§11
その夜、セリアはメイヤーの執務室の近くの物陰に張り付いていた。助手のラティーシャが就業を終え、出てくるのを待っていたのである。
「ご苦労様、また明日も頼むよ」
ドアが開き、室内からはメイヤーの声だけが聞こえてきた。ラティーシャは声を出せないため、ドアの前で丁寧に会釈をすると、そのままドアを閉めて自分の私室へと帰るために歩き出した。そのタイミングを待っていたセリアは、素早くラティーシャの背後を取った。そして片手で利き腕の関節を極め、もう片方の手で口を塞いだ。その手際は見事であった。
「悪く思うなよ……アンタに、ちょっと聞きたい事があるんだ」
『セリア……私に、この左手の拘束は意味がありませんよ。私は声を出せないんですから』
「そうは行くか、首から提げてるホイッスルの事は知ってるぜ」
『安心して下さい……むしろ、いつ貴女が来るのかと待っていたんです』
「な、何!?」
その発言に驚き、セリアは思わず口を塞いでいた左手を離してしまった。
『逃げたり、警笛を吹いたりはしませんので……出来れば、その右手の拘束も解いてはいただけませんか?』
「ほ、本当だな?」
『急いだ方がいいですよ。メイヤーがそろそろ、執務室から出てくる頃です』
「……!!」
セリアは慌ててラティーシャの手を離し、まるで会話でもしているかのような姿勢を装った。そして、ラティーシャの手引きで彼女の私室に案内され、二人はそこで話をする事になった。セリアが優位に立つはずが、すっかり立場が逆になってしまっていた。
『……空から侵入してくるとは……斬新な泥棒さんですね、彼……』
「な!?」
既にバーナードの事を……いや、彼の侵入経路までも知っていたラティーシャに、セリアは思わず戦慄した。そこで彼女は、ハッと彼の乗ってきたグライダーの事を思い出した。
「じゃ、じゃあ……アイツが乗ってきた乗り物を回収したのは……?」
『はい。いち早くあれを見つけたのは私ですが、一人ではどうにもならないので、数人の方に降ろすのを手伝って頂きました』
「あ、あ、あ……」
彼女に知られているという事は、既にメイヤーも? と、すっかり怯えてしまったセリアを安心させる為、咄嗟にラティーシャは嘘をついた。
『メイヤーに知られる前にと、急いだので……その、結局、乗り物は壊してしまいましたが』
「え? じゃあ……」
『はい、メイヤーはこの事を知りません……あ、勿論、乗り物を隠すのを手伝ってくれた皆さんにも、口止めをしてあります』
ふぅ……と、セリアは安堵の息をついた。本当はグライダーの回収にもメイヤーは同行しており、既に全てお見通しだったのだが……それをセリアに知らせる必要は無いと判断して、ラティーシャは芝居を打っていたのだ。そして更にこの密談も、実はメイヤーの仕組んだ作戦だったのである。
ともあれ、メイヤーは一切彼の事には気付いていない、という前提で話は続いた。
『それで……私の能力については、もうご存知かと思いますが……彼の乗り物から、彼が何処からやって来たのか、どうやってお屋敷に入り込んだのか……といった情報を知る事が出来ました』
「何処から……云々はとりあえず後で良いや。とにかく、アイツの事はもう、お前にはバレバレだって事だな?」
『ええ……ワイルドで若くて、格好の良い方ですね?』
「……!!」
ボッ! と火を点けたように、セリアの顔が赤くなった。その様子を見て、ラティーシャは彼女の本心を……何故、侵入した賊を匿っているのか、その理由を確信した。
「あ、あの、その……」
『隠しても無駄です。貴女の部屋から彼が侵入し、以来、お屋敷の中に匿っている……その理由を推理すれば、貴女の考えはお見通しです。以前から、好みの男性像は飽きるほど伺ってましたし』
「何故、その事をメイヤーに報告しない?」
『私だって乙女です……そういう理由だと察しが付けば、敢えて表沙汰にするような野暮はしません』
「……負けたよ。あぁ、そうさ。アタシはアイツに惚れちまったんだ。だから、ずっと一緒に居たいと思って……それで、捕まえた時点で突き出さずに、ずっと匿って……で、今回のこの作戦を思いついたのさ。メイヤーが話に乗ってくれたのは、本当にラッキーだったと思ってる」
素直に、自分の本心を語るセリアを見て、本当に真っ直ぐな人なんだなぁ……と、ラティーシャは思わず目を細めた。
『衛兵の増員の為の選考会は、明後日の朝、裏門付近の詰め所で行われます。候補者を乗せた馬車が裏門から入ってきますから、その中に上手く、彼を紛れさせて下さい。準備が整うまでの間……メイヤーは私が足止めしておきます』
「ふぅん……選考会の場所が屋内なら、最初からそこに忍ばせておいた方がスマートに行くだろう。詰め所の鍵だけ貸してくれ」
『……セリア、お上手ですね』
「伊達に、スラムでの生活を経験しちゃいない」
セリアはニッと笑って、目の前にいる彼女に、改めて礼を言った。
「……恩に着る」
『良いんですよ……それより、セリア! 応援してますからね?』
「おっ、大きなお世話だ!!」
再び、セリアの顔がリンゴのように真っ赤になった。彼女ほど純情な少女も珍しいだろう。そして改めて握手をしたあと、ラティーシャと別れて、彼女は自室に戻っていった。
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