§2

「ダニーさぁん、いますかぁ?」

「ん? あぁ、エイミか。どうしたんだ、また何かやらかしたか?」

「『また』は酷いですよぉ……当たりですけど」

 エイミは先程の経緯を、こと細かに報告した。相談相手は、厨房で働く料理長のダニエルだった。エイミは派手に失敗して落ち込むと、ほぼ必ず彼のところに顔を見せ、話を聞いてもらう習慣がついていた。彼は昼食の後片付けを終え、漸く一息つけようとして、好物のアッサムティーの缶に手を伸ばしたところだった。

「あっはっは! そりゃあ、派手にやらかしたなぁ」

「もぉっ、笑い事じゃないですよぉ!」

 エイミはぷぅっと頬を膨らませて、拗ねてみせた。それを見たダニエルは、慌ててフォローに回った。

「はは……悪い、笑いすぎたな。えーと、アッサムで良いか? 丁度、これから淹れるところだったんだが」

「あ、はい」

「ところで、エイミ?」

「はい?」

 ポットの支度を整え、砂時計をひっくり返すと、ダニエルはエイミの方に向き直って問い質した。

「何かあるたびに、俺のところに来るようだが。どうして俺なんだ? 他にも良さそうな相談相手は沢山居るだろうに」

「あー、それは……ダニーさんだと、真剣に話を聞いてくれそうで、安心できるから」

「そうかぁ? 本当はコイツが目的なんじゃないの?」

「……バレました?」

 茶請けにと焼き始めたパンケーキを指差して、ニヤリと笑うダニエルの指摘に仄かに頬を染め、エイミはペロリと舌を出した。しかし彼女の発言は嘘ではない。彼の人柄を信頼しているからこそ、傷ついた時の癒しを求めて彼を訪ねる習慣が付いていたのだった。無論、本人には黙っていたが。

「あっはっは! いいねぇ、正直で。女の子はそのぐらい素直じゃなきゃダメだよ……ホイ、お待たせ!」

「わぁっ、美味しそう!」

 厨房に顔を見せたときの暗い表情は何処へやら。紅茶と一緒に差し出された特製のパンケーキを目の前にして、エイミは瞳を輝かせた。この気持ちの切り替えの早さは、打たれ強さと並ぶ彼女の武器の一つであった。

「お前さんは、失敗しちゃなんねぇっていう緊張が強すぎて、肩に力が入りすぎてんだよ。そこを直せばいいんだ」

「うう……分かってはいるんですが、リネットは厳しい人ですから。打ち解けようとしても、突っぱねられるし」

「んー……確かに、あの子は友達付き合い……いや、人との接触そのものが苦手そうだなぁ」

 ダニエルの推測は的を射ており、リネットの人間嫌いを見事に言い当てていた。なお、それについてはエイミも既に考察済みで、同い年という立場から、フレンドリーな接触を試みた事があった。だが、リネットはそれに対して『馴れ馴れしい』の一言を放ち、エイミの厚意を一刀両断にしたのだった。その時から、彼女はリネットに対して僅かながらに苦手意識を持つようになっていた。そしてそれが、エイミに過度な緊張をもたらす原因となっているのだ。

「まぁ、とにかく。誠心誠意、務めるしかないですね」

「ああ。ただし、肩の力は抜いてな」

「はい!」

 簡単にやり取りをしたあと、パンケーキが冷めないうちにと、ダニエルは皿を勧めた。暖かなおやつを食べて心が休まったのか、エイミは元気を取り戻して仕事に戻っていった。

「しかし……メイドになって最初の相手がリネットってのが、あの子の不幸……かな?」

 厨房仕事の彼にまでそう思わせるほど、リネットの評判は悪かった。そんな彼女の世話をして、満足させるのは容易な事ではないな……と、彼は密かに、走り去る小さな背中に同情の視線を送るのだった。

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