転生した元魔王の甘々百合生活

第3話 村での生活

「さあ、アリア！先ずは、あなたの服を買いに行きましょ！」

　そう言って、ルナはクローゼットの中を漁り始めた。そして外出用のコートを取り出し、私に投げ渡す。

「これを着て。アリアの小柄な体なら、全身覆えると思うわ」

「あ、ありがとう」

　私は早速、ルナから受け取ったコートを羽織る。口元まで覆える程のサイズで、人間の女の子特有の甘い匂いが鼻孔を掠めた。

　これが、ルナの匂い…って、変態か私は！！

「他にも、アリアが住むのに必要なものを調達しなきゃね。付いてきて。村を紹介するわ」

「うん！」

　家の玄関を開け、今度は靴をちゃんと履いて外に出る。

　今、私たちのいる所は〝カギ村〟という村だそう。小規模だが、商業施設や娯楽場、冒険者ギルドなんかも揃っていて、お金を稼げれば生活には殆ど困らない。

　村の人たちは、比較的穏やかでフレンドリー。ルナが出会った人たちに、私の事を紹介してくれたので、しっかり挨拶もできた。

「うんうん！似合ってるわよ、アリア！」

　先ずは、服屋兼防具屋のお店。ファッションセンスが良いルナのコーディネートで、一気に可愛らしい格好に早変わりした。

　胸元にリボンが付いた、白のブラウス。そして、水色を基調としたミニスカート。その上から魔除けの加護が付与された、ベージュのコートを着付けられた。

　ワンポイントで、上部に小さなハートマークが見え隠れする黒のハイソックスもおしゃれだ。

　魔王だった頃は、魔法で服を生み出してたっけ。服なんて着れればいいくらいの感覚だったけど、こうしてセンスある人が選んだものを着てみると、なんだか新しい自分に出会ったようで、気分が高揚する。

　まあ、実際この肉体自体が新しいのだけど…。

「これ、凄く可愛いよ、ルナ！でも、私お金持ってないし…」

「お金くらい出すわよ。気にしないで」

「でも…」

「心配いらないわ。それに、同い年の女の子にこうやってファッションを楽しんでもらえると、私も嬉しいから」

　お金なんて殆ど使ったことはないけど、物の価値くらいは分かる。人間になったからには、私もしっかり稼いで、ルナに恩返ししなければ。

　それから私たちは、服屋の他にも雑貨屋、百貨店、武器屋などを見て回った。

　お店の人たちは、本当に気前が良く、初めてだからと特別価格で色々売ってくれた。流石に、武器なんかは見るだけだったけど。

　魔界では絶対に感じることのなかった、のどかで平和な雰囲気。ここに転生できたのは、運が良かった。全てが私の求める生活環境に合っている。

　これなら、心置きなくスローライフが堪能できるだろうなぁ。これからの生活が楽しみだ。

「お、ルナちゃん！今日は何の用だい？」

　最後に立ち寄ったのが、冒険者として稼ぎたい者が集うギルド。そこを切り盛りする主人が、元気よく出迎えてくれた。

「こんにちは。今日は、この子の冒険者登録をお願いしたくて」

「初めまして、アリアと言います」

　冒険者の登録は、私の希望。ルナみたいに、魔物を倒して報酬を得るのが私に合ってるからだ。

「オーケー！先ずはステータスの開示をするから、待っててくれ」

　そう陽気に答えた主人は、奥の方へ何かを取りに行った。その時、私の脳裏にとある不安がよぎる。

　ステータスの開示？ちょっと待って…。

　このまま自分の力量やら情報が公になってしまったら、色々とマズい。と、私はルナにステータス開示の詳細を尋ねる。

「ね、ねぇ…ルナ。ステータスの開示って、どのくらい詳細に出るの？」

「そうね。ギルドに登録するには、本名と個体レベル、世界ランクの情報は必須よ。それ以外の個人情報は、開示されないわ」

　そうは言っても、私の場合、完全に個人情報の域を超えている。一人一人のステータスを管理する人がいる時点で、少なくとも誰かには、私の詳細な情報を見られるわけだ。

　こんなのどかな村に、転生した元最恐魔王が来たともなれば、大騒ぎされるに違いない。そんなのは、絶対御免だ。

　やっぱり、やめてもらおう…。

　そう思い始めた私の前から、一匹の小動物がちょこちょことこちらに歩み寄ってくる。真っ黒な毛並みを持つ、可愛らしい子猫だ。

「あ、来た来た！今日も可愛いなあ、ギルドの看板猫」

　黒猫に気づいたルナは、しゃがみ込んで頭を撫で始める。

　美少女と子猫…なんて尊い絵面なのだろうか。この光景をぜひ額縁に飾りたい！

「そいつは、看板猫の【ミーニャ】だ。仲良くしてやってくれ」

　店の奥から戻ってきた主人が連れてきたのだろう。甘い声でにゃんにゃん鳴くもんだから、可愛すぎてニヤニヤが止まらない。

　魔界には、ホラーな化け猫しかいないからなぁ…。

　ルナとミーニャの戯れに顔を蕩けさせていると、ギルドの主人が私に一枚のカードを差し出してきた。

「んじゃ、お嬢ちゃん。このカードに少しだけ魔力を注いでくれ。できるか？」

「あ、はい」

　とりあえず、言われるがまま白紙のカードに魔力を流す。すると、真っ白だった筈の表面が徐々に色味を帯びてきて、文字が浮かび上がってきた。

「そいつは、ギルドの〝会員カード〟だ。主に、名前・個体レベル・世界ランクが表示され、レベルやランクが上がると、表示も変わる。まあ、本人確認のための証明書みたいなもんだ。人間界じゃ共通の代物だから、そのカードを見せれば、別のギルドでも換金や依頼の受注が可能になるのさ」

「へぇ～！」

　目覚めた時に魔法で開示した初期ステータスとまるっきり同じ数値だ。その他の情報は書かれていないようなので、一先ず安心した。

　ちなみに、本名はしっかり〝アリア〟と表記されている。もう既に、アリアという名が私に定着したのだろう。

　それにしても、こんな便利なアイテムが人間界にあったなんて…。文明の発展は確実に魔界以上だ。

「アリア、登録終わった？」

　ミーニャと遊び終わったのか、ルナが尋ねてくる。彼女は既に会員カードを持っているので、二人で見せ合いっこした。

「うん。まだ、レベル1だけどね。ルナのも見せてよ」

「いいわよ」

　ルナの個体レベルは、23。今の私よりも、全然強い。

　本名は、【ルナ・メイヤード】か。あれ？〝メイヤード〟ってどこかで聞いたことがあるような…。

　彼女の家名に少し引っかかりを覚えたものの、考えても思い出せるものでもなかったので、あまり気に留めなかった。

「アリアちゃん、これからもギルドをよろしく頼むぜ！」

「はい、登録ありがとうございました！」

　お礼を言って、ギルドを後にしようとすると、私の足元に看板猫のミーニャがすり寄ってきた。執拗に懐いてきたので、優しく抱きかかえてやる。

「アリア、ミーニャに気に入られたのかもしれないわね」

「えへへ～、そうかなぁ」

　気に入られたにしては、抱っこしてあげても鳴き止む様子を見せない。何かを必死に訴えているようにも思える。

　うーん、動物と話せる魔法はあるけど…。今の私、魔力殆ど無いからなぁ。

「ほれ、ミーニャ。あんまりしつこいと、アリアちゃんに迷惑だぞ。全く、よっぽど気に入っちまったのかねぇ」

　普段はここまで人に懐かないんだけどなぁ…と言いつつ、ギルドの主人は私からミーニャを引きはがす。

「ばいばい、ミーニャ。また来るからね」

　悲しそうな視線を向けるミーニャに小さく手を振り、私たちはギルドを後にした。

　　　　　◇

　村の紹介や私の生活必需品の調達などで、気づけば夕方に。

　私の物なのに、全部支払ってくれたルナには感謝してもしきれない。彼女には、後で絶対恩返しをしなければ。

「アリア～、そろそろできるから、テーブル開けてくれる～？」

　ダイニングで買ってもらったものの整理をしていると、キッチンからルナが顔を出す。

　朝昼晩の料理に関しては、一日交代制。今日は初日だからと、ルナが渾身の料理を振舞ってくれることになった。

　明日は私の番だ。魔王だった頃は、魔族の料理が口に合わなかったから、よく自分で作ってたし、腕には少し自信がある。

「うん、分かった！楽しみだな～、ルナが作ったご飯！」

　まさか、人間の女の子とこんなに早く新婚生活でありがちなやり取り（※アリアのイメージです）を交わせるなんて～。もう、ドキドキしっぱなしだよ～！

「はい、召し上がれ。今日の献立は、オムライスよ」

「うわ～！美味しそう！！」

　乙女のように両手を合わせ、輝くぷるぷるのオムレツに目を輝かせる。香ばしいチキンライスの香りが、私の食欲を大いにかきたてた。

「いただきまーす！！」

　スプーンでオムレツをすくい上げ、ゆっくりと口の中へ。その瞬間、とろふわなオムレツとご飯に混ぜ合わされたケチャップのちょうどいい味付けが、口いっぱいに広がった。

「どう？口に合った？？」

「ん～～～～！！！おいしいよ、ルナ！！ほんと、今まで食べた中で一番だよ～！！」

「大げさね。今までって言うけど、あなた自分のこと覚えてないじゃない」

「あ…それはそうだけど、とにかく美味しいから！！」

「ふふ、なら良かったわ」

　決して大げさに褒めてるわけじゃない。ほんとに、こんな美味しいオムレツは食べたことがなかった。

　魔界で採れる食材が、あまりいいものではないというのもあったけど、単純にルナは料理が上手い。どんだけ完璧なんだろう、この子は。

　スプーンを動かす手が止まらない。口の中でオムレツが溶けるように無くなっていく。

　冗談抜きで、無限に食べられるなぁ。

「アリア、幸せそうに食べるなぁ。かわいい」

「――っ…！？」

　い、いい今、可愛いって言われた！？

　ルナにとっては普通のことを言ったんだろうけど、思わずドキッとしてしまった。それに畳みかけるように、胸キュン展開は続く。

「ほら、頬っぺに付いちゃってるわよ」

「ふえ…！！？？」

　ルナは私の頬に付いていたご飯粒を摘まんで、口元に持っていく。あまりに唐突な恋人シチュ（※アリアのイメージです）に、顔が真っ赤になってしまった。

「あ、ごめん。もしかして、嫌だった？」

「う、ううん！全然！寧ろ、もっとウェルカムだよ！」

「何それ…」

　興奮しすぎて、若干ルナを困らせてしまったが、この二人きりの食卓には終始笑顔が溢れていた。私が幸せなのは勿論だけど、今までこの家で一人暮らしだったルナも、誰かと一緒に過ごすのは久しぶりだと、幸せそうに話してくれた。

　――ずっと、この幸せが続けばいい。

　過去に起きたルナの悲劇を知るまで、私はそう思っていた…。