§7
「お爺さん、あんなに元気だったのに……」
「いきなり具合悪くなって、すぐに死んじゃったね」
「心臓の病気だって聞いたけど、本当だったのかな?」
ボールドウィンの葬儀は、それは厳粛に、且つ盛大に執り行われた。しかし、彼女達はそこに参列する事すら許されなかった。
「お葬式にも、出させてもらえなかったね」
「……ねえテルシェ、どうして私たち、隠れてなきゃいけないんだろうね?」
「うん、ずっと思ってた……前にそれを訊いたら、役に立てるようになれ……って言われたけど、あれって答えになってないよね」
「そうだね、ぜったい誤魔化されてるよね、私たち」
それに、気付いていない訳ではなかった。いや、当の昔に気付いてはいた。だが、彼女たちは敢えて座視していたのだった。しかし親しい者の葬儀にすら出してもらえないという現実を体験させられた今、その理由について明確な説明が無い事に疑問を抱かずには居られなかったのだ。
「もう一度訊いてみよう。どうしてお爺さんのお葬式に出させてくれなかったか」
「……このままじゃ、納得いかないからね」
二人は屋根裏を出て、いつもとはルートを変え……直談判をするつもりで、アルバートの執務室の真上に向かった。
(ここだね……)
(ん? 待って、誰かと喋ってる)
天井板を少しずらし、二人は上から部屋の様子を覗き見た。そこには、アルバートと……一人の黒尽くめの男が立っていた。
「なかなかの上首尾だったな……些か薬の回り方が早い気がしたが」
「ご心配には及びません……あの年齢ですから、いつ心臓発作が起こっても不思議ではありません」
二人は確かに聞いた。薬、そして心臓発作という二つの言葉を。
(薬で、心臓発作って……)
(じゃあ、お爺さんは……病気じゃなくて……)
思わず声を出しそうになり、二人は慌てて口を噤んだ。そして、アルバートが何やら目の前の男に袋を手渡し、その中身を確かめると、男は満足げに笑ってそれを懐に収め、帽子で顔を隠すような仕種をして部屋を出ていった。
(こ、殺し屋だぁ!)
(お爺さんは……殺されたんだ!)
想像を遥かに越える現実を目の当たりにした二人は、暫くその場を動けずに呆然としていたが……そうしている間にアルバートがベルを鳴らし、駆けつけた執事にお茶を注文していた。そしてまた暫く様子を見ていると、自分たちの母親であるナディアがティーセットを持って執務室に入ってきた。
(あ、ママだ)
(ママがアルバートのお気に入りだっての、本当だったんだ)
カップにお茶を注ぎながら、ナディアが何やらアルバートに話し掛けていた。天井裏の二人は、必死にその会話に耳を傾けた。
「落ち着かれましたか?」
「うむ、葬儀もひと段落……疲れたが、何とか片は付いたな」
「これで、良かったのでしょうか……」
「……隠し子の事が露見した今、父はその処分を迫ってくるに違いなかった。あの子達を守るには……ああするしかなかったのだ」
殺しの事を、ママも知っている……ママもグルになってたんだ……と、二人は『オトナ』に対する不信感を抱かずには居られなかった。だが、待て? 『隠し子』って何の事だ? と、新たな疑問が二人の頭の中をよぎった。
「だが、これで双子の秘密を知る者は居なくなった。心配の種は何一つなくなった訳だ」
「それは……そうですが」
双子の秘密……という言葉を聞き、テルシェとリディアは互いに自分達の事を指差し『私たち?』という感じで目線を合わせた。
「あの子たちは一生涯、出生の秘密を知る事を許されない……我が子ながら、哀れに思えます」
「言うなナディア。テルシェとリディアは確かに私たちの子だが、『クロムウェルの子』であってはならんのだ……私とて辛いのだ」
ナディアの嘆きに応じる格好で紡がれたアルバートの言葉を聞いて、テルシェとリディアは驚き、再び目線を合わせた。
(いまアイツ……なんて言った?)
(私たちが……アルバートの……子?)
(あっ、リディア! あれ……)
(……!!)
眼下で会話が途切れたかと思うと、おもむろにアルバートがナディアを抱き寄せ、抱擁からキス、そして着衣を乱してのラブシーンへと淀みなく進む様を披露していた。その一部始終を目撃したリディアとテルシェは、怒りのあまりに声を失い、そして程なくその場を離れ、屋根裏部屋に戻っていった。
「あの二人は、ああやって裏でくっついて……それで生まれたのが、私たちなんだね」
「アルバートには、シンシアって奥さんが居る。ママはアルバートの奥さんじゃない……これってホントはいけない事だよね?」
「で、私たちがアルバートの子だってバレたら、大騒ぎになる……だから私たちは、ずっと隠されてきたんだ」
「これがオトナのやり方なんだ。都合の悪い事は隠して、表では知らん振りしてニコニコしている……」
自分たちの出生の秘密を知った二人は、徐々にその心の内に怒りの感情が湧き上がってくるのを感じていた。そして、自分たちと親しかった老紳士を殺害した犯人が被害者の実の息子であり、その動機が自分たちの過去の過ちを揉み消すためである事も併せて知る事になった。この事実は、リディアとテルシェが両親を憎む切掛けとしては充分すぎた。
「『私とて辛い』……? よく言うよ、イザとなれば私たちだって、平気で殺すんでしょうに」
「冗談じゃない。生まれがどうだろうと、ぼく達にだって生きる権利はあるんだ……ぼく達は人形じゃない」
二人の目が妖しい輝きを湛えた。今度は自分達が、あの者たちを謀る番だと。そして知り得た事実を胸に秘め、彼女たちは今まで以上に文献を読み漁り、知識の吸収に努めた。復讐のため、そして自分達が生き残るために、爪を研いでいたのだ。
そうして更に数年の月日が過ぎ去り、彼女たちは『子供』から『少女』へと成長していた。
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