§8

「……ごめんなさい、つい出来心で……」

 翌日、プレッシャーに耐えかねたか。ヴァネッサは部屋の掃除をする為に訪室したエイミに頭を下げ、自分が偽者である事を白状していた。

「あ、あの、謝られても……困りましたね……」

「しかし、世の中には似た奴が3人は居るって聞いた事があるけどな。ここまでソックリだと、もう驚くしかねぇよ」

 エイミに続いて、セリアがリアクションしていた。しかし、この事が周囲に……なかんずく、メイヤーに知られたら、まずい。彼女たちは、額を寄せ合いながら良い案は無いかと話し合った。

「白を切り通すしかねぇだろ。リネット本人が此処に居ない以上、彼女にリネットを演じて貰う他に方法が無ぇんだから」

「そんな! 私は昨日一日だけでかなり心をすり減らしました。だから皆さんに打ち明けたのです」

 セリアの提案は、ヴァネッサの嘆願によって却下された。こうなると、何とかして街に潜むリネットを説得するしか手は無い。

「ヴァネッサって言ったな? 良く聞けよ……協力はしてやる。だが、本物を連れ戻すまでの間は、アンタに頑張って貰うしかねぇ。周りに怪しまれねぇように、リネットになり切るんだ。いいな!?」

 真剣そのもののセリアの台詞は乱暴であったが、的を射てはいた。ヴァネッサはそれに従う事にして、普段のリネットがどのような態度であったかをセリアたち3人からレクチャーされた。それを全て把握した時、彼女は演じきれる自信が無いと、弱音を吐いた程である。

「そんな泣き言は聞きたくない! 第一、アンタがスパッと断ってれば、こうはなってなかったんだからね!」

「そ、その通りです……」

 完全に萎縮して、ヴァネッサは畏まってしまった。だが、そんな事じゃダメ! と、早速エイミからダメ出しをされた。

「リネットなら、『煩いわね! 文句なんか聞きたくないわ、あっちに行って!』と突っぱねるところです」

「……かなり強硬な性格なんですね、彼女」

 冷や汗を流しながら、ヴァネッサはリネットになりきる為のレクチャーを受け続けた。と、そこに……

「……あ、忘れてた」

 ドアをノックする音が聞こえた。ヴァネッサの事情を訊くために呼び出した、彼女――そう、ラティーシャである。

『何の御用でしょうか?』

「あー、えぇと。困ったな、もう済んじゃったんだよな」

「ですねぇ。まさか、あちらから打ち明けてくるとは思わなかったので」

 セリアとエイミが困惑した顔を並べ、その向こうにオドオドした感じのリネットがいる……ラティーシャにはそう見えていた。が、彼女はまだ事情を全く知らないので、単に『リネットが何か失敗したのかな?』と考えたようだ。

『どうしたのですか? リネット。あなたが失敗するなんて、珍しいですね』

「……! 何、これ!? 頭の中に、直接声が……?」

『え? 何を言って……リネットじゃない? 貴女は……ヴァネッサさん?』

「ど、どうして!? 私、何も言っていないのに!?」

 その様を見て、セリアとエイミは『あー……』と苦笑いを浮かべた。然もありなん、ラティーシャの『言葉』を何も知らずに受け取ったら、誰もがみな驚くであろう。

「その子はラティーシャ、アタシたちの友達だよ」

「彼女は、心で直接お話が出来るんですよ」

 紹介と説明を同時に受け、ヴァネッサは更に混乱した。が、質問は許されなかった。セリアが『そういうもんだと思え』と、言い切ってしまったからである。因みに、ラティーシャは相手の『心を』読める訳ではなく、所持している物などから情報を得ているのだが。概ね、結果は同じになるのである。

『セリア、お話を聞いても構わないかしら?』

「ん? あぁ、そうだな。そのために呼んだんだし」

 自分の能力を伏せたまま、相手の言葉を読んでしまうのは無作法だと考え、ラティーシャはヴァネッサから手を放していた。ここで漸く、この館で唯一、メイヤーに対して有効な発言権を持つ人物との対話が為されることとなり、セリアたちもやれやれと一息ついた。

『改めまして、私はラティーシャ。お屋敷の実質的なリーダーである男性、メイヤーの助手です』

「あ……ヴァネッサ・ガーランドと言います。昨日、街でリネットと知り合って……御覧の通りの姿なので、入れ替わってくれと頼まれて、ここに来ました」

 と、簡単に自己紹介を済ませた後、セリアとエイミからも事情を聞いたラティーシャは、オロオロするばかりのヴァネッサを見て、暫く考え込んでいた。が、単にそれを知らせるだけなら、わざわざ個室に呼び出されたりはしないだろうと察しを付けた。そして今、最も冷静な判断が出来るのは彼女であろうと判断し、セリアに質問した。

『メイヤー、ですね?』

「そうなんだ。このままの状況をアタシらが認めても、あいつはそうはいかないだろうからな」

『そうですね。これは本来、あってはならない事ですから』

 困惑した表情を浮かべながら、ラティーシャは返答した。そう、ここに集った少女たちは全て、メイヤーの『試験』をパスしている。つまり逆に言えば、彼の知らない人物は居てはならないのだ。依って、入れ替わりを成立させるためには、ヴァネッサが完璧にリネットという少女の内面までを、そっくりコピーする必要があるという事になる。しかし……

「なぁ、ヴァネッサ。あんた、それでいいのか?」

「そ、それは……良くはないです。私は私、彼女は彼女。全く違う個人なんですから」

「すると、やはり……」

 どうやら、全員が同じことを考えたようだ。彼女たちが取るべき行動は一つ……そう、リネットを呼び戻さなくてはならない、という事である。

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