第5話 引き継がれた強さ

 人間に転生してから、冒険者としての初めての依頼。私とルナは、村を出てすぐ近くの森に足を運んでいた。


「さあ、アリア。先ずは、推奨レベル1の〝スライム〟よ」


 いくつか受注した依頼の内の一つ、スライム討伐だ。群れになってぶよぶよ跳ねる青色の魔物で、雑魚中の雑魚である。

 最底辺のレベルから徐々に段階を踏んでいき、私に見合ったレベルを調査しようというルナの提案だ。

 今の私がどこまで戦えるのか…それが分かってからでないと、更に上のレベルに手出しは出来ない。というか、ルナがさせないだろう。これも、私を想ってのことだ。

 それは本当に嬉しいんだけど、スライムはいくらなんでも…。こいつらは、冒険者じゃなくても倒せるからなぁ。


「ね、ねぇ…ルナ。流石にスライムは余裕だよ」

「でしょうね。でも私が見たいのは、アリアの戦い方よ。それを見てから、次の討伐対象を決めるわ」

「な、なるほど…」


 ルナは決して、私が自分の個体レベルに見合わない魔物と戦うのを否定しているわけじゃない。私がそういう強い魔物と戦える程の知識や能力があるのかを、見定めてくれているのだ。

 なら、話は早い。ここで私の強さを見せつけて、ルナを驚かせちゃお。

 昨日は高度な飛行魔法を使って、すぐバテちゃったから、今日は出来るだけ魔力を温存しておきたいところ。


「ええっと、どこかにいい武器は…うん、まあこれでいっか」


 そこら辺に落ちているただの木の棒。それを拾い上げて、剣を持つように構える。

 魔法を使わなければ、魔力は減らない。スライム如き、私の身体能力だけで十分だろう。


「アリア、頑張って!」

「うん!」


 美少女からの可愛い声援も貰った所で、私は速攻でスライムに走っていく。ステータスによれば、素早さの数値は無いようなものだが、素の足の速さは中々あるようだ。

 木の棒を器用にクルクル回し、パシッと掴んで勢いよく振り下ろす。私の動きを見て、躱そうとするスライムを見事一振りで仕留めてみせた。

 スライムはその場で弾けて、〝魔石〟へと変わる。これをギルドに持ち帰れば、討伐の証明となるらしい。


「す、凄い…。スライムは複雑に跳ねて避けるから、個体レベル1の初心者だと一発当てるのがやっとなのに、たった一撃で…」


 私の動きを見たルナは、無意識に解説してしまう程に驚いている。

 それだけじゃない。スライムは推奨レベル1と言えど、初心者が木の棒で倒すなんて普通は無理だ。

 でも、私には何となくだが見えている。スライム共が放っているであろう弱点のオーラが。

 どこを叩かれると弱いのか…今は、はっきりとは見えてないが、警戒した魔物はそういうオーラを常に放っている。

 魔王だった頃は、何故かそれが視覚的に見えていた。誰よりも生きていたから、殆どの魔物の弱点は、全て記憶している。

 今の私には、そのオーラが見えなくても、直感でそこを叩くことが出来ると言う訳だ。まあ、これは私だけの特権だけど。


「ふふん!まだまだいくよ!」


 次々とスライムを討伐していく。全て一撃で。

 スライムの複雑な動きも目でしっかり追えている。動体視力も前世譲りだ。


「あれ、ほんとにアリア??私と話してる時とは、まるで別人じゃない…」


 ルナを前にした私は、テンパったり、内気な態度を取ったり、ポンコツだったり…。とてもじゃないが、元魔王アリエには程遠い存在。

 しかし戦闘ともなれば、話は別。伊達に数百年、殆どの魔物を研究したり、狩ったりしていないのだ!

 全ては、暇を活用した賜物である。


「ふぅ、まあこんなもんかなぁ」


 両手いっぱいに魔石を抱えて、ルナの元へと戻る。


「いや、倒し過ぎ!!しかも、ちゃっかり他の魔物の石も混ざってるし!」

「あ、弱い魔物だったから、つい…」

「…弱いって、これ推奨レベル10の希少魔物よ」

「へ、へぇ…そうなんだ」

「やっぱり、レベル1なんて嘘よ。その会員カードには浮かび上がらない、何かがある筈!」


 そう言って、ルナは私の周りをグルグル回り始める。

 そんなにジロジロ見られたら、またドキドキしちゃうよ…。


「な、何にもないよ?」

「だったら、今の戦い方はどうやって覚えたのよ」

「うっ…」


 痛い所を突かれ、返答に困っていると、近くの茂みから草を踏みしめる音が聞こえてくる。

 そちらへ目を向けると、鼻息を荒くした〝イノシシ〟が堂々と草むらから顔を出してきた。

 中々の大きさで、こちらを全力で睨みつけている。そいつを視界に入れた途端、ルナは私の手を取って、この場から全力で走り出した。


「え、ルナ!?」

「あれが、推奨レベル30のイノシシよ。今はまだ戦っちゃダメ!」


 なんでこんな所に…と呟きながら、ルナはイノシシに背中を向けて一目散に駆けていく。

 でも、私は知っていた。それが、イノシシの狩猟本能を逆撫でする行動であることを。


「ルナ、背中を向けて走ったら…」


 そう言い終わらないうちに、イノシシは私たち目掛けて全力で突進してきた。益々鼻息を荒くさせ、その凶暴さを見せつけるかの如く、獰猛な唸り声を上げ、すぐ後ろまで迫って来る。


「嘘でしょ!?」


 ルナが蒼褪める中、私は冷静にイノシシの行動パターンを記憶の中から引っ張り出した。そして、周囲の状況を即座に把握し、ルナに指示を出す。


「ルナ!あの大木に向かって!」

「え…?」

「ぶつかる勢いで!」

「なんで!?」

「大丈夫、私を信じて!」


 彼女を安心させるように、余裕の笑みを浮かべ、ウィンクする。恐怖など微塵も感じていない私を見て、ルナは騙されたと思いながら、言う通りに大木へと突っ込んでいった。


「アリア、ほんとにぶつかるわよ!?」

「よし、手を放さないでね!」


 ぎゅっとルナの手を握りしめ、飛行魔法を使う。私の体はふわっと浮き上がり、ルナと一緒に宙へと浮かび上がった。


「え~~~~!??」


 突然体が浮遊を始め、ルナは目を見開いて驚く。

 イノシシはと言うと、急に追いかけていた私たちの姿が消えて、気づけば大木が目の前に。そのままの勢いで、太くて頑丈な幹に頭を打ちつけた。


「ま、急には止まれないよね~」


 これ以上浮遊していると、魔力が切れてしまうので、すぐに地面へと降り立つ。イノシシは、フラフラしながらも、懲りずに再び突進してきた。


「アリア…」

「大丈夫、これで終わりだよ」


 混乱しているルナに優しく声を掛け、私は残った魔力を解放させる。手を前に突き出し、イノシシのお腹に向けて、火属性の魔法を打ち放った。


「〝火力光線フレア・レイ〟!」


 放射した炎の光線は、こちらへ一直線に走ってきたイノシシを見事に焼き焦がす。溜まらずイノシシは、その場でゴロンと地に倒れた。

 久しぶりに使った魔法だったけど、上手くいったようだ。

 使用する魔力によって、威力が変動する炎属性の魔法。先程の飛行魔法といい、人間体での魔力調整も段々慣れてきた。


「ふぅ…終わったよ、ルナ――」


 と後ろへ振り返るや否や、私は思いっきりルナに抱きつかれる。


「アリア凄い!凄いわ!!」

「ふえぇぇ!?ルナ!!?」


 手を背中に回し、ルナは離すもんかと言わんばかりに、私を強く抱き寄せた。

 密着し、ルナの匂いに包まれて、思考がショートしてしまう。おまけに、むにゅっと彼女の胸が押し当てられて、変なスイッチが入りそうに…。

 あー、もうこのまま昇天してもいいよ。

 なんて、顔を蕩けさせてフワフワとした思考を張り巡らせる。

 そんな間抜け面を晒しながら、なんだかんだ推奨レベル30の依頼を達成してしまった私は、ルナに手を引かれて村へと戻った。




     ◇




 スライムとイノシシの討伐依頼を達成した報酬と、余分に狩ってしまった魔物から出てきた魔石をギルドで換金してもらったので、今日一日でかなりのお金を稼いでしまった。倒したイノシシは好きにしていいとのことだったので、ありがたく今日の晩御飯にさせてもらおう。


「ハァ~、アリアのお肉料理美味しいわ~!」

「ほ、ほんと!?良かった~。ルナに喜んでもらえて何よりだよ~」


 魔物のお肉が人間の口に合うか、ちょっと不安だったけど、頬っぺたが落ちるくらい美味しそうに食べてくれるルナを見て安心した。

 献立は、イノシシの肉をふんだんに使ったステーキだ。ステーキソースも一から作ったが、これもかなり好評だったみたい。

 そういえば、私のステータスってどうなったかなぁ。少しは上がってるんじゃない?

 ふとそんなことを思い、私は自分にしか見えないステータス開示の魔法をこっそり使用した。



 ===============


 名:アリア

 種族:人間

 世界ランク:圏外

 個体レベル:13

    体力:36

   攻撃力:33

   防御力:24

   素早さ:30

   回復力:22

    魔力:42

 知識・知能:548174

 獲得魔法:飛行・回復・火属性・水属性・特殊操作

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 元魔王アリエ・キー・フォルガモス。死亡し、人間へと転生。死因不明。死亡時、会得した全ての魔法および能力が消失。なお、生前の記憶・智慧は引き継がれ、魔力に準じ、魔法および能力の再取得が可能。


 ===============



 な、なるほど…。

 大量に魔物を狩り尽くした結果、レベル13まで浮上。心なしか、体力や攻撃力などのステータスの上がり具合が、前世よりも大きく感じる。

 魔力も上がったし、試せる魔法が一段と増えた。これは素直に嬉しい。

 

「ほんと、アリアが一緒に住んでくれて良かったわ~。こんなに美味しい料理を作ってくれるし、お話し相手になってくれるし、家事も分担できるし。あ、可愛いも追加で!」

「かわっ…!?ご、ごほん!でも、ルナも凄いじゃん。今まで15歳で独り暮らししてたんでしょ?」

「まあ、うん…。親が、もういないからね…」


 私の何気ない質問に対し、ルナは俯いて、初めて私に気持ちを沈ませたような表情を見せた。余計な質問をしてしまったと思い、私はすぐに謝る。


「あ、ごめん、ルナ。嫌な事、思い出させるような質問しちゃって…」

「いやいや、アリアが謝る必要なんてないわよ。親が亡くなって、もう結構経つし。でも、親がことの悔しさとか怒りって、中々自分の中で抜けなくてさ。思い出す度、結構辛いのよね」

「殺されたって、そんな…。酷い…」


 明るい食卓が、一気にどんよりとした空気に変わる。

 私の親は、とうのむかしにどこかへ消えたから、親から受ける愛情というものが私にはよく分からない。というか、もう忘れてしまったと言う方が正しいだろう。

 でも、大切な誰かを亡くした悲しみや悔しさなんかは、嫌でも分かる。家族はいなかったけど、魔王だった頃は、私に良くしてくれた幹部たちの死を何度も見てきたのだから…。

 こんなに可愛くて、全てが私の憧れであるルナを悲しませるなんて、一体どこのどいつだ。いっそ、私がそいつをぶちのめしてやりたい。

 と、私も悲しみを表に出した。


「そんな悲しい顔しないで、アリア。もう過去の事だから…。親を殺した奴も、今はもうこの世にいないし。あ、勘違いしないで。仇を打ったわけじゃないから」

「あ、うん…」

「まあ、すっごく悔しくて仇を打ってやりたいとは何度も思ったわ。でも、勇者ですら勝てないような化け物に突っ込んでいく勇気なんて無かった。私が死んだら、それこそ親に顔向けできないし…」

「化け物って、そいつは魔物だったの…?」


 と、何気なく聞いてみた。


 ――この世には、知らない方が幸せなことがある。それを聞いてしまった時点で、私はもう手遅れだった…。


「いいえ。魔物なんていう生ぬるい物じゃないわ。この世の物とは思えない、別次元の生物。ほら、ちょうど昨日貰った号外にも書いてある。アリアも名前くらいは知ってるんじゃない?」


 ルナは、テーブルの上に置いてあった号外紙を広げ、一枚の肖像画を指差して言った。


「私の親を殺したのはね。






 ――魔王、アリエ・キー・フォルガモスよ…」

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