§6

 怪しげな二人が密談をしている間に、先程までの行動からノーマークとされていたテルシェが、思わぬところで手柄を立てていた。

「うふふ……みぃつけた!」

 街角にある、小さな保育所と思われるその場所にパンを届けに行っていたナディアが、テルシェに発見されてしまっていたのだった。リディアが不覚を取っていた分、その手柄は大きなものとなった。彼女は早速ナディアの後を追尾し始め、彼女が店に帰着するまで見付からずに尾行を続ける事に成功した。ついに店の場所は双子に見付かってしまったのだ。

(さて、これで勤め先は分かった……あとは、今どこに隠れ住んでいるか、だね……)

 店を監視できる位置に腰を落ち着け、閉店の時刻が来るまで待機するつもりだろう……テルシェは身を隠し、ひたすら日が暮れるまでその場を動かなかった。そんな彼女を見付け、あちゃー、という顔になるカエデが、更にその姿を監視していた。

(まぁ、狭い街だし……いつかはこうなるんじゃないかって思ってはいたけどね……さて、どうしようかな?)

 隠していた事実を、その断片とはいえ探り当てられてしまった以上、そこから先の秘密を守り通すことは難しい。今日この場を凌げても、明日はどうなるか分からない。いつかはその住処すらも見付けられて、その後はやりたい放題に暴れる事だろう。と、考え込んでいる間に、店の明かりが消え、まずナディアが看板を仕舞うために表に出てきた。

(あー、もう時間が無い……どうすんのよ、居待っ!!)

 物理的な阻止手段を持たないカエデにとっては、この事態は非常にもどかしいものであった。いや、厳密に言えば、テルシェの動きを封じて尾行を阻止する事は出来るが、非常に大きな力を要する上、その策では一時凌ぎにしかならない。やはり、店舗を発見された段階で大きく後手に回ったのは間違いなかったのだ。

 やがて、後片付けを終わらせた二人が出て来て、扉に『Closed』の札を提げると、彼らは肩を並べてアパートへと歩を進め始めた。

(一緒に帰る……? そうか、新しい隠れ家は、あの男の家か!)

 二人の後を追尾するテルシェを、カエデが更に追尾した。彼女の焦燥感はもはやピークに達しようとしていた。

(……仕方ない!! 一時凌ぎだけど……やるしかない!!)

 意を決したカエデがテルシェの体内に入り込み、韻を踏んでその動きを拘束した。いわゆる『金縛り』の状態を作り上げたのである。

(なっ……? 体が動かない!?)

(悪いけど、暫くジッとしていて……今、アンタに動かれたら困るの)

(だ、誰!?)

(ひ・み・つ!)

 そうしている間に、テルシェが追尾していた二人は視界の外へと消え、そこから先への追尾を困難にさせた。

「……うっ……動けるようになった……何だったの、今の!? それに、あの声……前に、ラティーシャにやられた時と同じで、直に頭に入り込んでくるような……? って、それどころじゃ……チッ!」

 目標を見失った悔しさで、テルシェは苛立ち、その悔しさを頭に巻いていたハンカチにぶつけていた。そんな彼女を見下ろしながら、カエデは肩で息をしつつ、額の汗を手で拭っていた。

(ハァ、ハァ、ハァ……やっぱ疲れるわ、コレは……コレを毎晩やったら、流石のアタシでも持たないぞ?)

 とりあえず、今夜は危機を逃れる事が出来た。だが、明日になれば戦力を増強した二人組が攻めて来るだろう。こうなると、実体を持たないカエデに勝ち目は無い。

(居待の奴に期待するしか、無いのかなぁ?)

 イマイチ頼りない相棒・リチャアムの顔を思い浮かべ、カエデはふわふわと彼の元へ事情を報告しに行く事にした。


********


「アンタ、良くそういう不思議体験する羽目になるね……大丈夫だった?」

「もう、ビックリしたよ……でも、収穫あったよ! アイツのいる店は突き止めたから、また明日にでも出直せばいいよ!」

 と、テルシェから大まかな報告を受けるリディアだったが、彼女はその店の在り処を聞いた途端、急に顔を青ざめさせ、両腕で自分自身を抱き抱えるような格好になって、ガクガクと震えながら脂汗を流し始めた。

「ど、どうしたの!?」

「その場所は……ダメ……私、そこには近寄れない……そんな気がするの」

「……!?」

 このリディアの反応こそ、リチャアムの言っていた『まじない』であった。彼は言霊にまじないを乗せ、彼女の深層心理に『あの女には近寄るな、近寄ればオマエは地獄に墜ちる』という暗示を掛けていたのだ。リディアは『その場所』と表現したが、実際にはナディア自身に近寄る事を禁じたまじないだったのだ。つまりナディアを捕らえても、リディアは彼女に近寄る事が出来ないので、彼女を労働力として直接使う事はもはや叶わないのである。

 これをテルシェにも掛ける事が出来れば、もはやナディアの安全は保障されたも同然であった。だが、テルシェはまだ無傷であった。明日もまた同じ場所で待機すれば、今度こそは尾行に成功するかもしれない。そしてその後にテルシェを介すれば、間接的に労働力を得る事は可能……まだまだナディアたちの危機が去ったとは言えないのだった。

「リディアこそ、不思議体験しちゃったんじゃないの?」

「そんな事ない……ただ、テルシェが見つけた店の近くで、妙な露店商人に呼び止められただけ……」

「ふぅん……?」

 未だにその露天商によってまじないを掛けられたとは気付かないリディアが、日中の出来事を回想した。無論、その回想だけで、リディアがこうなった理由まで推理する事はテルシェにも無理なので、とりあえず彼女としては見守るしかなかった。

「わかった! じゃ、リディアは留守番してて。明日、ぼくだけで店の前に張り付いて、今度こそ尻尾を掴んでくるから」

「……お願いするわ」

 未だに青い顔のままのリディアが、弱々しく返事をした。余程、そのまじないは強力であるらしい。何しろ、店の場所を聞いただけでこの威力だ。実際にナディアに近寄れば、どうなるかは分かったものではない。彼女は自らがまじないを掛けられた事を知らぬまま、その不思議な呪縛の力に慄いていた。

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