§12
「明後日の朝、か……上手く潜り込めるかな?」
「大丈夫だ、ここのカーテンに身を隠して、候補者たちが入って来たら素早く紛れ込むんだ。整列が済むまでメイヤーは入って来ないと言っていたから、大丈夫。うまくいくさ」
見取り図まで描いて、セリアは当日の作戦を説明した。そんな彼女の直向きさに、バーナードは最大限の礼を言っていた。
「ありがとう、セリア……本当に感謝する」
「……れ、礼を言うのはまだ早いよ、選考会で合格しなかったら、全ては水の泡なんだからね!」
それを受けて、セリアは照れながらも、気を引き締めろとバーナードに注意を促していた。なお、彼女はグライダーの末路についても報告していたが、バーナードは『そりゃあ、ラティーシャって子に礼を言わなきゃな』と言って笑い飛ばしていた。
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「おめでとう、バーニィ!」
「サンキュ……みんな、アンタのおかげだぜ」
防具に兜、それに剣を携えた、いかにもなスタイルとなったバーナードを、関係各位……セリア、キャンディス、ダニエル、そしてラティーシャといった面々が取り囲んでいた。無論、人目に付かない倉庫の奥での話であったが。
本来であれば、こうして衛兵として採用されるためには、とても厳しい審査を受ける必要があるのだが。今回行われたのは、選考会とは名ばかりの簡単なテストのみで、そこに参加したのは、この計画の内容を聞かされた衛兵ばかり。要は、彼を屋敷の中に入れるための策謀に引っ掛かった振りをしたメイヤー達による大芝居であり、逆にバーナードやセリア達の方が騙されていたという訳である。
何故、メイヤーがこのような戯れを認めたのか……それはセリアの理想を叶えてやるために他ならなかったのだが、無論、彼女がそんな彼の心の内を知る由は無かった。
「似合ってるぜバーニィ、少なくとも黒尽くめの全身タイツよりはな」
「ほっとけ!」
「ハハハ。外回りは冷えるからな、覚悟して……そうだ、セリアちゃん。あのポタージュを差し入れてやっちゃあどうだ?」
「ばっ……!!」
あからさまな煽り文句に、慌てたセリアが割って入ろうとした。が、バーナードは落ち着いた態度で、それを否定していた。
「……そうだなぁ、寒いときにあのポタージュは格別だろうな。が、それを頼むには……それなりの資格が要るだろう?」
「え……?」
「彼女ではない、他の子に心を奪われてしまった俺には……そんな資格は無いんだよ」
そう言うバーナードの視線の先には、なんと……キャンディスが立っていた。
「え……え? ええ!?」
キャンディスは顔を真っ赤に染め、オロオロと身をくねらせた。無理もない、彼女は今の今まで、バーナードはあのポタージュを要求すると……そう。セリアの手を取って、大喜びすると思っていたのだから。
「ダメ……かな?」
「い、いや、あの……わ、私なんかより、セリアの方が……お似合い……」
「倉庫に囲われてる時から、ずっと考えてたんだ……もし自由になれたら、打ち明けようってね」
そう言って、バーナードはキャンディスの前に跪き、優しく手を取って彼女の顔を見上げていた。その時、ダニエルは放心し、ラティーシャは『まさか』と云った感じの表情でセリアの方へ振り返った。そして、セリアは……
「キャンディス、素直になりなよ。嬉しいですって、顔に書いてあるぜ。妬けちゃうぐらいに、似合ってるしな」
「せ、セリア……」
そうしている間にも、ニッコリと微笑みながら、バーナードはキャンディスの返事を待っていた。
「この場で返事がし辛ければ、改めてくれていい……待っている」
「ま、待って!」
セリアの気持ちを知っており、あまつさえ応援までしていたキャンディスは、その結論を出す事を暫し躊躇った。が、やがて彼女はセリアに深々と頭を下げ、ゴメンなさいを連呼してから……バーナードの元に駆け寄り、その頬に口付けをして、彼からの告白に対する返答に代えていた。
「ほーんと……似合ってやがるなぁ、あの二人……」
そう言って、ダニエルは呆然としながらバーナードとキャンディスの姿を見つめていた。しかし刹那、彼は不意に頬を伝った涙を慌てて拭って、顔を伏せた。しかし、少し遅かったようだ。
(あーらら、ダニー。横取りされちゃったのね?)
(ふっ……俺としたことが、不覚を取ったぜ……それよかセリアちゃん、そっちは平気なのかい?)
(アタシは……実はもう、覚悟できてたんだ。あいつがキャンディスに惹かれてるの、知ってたし)
(……そっ、か)
しかし、やはり実際にくっついた二人を目の前にしてしまうと、やはり涙が溢れ出してきてしまう。それを必死に隠しながら、セリアはそっと背を向けた。と、そこに……ラティーシャが語り掛けてきた。
『……本当に真っ直ぐなんですね……これでまた、売れ残り確定ですね?』
「今までのカスとはレベルが違うよ……こりゃあ、流石のアタシでも立ち直りに時間掛かるねぇ」
『でも、あの潔さ……格好良かったですよ?』
「よせよ。少なくとも、アイツの前では泣きたくないんだから」
売れ残り……この言葉が、こんなに悲しい響きだと知ったのは、これが初めてだった。しかし、今回は『売れ残った』訳ではなく、紛れもなく『失恋』である。その事実が更なる刺となって、セリアの胸に深く突き刺さるのだった。
********
「セリア、またかい……今度は何が気に入らなかったんだね?」
「何度も言ってるだろう? アタシは若くてワイルドな男が好きなんだ、ってさ!」
(……ハァ……何故、彼はセリアを選んでくれなかったのか……これでは、あの時の大芝居も水の泡ではないか)
こめかみを押さえながら、先の目論見が空振りに終わった事を、メイヤーは心底から後悔した。しかし、彼女はまだ16歳と若い。通常、17歳程度から本格的な売買が始まる少女館としてはまだ余裕があったのだが、彼の不安は次第に大きくなっていくのであった。
(セリア……君の理想は叶えてあげたい。だが……彼女に感情移入するのは、控えた方がいいのか?)
『メイヤー、諦めた方がいいです。気長に待ちましょう、彼女の目に適う顧客が現れる事を』
(ラティーシャ……君も、セリアの味方なのかい?)
『私も、彼女と同じ……乙女ですから』
(……親の心、子は知らず……か)
メイヤーは、ガックリと肩を落とした。その顔には、明らかに落胆の色が見えていた。
そして、その後もセリアの我が儘に満ちた商談ぶち壊しは幾度となく続いた。約束された、なに不自由のない上級の暮らし……そんなものは欲しくない。ただ、心底から好きになれる伴侶を得て、その命が尽きるまで共に過ごしたい……彼女の望みはその一点に尽きるのだ。が、それをメイヤーが知る筈もなく。彼はただ、頭を抱えるばかりであったという。
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