§9

「あら、見掛けない顔だけど……?」

「お初にお目に掛かります」

「新しく入った下働きの者です、御用があれば何なりとお申し付け下さい」

 ある日、廊下のモップ掛けをやっていた双子を、珍しく邸内に居たシンシアが見付け、声を掛けていた。

「ふぅん……ま、しっかり頑張りなさいな」

「はい」

 二人が揃って返事をすると、シンシアは使用人の顔になど興味はないと言った風に、そっけなくその場を立ち去った。

(……向こうは、ぼく達の顔を知らないんだね)

(そりゃそうだよ、私達はあのオバサンの前に顔を出した事ないもん)

 小声でやり取りを済ませ、二人は何食わぬ顔で掃除の続きに掛かった。何しろ、まだ見習いという事もあって、影から先輩メイドが見張っているのだ。今の会話の内容を聞かれたら、大目玉を食らうところである。

 と、今度はそこに、ルーファスが友人を連れて外出から戻ってきたらしく、玄関先で待機していたメイドに先導されながら歩いてきた。彼は歩きながら、そのメイドに飲み物と菓子を用意するように指示を出していたが、モップ掛けを中断して廊下の隅に避け、道を空けつつ気をつけの姿勢で立っていた双子の前で立ち止まり、ん? というような顔で二人の顔をジッと見つめた。

「お、お前達は!?」

「……お久しゅうございます、ルーファス様。リディアとテルシェです」

「このたび、下働きとして御奉公をさせて頂く事になりました……宜しくお願いします」

 その二人の小さなメイドが、かつて喧嘩をした薄汚い双子だと分かると、ルーファスは一瞬驚きの声を上げたが、ふぅん……と言った感じで二人を一瞥し、ニヤリと笑った。そして下手に出るしかなくなった双子の方は、無表情を装いながらも、コイツにまで『様』を付けなきゃならないのかと、内心で舌打ちをしていた。

「よし、テルシェ。お茶はお前が運んで来てくれ」

「る、ルーファス様! 彼女はまだ見習いです、失礼があっては……」

「俺が良いと言っているんだ。構わないから、彼女にやらせるんだ。いいね?」

「はっ、はい……!」

 思わず割って入る先輩メイドをルーファスが制し、更に彼は強引にテルシェを指名した。テルシェはあくまで無表情を装いながら、更に細かい指示を仰ごうとした。

「……かしこまりました、ルーファス様。お飲み物は何を……」

「細かい指示は彼女に聞いて。お前はそれを運んで来るだけでいい。いいかテルシェ、一人で運んで来るんだぞ?」

「……はい」

 そして、指名されなかったリディアはそのままモップ掛けを続行、テルシェは先輩メイドに指導されながらお茶の用意をする事になった。ティーセットはワゴンの上に乗せられ、茶請けのケーキと一緒に運べるように用意された。

 不愉快さを強引に押し留め、表情を隠しながらティーセットの乗ったワゴンを押して応接間に向かうテルシェを、モップ掛け作業を続けているリディアが呼び止めた。

(引っ叩いちゃダメだからね?)

(大丈夫、まだ本領発揮には早い。分かってる)

 あまり長く立ち止まっていると先輩メイドが怪しむので、二人はいかにも『心配して声を掛けた』感じを装って短くやり取りを済ませた。そしてリディアに向かってニッコリと微笑んで見せると、テルシェはキリッと表情を引き締め、再びワゴンを押し始めた。

「失礼します、お茶をお持ち致しました」

 応接間のドアを軽くノックし、注文の通りにティーセットを運んできたテルシェに、ルーファスとその友人一同の視線が集中した。客は二人居たが、そのうちの一人が物欲しそうな目付きで彼女に注目していた。

「なぁお前、なかなか可愛いじゃないか。どうだ、今度外で会わないか?」

 あろう事か、その友人はテルシェをデートに誘ってきた。が、彼女はいかにも仕事に集中しています、といった雰囲気の演技を続け、全く取り合わなかった。その様子を見てカチンと来たのか、彼はテルシェの肩を掴んで無理やり振り向かせようとした。

「無視する事はないだろう? なぁ、どうなんだい?」

「おいおい、彼女はうちのメイドだぞ? 手を出さないでくれよ。父上に叱られるじゃないか」

 意外にも、ルーファスが強引な態度に出そうになった友人を制止し、その場を収めた。恐らくは彼の手助けがなくとも、彼女の意志でその誘いを振り切る事は出来たであろうが、ここはルーファスに華を持たせてやる事にし、テルシェはあくまで冷静に仕事に集中した。そしてティーセットの配置を完了させると、丁寧に一礼して応接間から退出し、事なきを得た。

(ふぅん……あの物乞い同然だった薄汚い娘が、見事に化けたもんだ……ククッ、これからは頻繁に呼ばせてもらうぜ)

 かつてのイメージを払拭し、美しく成長した双子をすっかり気に入ったルーファスは、彼女達に対して邪な意識を持ち始めていた。つまり、『男性として』彼女達に迫ろうと考えていたのである。

 一方、鋭い眼力でルーファスの企みを見抜いていたテルシェは、廊下に出た途端に表情を崩し、嫌悪感を露わにしていた。

(冗談じゃないよ、お坊ちゃま……アンタなんかに懐柔されるほど、甘くないってのよ。出直しておいで!)

 しかし、初対面であったルーファスの友人に口説かれたという事実は、テルシェの女としての本能に、微かではあるが刺激を与えていた。この事によって、自分には……いや、同じ容姿を持つ自分たち姉妹には、異性を魅了する力が既に備わっている……と自覚するに至った彼女は、薄ら笑いを浮かべながら厨房へと引き返していった。


********


 やはりと言うか……その一件以来、ルーファスは頻繁に双子を呼び付け、自分の身の回りの世話をさせるようになった。どちらかと言うと、髪をセミロングにしているリディアよりも、ボーイッシュなテルシェの方が彼の好みに合っているらしく、呼び出される頻度も彼女の方が高かった。

「テルシェ、ルーファス様のお部屋にお茶を持っていってくれ。アールグレイのミルクティーだ」

「……はい」

 またか……という感じで、テルシェは苛立った感情を押し殺しながら無理矢理に笑顔を作り、執事から受けた指示を淡々とこなした。

「すっかり気に入られたね、テルシェ」

「ホント……でも、どうせならもっと、いい男に気に入られたいもんだよ」

 見送るリディアに苦笑いを浮かべながら、テルシェはティーポットの前に置いた砂時計を眺めた。既に自分の実力……というか、魅力に気付いている彼女は、最早ルーファスなど相手にならない、と高を括っていた。しかし、リディアは……

「……今度はリビングじゃなく、アイツの個室だよ。気をつけて」

 そう、頻繁に呼び出されてはいるのだが、彼女達はいつも冷静に仕事だけをこなし、ルーファスの私情や口説き文句には一切耳を貸さずに、冷たい女としてのイメージを植えつけ続けてきた。が、逆にその事が彼の欲望に火を付けているのか、彼のモーションは段々と激しさを増してきていた。リディアが思わずテルシェに忠告をしたのも、実は彼が暴走するのも時間の問題……と予感していたからである。

「ん、平気……いつものように、軽くいなしてやるわ」

 テルシェは自信たっぷりに笑みを浮かべると、シルバーのトレイにティーポットとミルク、それにシュガーポットを乗せて厨房を出た。

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