第四話『鏡の裏側』

§1

「よいしょ、よいしょ……」

「リ、リネット! そんな雑用、私がやりますから!!」

 重そうな本を数冊腕に抱えて、ヨタヨタと廊下を歩く少女を、メイドが追い掛けながら窘めた。が、本を抱えた少女はそんなメイドを一瞥したあと、冷たく吐き捨てるように言い放った。

「いいよ、引っ込んでて。アンタにやってもらうと却って時間が掛かるし、後始末が大変なの」

「そ、そんな……確かに私は新米で、まだまだ及ばぬ所はございますが……でも!」

 ふぅっ、と溜息をつくと、少女――リネットはメイドの方に振り向きもせず、そのまま歩き出した。

「よぉ、リネット。本も重そうだけど、その上に乗っかってる無駄乳も、かなり重そうだねぇ?」

「関係ないわ、セリア。邪魔だからどいてくれる?」

 腕に抱えられた本によって押し上げられた胸は、元来の大きさを更に誇張する格好となって、一層目立っていた。それを胸の薄さをコンプレックスに持つセリアが目撃したのだから、嫌味の一つも出ようというものだ。

「ふん……なぁエイミ、アンタも災難だねぇ。あんな無愛想で陰険な奴が、初めての担当だなんてさ」

「そ、そんな事は……あ、あぁっ、リネット! 私がメイヤーから叱られてしまいます! ですから……」

 いつの間にか歩を進めていたリネットの後を追って、新人メイドのエイミが慌てて掛けていく。そんな二人の後姿を横目で見ながら、セリアは面倒臭そうに呟いた。

「……ったく、可愛げのねぇ……あれじゃ、折角のルックスも台無しってもんだぜ。ありゃあ、売れ残り確定だね」

「あらセリア、それをあなたが言いますか?」

「い、言うようになったな、キャンディス。彼氏が出来て、強気になったか?」

「公私のけじめはキチンと付けていますわ……あ、そうそう。メイヤーが執務室に来るようにと言っていましたよ」

 涼しげな顔でスパッと言い放つ、セリア専属のメイド――キャンディス。彼女は先刻のエイミとは違い、既にベテランと呼ぶに相応しいキャリアの持ち主だ。したがって、担当する少女の扱いにも慣れている。尤も、このコンビは既に2年近い付き合いとなるので、キャリアがどうのと言う問題ではないのだが。

「キャーッ!」

「もう! だから言ったでしょ! 余計な真似はしないで、って!」

 遠くから、先程別れた二人の声が聞こえてきていた。どうやら、エイミが何か失敗したらしい。

「……またか」

「仕方がありませんね……フォローしてきます。セリア、貴女は早くメイヤーの部屋へ。いいですね?」

「へいへい……あぁ、だりぃ」

 面倒臭そうに返事をすると、セリアはダラダラとした仕種で、ゆっくりとメイヤーの執務室へと向かった。そんな彼女の後姿を『やれやれ』といった感じで見守りながら、キャンディスは悲鳴と怒号が同時に上がった部屋へと急いだ。

「どうしたんですか?」

「キャンディス? いい加減、このドジメイドをアタシの担当から外すよう、上に言ってくれない? もう、うんざりだよ!」

 見ると花瓶がベッドの上に倒れ、寝具一式を見事に水浸しにしていた。恐らくベッドメイキングをしようとして昨夜のシーツを剥がしたところ、勢い余ってベッドサイドを飾っていた花瓶にシーツが被さり、ベッド上に落下した……と、こんなところであろう。

「す、すみません! 直ぐに乾かしますから……」

「乾かすってね、アンタ! こんな分厚いベッドマットを、どうやって乾かそうって言うの!?」

「落ち着いてください、リネット……空き部屋のベッドマットと交換します。それで宜しいですね?」

「……ふんっ!」

 このような事が、短期間のうちに何度も連続して起こるのである。これでは、相手が誰であってもウンザリして当然であろう。しかしエイミとて、故意にこんな事をやっているのではない。彼女も何とかリネットの役に立とうと、一所懸命にやっているのだ。それを分かっていたから、先輩であるキャンディスとしては彼女を庇いつつ、フォローするしかないのだった。

「すみません、キャンディス先輩……」

「いいのよエイミ、そうやって失敗しながら経験を重ねていくものなの。ただ、同じ失敗を何度も繰り返すようだと拙いから、そこは気をつけてね」

 そう言ってエイミをフォローするキャンディスだったが、彼女としても、底意地が悪くネチネチした性格のリネットと彼女の組み合わせは、確かに問題が多すぎる……常々そう考えていた。だが、エイミを引っ込めて別な人物をリネットに宛がうとなると、引っ込められたエイミは行き場を失い、ますます低く評価されてしまう事になる。これを防ぎつつ現状を打破するには、やはり彼女自身に成長してもらうしかない……キャンディスはにこやかに微笑みながらも、心の中では涙を流していた。

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