけないことをするような雰囲気(※アリアのイメージです)にガラッと変わってしまう。
「う、うん…」
嬉しさと緊張が拮抗して、上手く話せない。私って、あまりにも女の子耐性が無さすぎる…。
無理もない。魔族の女の子は、皆私の容姿や強さに嫉妬して全然近づこうとしなかったし。何人かヤバイ子たちはいたけど…。
と、なんだかんだ多少の抵抗を見せるも、満更でもない私は、恐る恐るルナと一緒にベッドに入った。
「狭くない?大丈夫?」
「う、うん…。温かい」
流石に向かい合って寝るのは恥ずかし過ぎるので、ルナと目を合わせられず、反対側を向いてしまう。
「そんな露骨にそっぽ向かれると、話づらいんだけど」
「そ、その…私、寝相悪いから、出来るだけ離れた方が…」
「アリア、
バレてる!??というか、またって何!?他の嘘もバレてるの!??
テンパり過ぎて、頭が回らなくなってしまう。そんな私の震えた手を、ルナはぎゅっと優しく握ってくれた。
「もしかして、アリアってこうして人と触れ合うような経験が少なかったんじゃない?」
「えっと、それは…」
まさか、女の子好きなの見透かされた!?とか一瞬思っちゃったけど、ルナはもっと視野を広げて私の事を気遣ってくれている。
こんなに出来た子、そうそういないよ。自分が益々情けなく思えてくる。
「ね、ねぇ…ルナは、なんでここまで私に色々してくれるの?」
「え?」
「だって、素性も分からない私を家に入れてくれて、必要なものも全部買ってくれたし…。絶対違うんだけど、もし私が悪い奴だったら――」
「何?まだ気にしてたの?」
「うぅ、だって…」
「もう、誰にだってこんなことするわけじゃないのよ。私、そんな軽い女じゃないわ。何となく、分かったのよ。アリアは、絶対悪い子じゃないって」
「ルナ…」
「とにかく、あなたは何にも気にせず、私に委ねていいの。もし、万が一アリアが悪い子だったとしても、あなたを責めたりはしないわ。これは誰が何と言おうと、私が決めたことなんだから」
ルナの優しい声と温かい言葉に、私は自然と涙を浮かべていた。
この子は、私と一緒にいるにはもったいな過ぎる…。
今置かれている状況のありがたみを噛みしめながら、心からそう感じた。
「うぅ…」
「さ、もう寝ましょう。明日は早いわよ?」
「う、うん」
泣いてる顔なんて見られたくなくて、ずっと反対側を見続けていた。
多分ルナは、私が泣きべそをかいているのに気づいていただろう。でも、何も言わずに更に強く、それでいて優しく手を握ってくれた。
私も、その手を強く握り返す。
絶対に手放したくない。そう、強く思いながら…。
◇
翌日――。
人間に転生してから二日目の朝。涎を垂らしながら間抜けな寝顔を晒し、熟睡していた私は、優しくルナに起こされる。
「おはよー、アリア。あーほら、涎垂らしちゃっても~。しょうがない子ね」
「むにゃむにゃ…」
どうやら、人間の私は寝起きがかなり悪いようだ。
久しぶりにちゃんと寝たからか、魔力を底尽かせた反動なのかは分からないが、未だに夢の中。朝っぱらから、しっかり者のルナに面倒見てもらう始末。
情けないったらありゃしない。
「う~ん…」
そしてようやく目覚め、すぐ目の前で私の寝顔を覗き込むように見ていたルナと目が合う。
「あ、やっと起きた」
「ふえ!??ルナ!?」
起きた瞬間、目の前に美少女。寝起きの私には刺激が強すぎて、思いっきり飛び起きた。
「そんなに驚かなくても…。おはよ、アリア」
「お、おおおひゃよう!!」
「舌が回ってないわよ…」
寝て起きたら、また魔王の生活に戻っていた…なんてことが少し頭を過ぎってはいたが、やはり私は人間。今日から本格的に、私の人間界での波瀾に塗れた生活が始まるのだった。
朝食を済ませ、私たちは冒険者ギルドに立ち寄る。
魔物討伐やアイテム採取などの依頼をこなして報酬を得るのが、今の私にできる唯一の仕事だ。早速昨日貰った会員カードを提示して、依頼を物色する。
「さてと、二人でやるのにちょうどいい依頼がいいわね~」
「うん」
「それにしても、前より討伐依頼が増えた気がするわ」
そんなルナの言葉を耳に入れたギルドの主人が、困ったような顔で話し出す。
「そうなんだよなぁ。最近、こんな辺境の田舎村周辺にも、魔物がかなり湧き始めたんだよ。下手に外に出れば、油断して襲われたり、隣町に行こうとしていた所を襲撃されたり…。まだ死人は出ちゃいねぇが、ここ最近の魔物の活発具合と言ったらもう、お手上げ状態さ」
「そうなんですね…」
「だからまあ、お嬢ちゃんたちみたいに、強い冒険者がいてくれると村は助かるってもんだ。無理しない程度に、頑張ってくれ。報酬は弾むぜ」
魔物というのは、魔界だけでなく人間界にも多く生息している。
強い魔物ほど知能は高くなり、獰猛さも増す。中には、魔王幹部に対抗できるくらい、狡猾で出鱈目な強さを持つ奴も存在するのだ。
「どうしようかしら。レベル1のアリアでも出来そうな依頼がいいわよね~」
とルナは気を使ってくれているが、ここの依頼書に書いてある魔物の名前を見るに、弱い奴ばかり。
魔物のことなら、正直私の方が知り尽くしている。なんてったって、知識・知能だけなら6桁あるのだから。
レベル1だって、戦いようによっては全然勝ち目はある。大抵の魔物は、弱点があるし。
だから私は自信を持って、難易度高めの依頼書を手に取る。
「ルナ、先ずはこの依頼にしようよ」
「いやそれ、推奨レベル30の〝イノシシ〟よ!?そんなの、勝てっこないわ。他のにしましょう」
「大丈夫。報酬も凄いし、何よりこのイノシシのお肉がすっごく美味しいんだよ!」
「そうなの?もしかしてアリア、この魔物と戦ったことがあるとか、そんな冗談言わないわよね?」
「あ…ええっと、あったような~なかったような~」
昔の話だが、幹部たちの食料のために百以上の
「ほ、ほら!二人なら、頑張れば勝てるかもしれないじゃん!お肉は焼いて丸焼きにしてもいいし、肉汁たっぷりのステーキなんかもう格別だよ~!今日の料理当番は私だし、ルナに最高のお肉料理を振舞ってあげられるよ!!」
ルナがゴクリと唾を呑む。と同時に、彼女は不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「アリアって、ほんとにレベル1?普通の人なら、個体レベルが推奨レベルに満たないと分かれば、諦めるものよ。妙に魔物に詳しそうだし、思い返せばレベル1で飛行魔法を会得してるなんて、おかし過ぎる。何か、私に隠してることあるんじゃない?」
じとーっとルナの視線を浴びる。ごもっともです、はい。
「そ、そんなことないって!ほら、同じレベル1でも個体差があるじゃん?才能とか潜在能力が凄い~みたいな?」
「随分と
「うっ…」
この子、ほんと鋭いな…。いや、私が隠すの下手なだけか。
推奨レベル30は、少し欲張り過ぎてしまった。やはり、まだ私は普通の感覚というのがイマイチ分かっていないのだろう。
「まあ、本当に記憶喪失なら頷ける話だけど。誰にだって、言えないことの一つや二つはあるし、これ以上は聞かないでおいてあげる」
「……」
「でも、まだアリアの事を良く知らない段階で、この依頼を受けることは許しません。分かった?」
「はい…」
「分かればよろしい」
同い年だけど、ルナは本当にお姉ちゃんのように思えてくる。駄目なことは駄目って叱ってくれるし、面倒見良いし。
魔王だった頃は、年上という存在がいなかったから、こういう立場が上の人におしかりを受けたり、分からされるようなシチュエーションに憧れていた。
ルナの命令なら、どんなみだらな事でも…って、変態か私は!!
そんなこんなで、私たちは軽めの依頼を受けるため、村の外へと歩いて行った。
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