§6
「テルシェ? あなた、また難しそうな本を……いったい何処から?」
「ママには関係ないわ、放っておいて」
見覚えの無い本を、薄暗いランプの明かりで読んでいたテルシェにナディアが問い掛けたが、彼女から返って来たのはそっけない回答だった。まるで、声を掛けないでと言わんばかりに放たれたその一言は、氷のような冷たさを含んでいた。
「テルシェ、その口の利き方……」
「何? たまに顔を見せに来たと思ったら、お説教?」
「オトナって勝手だよね、自分たちの都合の悪い事は力でねじ伏せて……」
「リディア……? 貴女も!?」
テルシェに加勢するように横槍を入れてきたリディアの台詞に、ナディアは更に顔を蒼くした。
「……ま、これはママに限った事じゃないけどね」
「うん、アルバートおじさんも、文句も聞かずにお説教を始めるもの。まるで、私たちを邪魔者扱いするみたいに」
「邪魔者だなんて、そんな……」
思いも掛けない連続攻撃に、ナディアは為す術がなかった。確かに周りの目を欺くために秘匿はしてきたが、邪魔者扱いした事などは無かったし、精一杯に目を掛けて育ててきたつもりではあった。それがこんな結果に……と思うと、やるせない気持ちで一杯になった。
「……何じろじろ見てるの? 気が散るから、あっち行ってよ」
「それとも、何か言いたい事があるの?」
「……!!」
二人から冷ややかな視線を浴びせられ、ナディアは思わず逃げ腰になった。その冷たい視線に追い出されるように、彼女は屋根裏部屋から退散して行った。そして、この事を報告しなくては……と、彼女はアルバートの執務室へと急いだ。
********
「アルバート」
「はい、父上……何か?」
その頃、本館と旧館を結ぶ人気のない廊下の片隅で、ボールドウィンがアルバートを呼び止めていた。アルバートは呼び声に振り返ったが、声を掛けたボールドウィンの方は背を向けたままだった。
「双子の姉妹……あれはお前の血を引いておろう?」
「……!! な、何の事です? 藪から棒に」
「隠さずとも良い……あれは良い子達だな」
背中越しに紡がれる一言一句に、アルバートは戦慄していた。額から流れ落ちる冷や汗をやっとの事で拭いながらも、彼の喉からは、声を発する事はできなかった。
「……もっと可愛がってやるのだな」
アルバートの態度から、双子が彼の実子であり、自分の孫に当たるという事を確信したボールドウィンは『二人を日の当たる場所に出してやれ』という意味を込めた一言を掛け、返事を待たぬまま、その場を立ち去った。
が、当のアルバートは、今まで秘匿してきた事実をあっさり看破された事ですっかり狼狽し、その真意を見誤っていた。
********
ナディアが、アルバートの執務室の前で、ノックに応答がないために立ち尽くしていた。この時刻にこの部屋に居ないという事は、寝室か……と読んだ彼女が踵を返そうとしたその時、不意に声を掛ける者があった。
「……ナディアか?」
「あ、アルバート様……」
互いに蒼い顔をした二人は、暫し言葉を失ったままドアの前で見合った状態から動く事が出来なかった。が、先に我に返ったアルバートが、ナディアの手を引いて執務室へと入っていった。
「……どうしたナディア、私に何か用があったのではないか?」
「はっ、はい……リディアとテルシェの事なのですが」
「……!?」
二人の名を聞いて、アルバートは更に顔を強張らせていた。
「……見覚えの無い、難しい本を二人して読んでいて……」
「見覚えの無い本……? もしやそれは?」
「何か覚えが?」
アルバートの与り知るものであれば問題は無い……と一瞬安堵したナディアであったが、次に彼の口から発せられた一言により、その安心は粉々に粉砕されていた。
「……実は、父が……あの二人の正体に気付いているようなのだ」
「……!?」
と、アルバートはここで先刻の廊下での一件を、ナディアに話して聞かせた。
「……だとすると、あの子達が読んでいた本は……」
「恐らくは父のものだろう……まずい事になった、一番知られてはいけない人物に……」
既に、彼女達が屋敷の中のあちこちを、屋根裏伝いに徘徊している事はアルバートも知っていた。最悪、ボールドウィンとの邂逅もいつかはあるだろうと覚悟はしていた。だが、その素性をアッサリと見破られる事は想定外だったのである。
「あ、あの子達は一体、どうなるのです?」
「……父は『可愛がってやれ』と言っていた……『処分するまでの間に、よく顔を見ておけ』という意味……だろうな」
「……!!」
狼狽したアルバートは、ボールドウィンの言葉を曲解してしまっていた。それまでの主張から、隠し子の存在など認めないという判断を下すものと決めて掛かっていたのだ。つまり、このまま放置すれば、双子は文字通り処分されてしまうだろう……と。アルバートはすっかり動揺し、ボールドウィンの忠言を真逆に解釈していたのである。
「……大丈夫だナディア。あの子達を処分など、させはしない……安心しなさい」
「アルバート様……?」
心配は要らない……と、ナディアを抱き寄せて安心させようとしたのだろう。だが、アルバートの肩はガクガクと震え、その動揺は彼女の身体にも充分すぎるほどに伝わっていた。
そして……先代当主の訃報が使用人たちの耳に入ったのは、その数日後の事であった。
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