§9

「どうだ? ラティーシャ」

『……かなり、遠くから飛んで来たようですね……で、屋根に降りたあと、乗っていた人は……これはセリアの部屋ですね……入っていくのが見えます』

「そうか……最近、彼女が大人しい理由はそれか」

『間違いないと思います……どうします? まだ操縦者の彼、お屋敷の中に居るみたいですが』

「泳がせておいて良いだろう。物盗りに入ったようだが、実際に被害は出ていない。それより……」

 バーナードが乗ってきたグライダーを秘密裏に回収し、ラティーシャの能力で飛んできた経緯から侵入経路に至るまで、細かく透視したメイヤーが、何やら思い含んだような感じで考え込んでいた。

「……その彼、何故脱出しないんだと思う?」

『それは……セリアに匿われているのは間違いないとして、彼女に理由を訊くのも野暮だと思いますし……』

「やはり、そう思うか?」

『それ以外に無いでしょう……警戒網を甘くしていても脱出しないという事は、離れたくない理由が出来たと考えるのが自然です』

 ふう……っと、メイヤーは軽く溜息をついた。向こうがアクションを起こさない限りは、彼としても動きようがない。さて、どうしたものか……と、彼は再び思考の闇に落ちた。が、すぐに顔を上げ、纏めに入った。

「……結論を急いでも仕方が無い、向こうが動いたら対応する……これでいいだろう」

『異存ありません』

 こうして、セリア達の行動は赤裸々に分析されていたが、敢えて野放し……という措置が取られる事になった。


********


 トントントン、トントントン、トントントントン……


「キャンディか?」

「残念でした……アタシだよ」

「あれ? どういう風の吹き回しだよ、お前がメシを持って来るなんてさ」

「たまたまだよ。キャンディス、ダニーと何か相談してたみたいだったから。暇だったアタシが持ってきてやったのさ」

「へぇ……」

 あからさまに声のトーンが落ちるバーナードを見て、セリアはわざと大袈裟に膨れてみせた。

「何だい、アタシじゃ不満だってのかい?」

「そ、そんな事言ってないじゃないか……何なんだよ、ニコニコしたり、ツンツンしたりさ?」

「アタシの勝手だろ……ほら、早く食っちまいな」

「あ、あぁ……」

 今日はサンドイッチの横に、ポテトポタージュのカップが付いていた。それに、別に用意された水筒には紅茶が入っており、いつもより少し豪勢な感じであった。

「……おいしい?」

「あ、あぁ、美味いよ」

「……そのポタージュ、アタシが作ったんだよ」

「へ? ダニーじゃねぇのか……へぇー、やっぱ女の子だなぁ。流石だよ」

「よっ、よせよ」

 素直にポタージュの出来栄えを褒めるバーナードの顔をまともに見る事ができず、セリアは思わず顔を背けた。

「……照れる事ないじゃないか、胸張れよ。こんな美味いポタージュ、初めてだよ」

「だ、だから……」

「……?」

「う、うん……アリガト……嬉しい」

 今日は本当に、セリアの百面相でも見てる気分だなぁ……と、バーナードは思わずクスッと笑った。そして食後に紅茶を飲んだあと、それを丁寧にトレーに戻して礼を言った。

「ありがとう、今日も美味かったよ……特にポタージュがな」

「ばっ、馬鹿……! 褒めたって、何も出ないよっ!」

 ポタージュが、と強調したのは彼なりの気遣いだった。わざわざ特別メニューを設えてまで自ら食事を運んでくるという事は、彼女に何か考えがあるのかも知れないと読んだからである。

「……何かあったのか?」

「へっ!? なっ、何のこと!?」

「あ、いや……何もないのなら良いんだけどさ。セリア、いつもと感じが違うって言うか……うん、何でもない。今のは忘れてくれ」

「あぁ……」

 そう言って、トレーを脇に避けながら、セリアはバーナードの隣にチョコンと腰を下ろした。その視線はしっかりと、彼の横顔を捉えていた。

「……ま、何も話が無い、って言ったら嘘になるかな」

「ん?」

「……いつまでも、アンタをこんな窮屈な場所に匿っておくのにも、限界があるだろうと思ってさ。ちょっと考えてきたんだよ」

「へぇ?」

 暫く間を置いた後、セリアは昨夜、寝ないで考えたアイディアをバーナードに話して聞かせた。

「……なるほど。この屋敷は警戒網が厚くて、脱出が困難だから……いっそ、屋敷の使用人に紛れ込んでしまえばいい、って事か?」

「そう! ただ、使用人は厳しくチェックされて、顔も名前もしっかりと記録・管理されてるからね。普通に変装して紛れ込むだけじゃダメなんだ。だから……」

 そうして、更に顔を近くに寄せ、セリアは殆ど耳打ちに近い格好で詳細を説明した。

「……だ、大胆な事を考える奴だな。でも、上手くすれば職にも就けるし。それに……堂々と屋敷の中を歩けるようになって、万々歳だ」

「だろう?」

「でも、そう上手くいくのかよ?」

「やってみなけりゃ分からないよ……ただ、切っ掛け作りに、アンタが潜り込んでるって事実を利用させてもらうけどね」

「な、何だと!?」

「ま、見てなって……さてと、あまり姿を消してると、他の子が怪しむからね。アタシ行く。作戦の事は、任せといて!」

 セリアはパンパンとスカートの埃を払って、珍しくウィンクを残して去っていった。

「だ、大丈夫なのかなぁ……?」

 不安げな表情で、バーナードはその後姿を見送った。だがセリアには、これ以上ないぐらいの自信があったのだ。

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