§10
「どうだった?」
「ん、ビックリしてたけど、納得はしたみたいだよ」
「しかしまぁ、セリアちゃんも大胆な事を考えるねぇ?」
セリアは厨房に戻って、今のやり取りの結果をキャンディスとダニエルに報告した。ただし、ポタージュを褒めてくれた一件だけは隠して……であったが。
「でも、どういう風の吹き回しだい? セリアちゃんが『調理を手伝う!』だなんて」
「もぉ、アイツと同じ言い回ししないでよ……き、気まぐれだよ!」
「ふぅん……?」
と、惚けた振りをしていたが、ダニエルとキャンディスにはセリアの内心は既に筒抜けであった。彼女が少しでも、女の子としてのアピールをして彼に近付こうと努力している事は、誰の目から見ても明らかだったからである。
「そうそう、話を聞いてアイツ、『職にもありつけて、堂々と屋敷の中を歩けるようになるな』なんて言ってたわ。何だかんだで、ここに愛着でも……!!」
「……? どうかしましたか、セリア?」
「う、ううん! 何でもない! とにかく、アイツも乗り気だからさ。一気に事を進めちゃおうよ!」
「OK……じゃ、まずは俺が切っ掛けを作ってやるよ。食料が荒らされてる、ってな」
うんうんと、二人は揃って頷いた。そのアクションを皮切りに、セリアとキャンディスのコンビが、賊が屋敷に侵入している事実を吹聴して回り、メイヤーに働きかけて警備体制を増強させ、そこにバーナードを紛れ込ませよう……という作戦である。
「じゃ、アイツには隠れ場所を変えてもらう事になるな……食料庫にも監視の目が入る事になるからな」
「そうだね……じゃあ、またアタシの部屋にでも隠れてもらおうか?」
「灯台下暗し、ですね。賛成です、僅かな間だけですしね」
普通なら、女子としては反対すべき発言であったが、キャンディスは敢えてそれを肯定した。しかし、この時キャンディスの胸には、少し焦りに似た気持ちが芽生えていた。が、その理由については彼女自身にも良く分からなかったようだ。
「それにしてもセリア、さっき何か、慌てたような感じになってましたが……アレは一体?」
「な、何でもないってば」
セリアは平静を装って、彼の……バーナードの言葉の真意に気付いた事を隠した。彼はあの時、『堂々と屋敷の中を歩けるようになる』と言った。これは、キャンディスから離れずに済むようになる……という意味だったに違いない。そう考えると、胸が締め付けられるような思いだったが……彼女は必死にその動揺を押し留めていた。
********
「本当さ、ここにあったソーセージやハムがゴッソリ無くなってるんだ! ネズミの仕業にしちゃあ大袈裟すぎるぜ」
「ふぅん……だとしたら大変だ、泥棒が入ったんだ!」
「それも、一度や二度じゃねぇ。何度もだ! こりゃあ、まだ奴はこの中にいるぜ?」
まず厨房で、ダニエルが賊侵入の話題の切っ掛けを作った。その噂は、調理人達の間で瞬く間に広まり、食料庫の家捜しにまで発展した。
「お、おい見ろ、あれ! 天井に穴が開いてるぜ!?」
「やだ、本当……誰かが天井裏を動き回ってるのかしら!?」
今度はセリアとキャンディスのコンビが、賊の侵入を強調するかのように話を吹聴して回った。こうなると、もう屋敷中が大騒ぎになる。なにしろ住人の8割は女性、この手の話に恐怖心を煽られないはずが無いからだ。
「……そう来たか」
その動向を、他のメイドたちから伝え聞いたメイヤーは、ニヤリと口角を上げた。素人にしては良く練られたシナリオに感心したのだろう。
『どうします? メイヤー』
「面白い、乗ってやろうじゃないか。もしかしたら、セリアにとっても幸福が舞い降りるかもしれないしねぇ」
『しかし、良いのですか? あの青年がセリアと結ばれるには、その……支払い的に無理があるような気がするのですが』
ラティーシャの疑問は尤もだった。そう、『少女館』に登録されている少女たちを買い取るには、莫大なお金が必要となる。が、どう考えてもバーナードに、そのような金銭的余裕があるようには見えなかったからだ。
「……セリアの態度には、些か問題がある。しかし、此方から一方的に、放出するという事も出来ない。だから、僕もメイス様も、頭を悩ませていたんだが……」
『特別措置、ですか?』
「そうだ。もし仮に、彼がセリアに好意を抱き、セリアもそれに同意するならば、支払いを免除する事にすると、メイス様も仰っていてね」
なるほど……と、ラティーシャもその措置に納得していた。ある意味『厄介払い』となる点については賛同できないが、その策であれば、結果として双方が幸せとなる。なら、それで良いではないか……そう理解したようだ。そして騒ぎが最高潮を迎え、これ以上放置していては風紀の上で問題になるというタイミングを見計らい、彼らは漸く動き出した。
「何事だ、この騒ぎは?」
「あっ、メイヤー! 話を聞いてくれ……泥棒だ、泥棒が屋敷の中を動き回ってるんだ!!」
「おいおい、落ち着きたまえセリア……僕は逃げはしない、まずはその手を離してくれないか?」
「わ、悪い……なぁメイヤー、こんな女ばかりの屋敷で、大丈夫なのか? もっと警備の数を増やした方が良いんじゃないか?」
「むぅ、あれだけの布陣を掻い潜る賊が現れたか……よし、警備の更なる増強に掛かる。ラティーシャ、手伝ってくれ」
頷くラティーシャを従えて、メイヤーは踵を返して執務室へと戻っていった。それを見て、しめた! という感じで、セリアとキャンディスは嬉しそうに目線を合わせた。そしてその経緯を、彼女の私室のクローゼットの中に潜むバーナードに知らせると、彼は呆れたように肩を竦めて見せた。
「……まさか、こんなに上手く事が運ぶとはなぁ」
「とにかく、こんな窮屈な思いもあと少しだから、我慢してくれよな!」
「ああ、期待してるぜ」
その言葉に、セリアはグッと親指を立ててウィンクした。キャンディスもまた、その仕種に頷いて、彼女に同調していた。
「あ、では……私は仕事に戻らなければなりませんので、これで……」
「ああ、またな」
退出していくキャンディスの後姿を見て、バーナードはふぅっと息をついた。
「さて、と……これで警備増強が行われるのは確実になった訳だ。問題はそれがいつになるか、だな」
「そうだな、それが分からなきゃ……潜り込もうったって、準備もできねぇからな」
「どうやって聞き出すか……それが……問題だな」
そう言って、セリアはベッドに身を預けた。そして、ふぅっと息をつくと……そのまま寝入ってしまった。
「おいおい、緊張感の無い奴だな……ま、俺が無害だって分かってるからなんだろうけどさ」
セリアの寝顔をそっと撫で、ニッコリ微笑んで、バーナードは彼女が自分のためにしてくれている苦労を、そっと労った。
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