第43話 盲目の女性

 目の見えない女性に案内され、村の一軒家に辿り着く。一人暮らしなのか、随分小さめの住居だ。

 複雑なルートではなかったものの、この女性は目が見えない中、一人でここまで帰ろうとしてたんだよね。普通は、誰かの手を借りないと無謀な気がするけど…。


「本当に、ありがとうございました。初対面の方に、ここまで親切にしていただいたのは初めてです」


 私がいるであろう方向に顔を向け、女性は深々と頭を下げる。道中でも、これでもかとお礼を言われたし、とても律儀な方という印象を受けた。


「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ」

「良かったら、ウチに上がっていってください。何かお礼をしたいので…」

「そんな、お構いなく――」

「いえ!助けていただいたのにお礼も無いとは、『ノワール家』の恥です!お礼くらいはさせてください」

「あ、はい…」


 ふんす!といった感じで、急に強情になるノワール家の女性。今度は私が、半ば強引に家へと迎え入れられた。

 中に入ると、女性はハッと何かを思い出し、こちらへ振り返る。


「そういえば、まだ名前を聞いてませんでした。私は、【アィリス・ノワール】です」

「アリアです。その…多分私の方が年下なので、そんな丁寧に話さなくても大丈夫ですよ」

「……そう?私、そんなに老けて見えるかしら…」

「あ、いや!そういうことじゃ…大人の風格を感じたので。それに美しいですし、とても華やかで、ええっと…」


 誤解を招くような解釈をされてしまったので、しまった…とあたふたしながらフォローする。そんな私を見て、盲目の女性―アィリスさんは、クスリと破顔した。


「ふふ…あ、ごめんね。女の子からそんな必死に褒められたことがないから、なんかおかしくなっちゃって」

「は、はぁ…」

「そこに座って。今、紅茶を用意するわ」


 初めは、おどおどしていて内気な印象が強かったけど、笑ったことで緊張が解けたのか、笑顔が素敵な明るい女性に変わった。少なくとも、私に対する警戒は解いてくれたみたい。

 仕方ないよね。目が見えないんじゃ、声や態度なんかで相手を信頼できるか判断しなくちゃいけないんだから…。

 そりゃ、初対面だった私に恐怖や戸惑いを感じてもなんらおかしくない。強引に手を貸そうとして、そこら辺の配慮が欠けていたのは、私の反省すべきところだろう。


「って、あの…アィリスさん」

「ん??」

「いや、その…本当に、大丈夫ですよ。一人じゃ、大変でしょう……し」


 紅茶を用意するために台所へ向かうアィリスさんを止めようと、そちらへ意識を向けた瞬間、ポカンと軽く呆気に取られる。そこには、まるで目が見えてるかのように、ハーブティーを用意するアィリスさんの姿があった。

 色々な小物が置いてある棚から、乾燥したハーブの入った瓶を一発で取り出し、ハーブを溢さずにティーバッグへと適量入れる。そして何の躊躇もなく、予め沸かされたお湯をカップへ注ぎ、ティーバッグを浸す。

 あまりに手際良くやるもんだから、一瞬アィリスさんが盲目なことを忘れてしまうくらいに、手伝いに入る余地がなかった。


「はい、出来たわ。濃さは自分で調整してくれる?」

「あの…目、見えないんですよね…?」


 当たり前のように出される紅茶を前に、失礼を承知で尋ねる。

 対するアィリスさんは、キョトンとした顔で「ええ」と一言。何かおかしかったかしら?とでも言いたげな表情だ。


「ええっと…普通に紅茶を用意していたので、びっくりしちゃって」

「ああ、そのことね。こういうのは、魔法でなんとか出来るものよ」

「魔法、使えるんですか?」

「感覚的なものだけどね。人の気配とか、物や周囲の些細な動きとか、視覚以外の感覚を極端に上昇させる補助魔法。後は、記憶次第でなんとかなるものよ」

「そういうことでしたか…って、それでも十分凄いですよ!その、他に誰か住んでないんですか?一人で生活するのは難しいでしょうし…」


 いくら優れた魔法が使えるからって、常時魔力を使い続けるのは不可能。魔王でもない限り…。

 私たち以外に誰かがいる気配は感じなかったし、一人暮らしだとしても、お手伝いさんがいないと生活はかなり苦境だろう。家族とか、身近に頼れる人がいればいいんだけど…。


「いいえ、一人暮らしよ。前まで妹が付きっきりで介護してくれてたんだけど、今は慣れたものよ。仕事仲間にも恵まれて、なんとか生活出来てるわ」

「妹さんがいるんですね。なら、安心ですけど…」

「まあ、半年前から村を出て行ったんだけどね。私も仕事の関係で、偶にしか村に帰ってこれないから、寂しい思いをさせちゃったのかもしれないわ…」

「……」


 とアィリスさんは、半年も顔を合わせていない妹さんに対し、申し訳なさそうな表情で俯く。そして、彼女は自身の仕事について触れた。

 アィリスさんは、町から町へ旅をしながら物を売る〝行商人〟という仕事をしている。元々、このカギ村を拠点とする隊商とは見知った仲で、仕事に困っていたアィリスさんを快く迎え入れてくれたそうだ。

 それまでは、冒険者である妹さんが生活を支えていたらしい。

 今は、品の仕入れと休息のため、アィリスさん含む商隊は村に帰ってきていた。


「あの子には、大変な思いをさせたわ…。今は、この魔法が安定して使えるようになったから、あまり心配をかけるようなことはないと思うけどね」

「なるほど…」


 視界を奪われることで起こり得る恐怖や苦しみを、当事者以外が軽薄に語っていいものじゃない。

 だけど、出来る限り力になってあげたい。アィリスさんが、不自由のない生活を送れるように。


「紅茶、とても美味しかったです。ありがとうございました!」

「こちらこそ、お話し相手になってくれて、ありがとう。アリアちゃん」


 帰り際、見送るアィリスさんへ振り返り、私は笑顔で言った。


「何か困ったことがあれば、いつでも言ってください。最近建てられた、村の中心辺りの家に住んでるので。と言っても、分からないですよね…ええっと」


 いつでも手を貸せるようにと、私の住む家の場所をどう教えるか長考していると、アィリスさんは、


「ふふ…アリアちゃん、ちょっとこっち来て」


 そう柔らかに言って、優しく微笑みながら手招きする。私は首を傾げながらも、アィリスさんの目の前へ移動した。


「少し、手を貸してくれる?」

「あ、はい。私に出来ることなら、なんでもしますよ」

「そうじゃなくて、アリアちゃんの手を貸して?」


 私の解釈を訂正したアィリスさんは、そっと手のひらを前に出す。そういうことかと、私は何も考えずにその上に手を重ねた。


「嫌じゃなかったらだけど、アリアちゃんのほっぺに私の手を添えてくれる?」

「え?」

「見ることは出来ないけど、感じることは出来る。少しでいいわ。アリアちゃんがここにいることを、感じたいの…」

「アィリスさん…」


 躊躇うことなど無く、私は自分の頬っぺたにアィリスさんの手を持っていく。体温を感じたのか、彼女の手がゆっくりと顔の輪郭に沿って動き出した。

 温かく、滑らかな女性の手のひらで頬を撫でられ、ピクッと分かりやすく反応してしまう。多分、彼女には伝わってないと思うけど…。


「アリアちゃん、顔ちっちゃいね。肌も凄くもっちりしてる。可愛いんだろうなぁ」

「そ、そんなことないですよ…」


 見られてる訳じゃないのに、なぜか全てを見透かされているような大人の色気混じりの言葉に、頬の紅潮が加速する。妹さんを持つお姉さんだからか、ルナの時とはまた違った年上ならではの妖艶さを見せつけられ、自然とうっとりしてしまった。

 これが、目の見えないアィリスさんなりのコミュニケーション。なら、それに答えるのが私の役目だ。

 白髪ロングに高身長。美形の顔立ちに、大人の堂々とした佇まい。

 お姉さん属性の極みのような女性だよ、アィリスさんは…。


「ありがとう、アリアちゃん。アリアちゃんの温もり…伝わってきたわ。こういうことでしか、人をことが出来ない私だけど、これからもよろしくしてくれると嬉しいな」


 気づくか気づかれないか、ほんの少しの寂しさを表情に残したまま、アィリスさんは穏やかに笑った。私はそんな彼女を、ただ純粋に愛くるしく思って、勢いに任せて手をぎゅっと握る。


「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」


 最後に一礼し、手を振って送り出してくれるアィリスさんに、私も手を振り返す。彼女が、手を振ることを止めるまで。

 

(純粋で、どこまでも優しくて…。に似てるかも。どんな、顔してるのかな…。一度でいいから、見てみたい。アリアちゃんの、姿を…)


 目の見えないもどかしさを噛みしめながら、アィリスは家へと戻っていった――。




    ◇




 心配ではあるけど、話を聞く限り、仕事仲間の方が時折家に来てくれるみたいだから、完全に一人きりで生活している訳でもなさそうで安心した。同じ村にいるんだし、頼ってくれればいつでも支えてあげたい…と家に帰りつつ、アィリスさんの事を思う。

 それにしても、凄く美人だったなぁ。こりゃ、妹さんも超絶美少女に違いない!

 姉妹揃った場面に立ち会ってみたいと、ニヤニヤしながら通りを歩く。そんな時、村の外の方から、冒険者であろう男性がこちらへ走ってきた。


「お~、ちょうど良かったよ、アリアちゃん!今、結界の外に巨大な魔物が現れて、近くに住んでる者は軽くパニックを起こしちゃっててよ~!悪いんだが、来てもらっていいか?」

「あ、はい。行きますよ~」


 こういう魔物騒動は、日常茶飯事だ。

 結界を張っていようと、魔物は村に寄って来る。人間を威嚇したり、己を優位に見せようと吠えまくったり。

 まあ、その度に私かユィリスかモナが追い払ってる。どうせ今回も、大した魔物ではないのだろうと高を括っていた私は、結界の外で怒鳴り散らすように吠え立てる一匹の虎を前にして、目を丸くさせた。


「くっ、虎め!さっさと村から出ていけ!」

「いくら吠えようが、この結界から中へは入れないぞ!」


 村の人たちも負けじと煽る。しかしそんなのは無に帰される程、とんでもない怒号がここら一帯に響き渡った。



「「「黙れ、人間共!!!我、〝白虎〟を怒らせるとどうなるか、その身をもって知るがいい!!」」」



 白虎と名乗った虎の魔物は、人間へ自ら思念を伝え、私が生み出した結界に体当たりし続ける。

 あまりの暴走状態に、足がすくんでしまう冒険者。そんな彼らをかき分けるように、前へ躍り出た私は、満面の笑みを浮かべて、こちらを威嚇する虎に声を掛けた。


「【シャトラ】…うん、シャトラだよ!久しぶり~!!!」


 この状況を何とも思っていない様子で、元気よく虎に挨拶する私に、白虎含むその場にいる者全員が、頭上に?マークを浮かべた。

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