最終話『歪む世界』
§1
ザクッ、ザクッ……
小さく音を立てながら、路面の整備もされていない裏路地を、二人の少女が肩を並べて歩いていた。
「結局、飛び出してきちゃったね」
「そうだね。でも、いつかこうなるのは分かってたし」
ショートヘアの少女が発した呟きに対し、セミロングにした髪をサッと掻き上げながら、もう一人の少女が短く答えた。髪形が違う事を除けば全く同じ容姿を持ったこの二人は……そう、言わずと知れた双子である。
「とりあえず、寝泊りするところを探さなきゃだね」
「野宿はあまり好きじゃないな。雨風は仕方ないけど、人目に晒されるのは嫌い」
と、言葉少なくやり取りをしている間に、いつの間にか裏路地を通り抜け、人通りの多い表通りへと出てしまっていた。二人は今、ある事情で上級の暮らしを約束された館から逃げ出してきたばかりなので、着衣は上等なものであったし、その身体には一点の汚れも付いてはいない。だから、こうして並んで表通りを歩いていても、なんら目立つ事もなく、普通に通り抜ける事が出来た。逆に、先程まで歩いていた裏路地の方が、今の彼女達には不似合いであっただろう。
「……お金、持ってる?」
「分かりきった事、聞かないで。あの屋敷の中では、そんなもの必要なかったんだから」
そう、二人は何不自由の無い生活の全てを自ら放棄して、逃げ出してきたのだ。だから、手持ちのお金は銀貨一枚すら持っていない、無一文の状態だったのである。屋根のあるところに寝泊りをするどころか、今夜食べる一切れのパンですら手に入れることは出来ない。幸いにして、まだ空腹状態ではなかったので、二人は落ち着いていられた。しかしそれも時間の問題。いつかお腹はすくし、それよりも日が暮れて、疲労と共に眠気も襲ってくるだろう。そうなると、彼女達が単身で身を守るのは難しい。何とかして、二人は早急にこの状態を打破しなくてはならなかった。
「……聞いた事があるよ、中にはお金を出してでも、女の身体を欲しがる男が居るって。ぼく、それでお金稼ごうか?」
「テルシェ、それはやめておきなよ。妊娠でもさせられたら洒落にならないんだから」
突拍子も無い事を言い出すテルシェを、リディアが諫めた。確かに金は稼げるが、取り返しのつかない事になるぞと。
過去に自ら体験した幼少期の悲惨な記憶によって、かなり狡猾な内面を持つようになった姉妹であったが、テルシェに比してリディアの方が、やや理性のある性格を有していた。反してテルシェの方は些か慎重さに欠け、とりわけ性的行為に対する危険度を軽視する節があった。だからこそ、先のような台詞すら軽々しく漏らす事が出来るのだ。
「じゃ、どうする? ぼく、乞食や残飯漁りは嫌だよ? アレはみっともないもん」
「うーん……」
リディアは頭を抱えた。差し当たって、この身を休める事の出来る場所と、食料を確保しなくてはいけないな……と。それも、なるべく目立たない所に落ち着きたいと彼女は考えていた。以前、人目に触れやすい場所で過ごしていた時に、人身売買を生業とする男達に目を付けられ、有無を言わせぬままに拘束されて、荷物のように抱えられて連れ去られたという、屈辱的な経験があるからだ。
しかし運良く彼女たちはその後、何不自由の無い贅沢な暮らしを約束され、且つレディとして相応しい教育を施してくれる上に、将来の生活まで約束してくれる館……『少女館』の商品として買い取られ、大事に扱われてきたのだ。尤も、その経験が彼女達を増長させ、その狡猾さに更なる磨きを掛ける原因となったのだが。
「わざとボロ着に着替えて、裏通りをウロウロしてみる? また、人売りが捕まえてくれるかもよ」
「アレも、とりあえず生きてはいけるから悪くは無いけど……」
テルシェにとっては『攫われた』際の経験はそれほど屈辱ではなかったのか、またも安易な発想をストレートに口に出した。が、リディアはそれに対し、明らかに難色を示した。確かに生存は可能だが、そのかわり自由がない。それが嫌だったのだ。それに前回はたまたま運良く『少女館』に買い取られたから良かったが、次もまた良識人に買い取られるとは限らない。だから、安易に人売りに連れ去られるのはなるべく避けたい……と考えていた。
「……とりあえず、街を出よう。他人の施しを受けるのが嫌なら、無一文の今、私たちには不似合いな場所だよ……ここは」
「そうだね、リディア……あ、ねえ! そういえば、あの屋敷、どうなったかなぁ?」
「え? あぁ……景気良く燃えてたからねぇ。今頃は廃墟になってるか、誰かが買い取っているか……」
彼女達の言う『屋敷』とは、二人が生まれ育った、某名家の屋敷の事だ。もう一年ほど前の事になるが、彼女たちは自分達の両親を亡き者にするため、その屋敷に火を放ち、そこに住み込む使用人共々に、分け隔てなく焼き殺した経験があるのだった。つまり、生活のすべてを捨てて逃げ出したのは、これで二度目なのである。
「ねぇリディア、ちょっと様子を見に行かない?」
「そうだね……面白いかも。ここからそう遠くはないから、今から歩いても夕方には着くね。運がよければ、身を隠す部屋の一つぐらいは残っているかもしれないし、行ってみようか」
何気なく口に出たテルシェの一言で、二人はとりあえず古巣……名門・クロムウェル家の屋敷跡まで足を運ぶ事にした。どうせ無一文、特に行くあても、ツテも無いのだ。ならば、その選択も悪くは無いだろう……と、リディアも了承し、二人は歩き出した。
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