§8

「アルバート様」

「……!!」

 背後からの声に驚いた彼が振り返ると、そこには見事に成長した双子の姉妹が立っていた。

「お、お前たち……何を?」

「いつか、アルバート様は仰いました。正当に扱って欲しければ、役立って見せよ……と」

「私たちも、こうして大きくなりました。お屋敷のお役に立てる機会を与えてください」

「むぅ……」

 アルバートは、見事に成長した娘達を改めて目の当たりにし、感動していた。表沙汰にはできなかったが、確かに彼女達に対する愛情はそこに存在していたのである。だが、それを悟られる訳には行かない。あくまでも威厳を保ちながら、過去の自分の発言に責任を持つ……といったスタンスで、彼は彼女たちの申し入れを認める事にした。

「よかろう、家事見習いから始めるが良い……と、その前に、身なりを何とかしろ。まず風呂に入って来るんだ。服は用意させる」

 そう。彼女たちは相変わらずのボロ着を身に纏ったままの姿であったため、その格好のままで屋敷の中をウロウロさせる訳には行かなかったのだ。

「リディア、やっと外に出られたね」

「そうだね、テルシェ。長かったね」

 彼女たちが今の年齢になるまで屋根裏で息を潜めながら我慢してきたのには、理由があった。一つは知識を充分に蓄積して、いつ屋敷の外に出されても困惑しないようにするため。そしてもう一つ、体力・体格が原因となるハンディで不利にならぬよう、身体が大きくなるのを待っていたのである。

 ともあれ、二人はこれまでに無いぐらい丁寧に自らの身体を手入れし、ピカピカに磨き上げて浴室を出た。すると、脱衣場には下着からエプロンに至るまで、全ての衣類が用意されていた。恐らくはアルバートの手配によるものだろう。

「んー……」

「下着はともかく、服までがピッタリのサイズなのは……この際、突っ込んじゃいけないのかな?」

 そう。二人は身長などのデータを調査されずに衣服を用意されたのだが、何故かそのサイズがピッタリだったのである。些か気味の悪さを覚えながらも、二人は主――アルバートの前に顔を揃えた。

「アルバート様、身なりを整えて参りました」

 ほう……と、まずは磨き上げられたその姿に、アルバートは注目した。なるほど、これは埋もれさせておくには惜しい美貌である。しかし彼は表情を緩めたりはせず、厳しい口調で、まずは厨房内で皿洗いを手伝えと彼女たちに命じた。今まで屋根裏で過ごさせていた二人を、いきなりフォーマルな場に出す訳には行かないと考えたからである。

 因みに、アルバートの心中には既に、彼女達の存在を秘匿しようだ等という考えは微塵も無かった。それどころか、彼は公の場で二人と接する事が出来るようになった経緯に、喜びすら感じていたのである。

「やっぱ、下働きからスタートだね」

「それは仕方ないよ、初めてだもん」

 経験の蓄積という言葉が理解できない二人ではない。まずは様子見、全体の雰囲気を知った後で下克上を行っても遅くは無い。と言うより、二人にはこの家でのし上がろうと言う思考自体が最初から無かったのだ。

「ねぇ、テルシェ」

「何?」

「いつまで、アルバートに『様』を付けなきゃいけないワケ?」

「この屋敷に居る間は、仕方がないよ。規則と思って諦めよう」

 そう言って、彼女達は目の前の食器類と格闘を始めた。と、そこへナディアが通り掛かり、驚いたような表情を浮かべながら呟いた。

「まさか、貴女たちまでが、ここに来るとは思わなかった……」

「自分の食い扶持は自分で稼ぐ、それだけの事よ」

「いつまでも、おんぶに抱っこじゃ格好が付かないからね」

 冷たく言い放つと、彼女たちは目の前の仕事に取り掛かった。もはやナディアを母親として見ていないという事であろうか。とにかく、一刻も早く復讐を遂げ、この家を出て行く……二人にとっての最優先事項は、まさにそれであった。

(で? アルバートとママに対する仕返しは、いつやる?)

(慌てないで……まだ早いわ。もう少しこの状態が安定して、向こうが安心しきってからよ)

 そう、相手の喉元に喰らい付くには、まず安心させる必要がある。その機会を待って、二人はクロムウェル家の下働きとしてその真意を偽りながら、主であるアルバートと、その家族に仕える『ポーズ』を始めた。この時、二人は12歳となっていた。

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