§2
「おー、一応、屋敷の形は残っているんだね。流石は金持ちの家、造りが違うわ」
「人手に渡った様子も無いね……ただ、あれから全く手も入っていないみたいだね。荒れ放題だよ」
屋敷跡に辿り着いた二人は、正面入り口からその全景を見回して、互いに感想を述べた。焼け跡は誰かが侵入し、内部を散策したような形跡はあったが、それ以外に人の手が入った様子は無かった。無駄に敷地が広かった所為か、周囲に飛び火した様子も無いようで、焼け落ちたその屋敷跡だけが無残な雰囲気を放つ、異空間のようにも見えた。
火を放ったのは誰もが寝静まった深夜の事。しかも一階部分から発火させたため、逃げ延びた者は数少ないだろう。もし生存者が居たとしても、主無きこの廃墟に戻ってくる理由など無いと思われる。それから約一年余り放置されたこの屋敷跡が、このように荒廃するのも当然の事……と、二人は思っていた。
「クロムウェルの残党って、まだいるのかな?」
「わかんない。ただ、あの火事でアルバートの奴も死んだだろうし、誰かが復興に手を貸しているとも思えない。だとしたら、一年以上経った今でも、この屋敷がこんな無残な姿を晒しているわけが無いもの」
思い思いに意見を述べながら、二人は母屋の跡に向かって歩き出した。どうやら、可燃部分だけが消失し、石造りの建物の本体は崩れ去る事はなく、残存したようだ。嘗ての栄華は跡形も無く崩れ去り、無残な骸を晒す廃墟は、誰にも相手をされる事なく、そこにひっそりと佇んでいたかに見えた。が、その時……
「誰!?」
物陰から、二人に対して鋭い声が掛けられた。面倒くさそうに、ゆっくりと声のした方に目線を向けると、そこには何と……彼女達の実母であり、この家のメイドの一人であったナディアが立っていた。彼女が身に着けていたのは嘗てのメイド服ではなく、何処かの店の制服であろうか……見覚えの無い衣服であった。それを纏っているおかげで一応身なりは整っていたが、その顔には疲労と憔悴の跡が見え、お世辞にも健康とは言いがたく、弱々しい姿を晒していた。
「あ……あ!? リディア……テルシェ!! あなた達……生きていたのね!?」
その姿を確認すると、ナディアは涙を流しながら二人の方に駆け寄ってきた。が……次の瞬間、その喜びは見事に粉砕された。
「ふぅん……生きてたんだ。しぶといんだね」
「私たち、アンタを焼き殺すつもりだったのに」
「え……!?」
その発言と態度に驚愕したナディアは、その場で固まり、友好的に二人に近寄った事を即座に後悔した。
ナディアは、愛する元当主……内縁の夫であるアルバートの死を悼み、敢えてその地を離れようとせず、見付からない亡骸の事は諦め、形だけの墓標を立てて奉り、その近くにバラックを建てて、そこで寝泊りをしながら、小さなパン屋の店員として細々と暮らしていた。
「ふぅん……ぼく達の住処としてはかなり狭いけど、雨風は凌げるし……この女、ちょっとは稼いでるみたいだよ?」
「そうみたいだねぇ……せっかくだから、暫くお世話になろうか?」
「なっ……一人でも大変な暮らしなのよ!? 一緒に暮らすなら、あなた達も働いて……」
「我が名は、アルバート・クロムウェルの実子、リディア・クロムウェル! 正当なるクロムウェル家の後継者候補だ!! 所詮、ただの使用人に過ぎなかったアンタより、私たちは遥かに格上なんだよ!!」
「……!!」
そう、元当主の実子であり、本来であれば当家の後継者候補としての継承権を持っていたはずの彼女達は、その出生の理由から権利を封印されていたとは言え、系譜上で言えば直系の子孫である事に間違いはない。リディアはその権利を高々と誇示し、ナディアの前に立ち塞がった。
「……さて、まずは……お腹がすいたねぇ、テルシェ?」
「そうだね……早速だけど、夕食を作ってもらおうかな」
目の前に立つ女性は、間違いなく自分達の実母である。が、そんな事実はお構い無し……と言った感じで、二人はナディアを召使い感覚で酷使し始めた。最初のうちは抗議をしていたナディアであったが、二人の態度は変わらなかった。そして屋敷に火を放ったのが実は二人の仕業だったのだと知ると、恐ろしくなって抵抗する意思も徐々に失せていき、その後、彼女は二人の言いなりとなって、馬車馬のような労働を強要されたのであった。
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