§11
夕方になって、漸くセリアとキャンディスが帰ってきた。途中で買い物をしてきたのか、出発の際には無かった紙袋が幾つかその手に提げられていた。
「どうでした?」
「どうもこうも、なぁ。取り付く島もねぇよ、ありゃあテコでも動きそうにないぜ」
「そう、ですか……」
セリアからの報告を受けて、エイミとヴァネッサはガクッと肩を落とした。しかし、彼女たちにとっても、これはまだ想定の範囲内。予想できていた事である。
「そういやキャンディス、手紙を預かってたよな?」
「あ、そうでした……はい、これ。お友達からでしょうか」
「私に? 有難うございます、キャンディスさん」
受け取った手紙に目を落とすと、ヴァネッサは顔を綻ばせた。どうやら、仲の良い友人からの便りであるらしい。このようなタイミングであっても……いや、だからこそ。やはり友達とのやり取りはホッとするのだろう、視線を泳がせながらソワソワとしている。
「クスッ。では、お食事の支度が整いましたら呼びに来ますね」
「そういう訳ですから……セリア、行きますよ」
「あ、あぁ……邪魔したな、ゆっくり読んでくれ」
セリアは、スラムで生まれ育ったという事情からか、幼馴染や郷里の友達というものが存在しない。当然と云うか、こうしたやり取りも体験した事が無いので、羨ましいのだろう。ヴァネッサが大事そうに押し抱いている手紙をジッと見つめ、暫し放心していたようだ。同じ『独り』であっても、この辺がリネットと異なる部分として、人格形成に影響しているようである。
「……見たか? あの嬉しそうな様を」
「私も、友達に手紙書こうかな。暫く会ってないし」
「キャンディスは良いよな、一番話したい奴がすぐ近くに居るから」
「もう、からかわないでください!」
と、廊下に出た三人は声を潜めて会話をしていた。が、まだドアの前に立ったままだったので、小声であっても室内のヴァネッサに声が届いてしまう。それでは気を遣って退出した意味が無いだろうと、彼女たちが小さく笑いあった、その時。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然、部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。声の主は勿論、ヴァネッサである。
「どうした、ヴァネッサ!」
いち早く部屋に飛び込んだセリアが、その名を隠すことも忘れて叫びながら、ヴァネッサに駆け寄った。見れば彼女は、顔面蒼白になってガタガタと震え、手紙も取り落していた。
「……お手紙ですね? 一体、どんな報せだったのですか?」
「け、結核……って、確か……」
「――!! あの、不治の病と言われる……!?」
そう。ヴァネッサのもとに届いたのは、死期を悟った友達からの最後の便りだったのだ。重大な感染症であるために隔離され、それゆえに直筆という訳にはいかなかったのだろう。差出人は友達――クラリスとなっていたが、母親が代筆したのだという事が、末尾に記されていた。
「もう、長くないって事か……?」
「まだ間に合うかも……行ってあげて!」
エイミの叫びは、ヴァネッサの胸を打った。が、しかし。いま彼女は、リネット・クリフォードとしてここに居る。外出が長い期間に亘るとなれば、メイヤーおよびメイスの許可が必要になる。そのような手続きを取っている時間は……無いだろう。
「ラティーシャに頼めば、メイヤーは何とかなるだろう。しかし……」
「メイス様は今、お出かけになったまま。いつ戻るかは、聞いていません」
「……本物のリネットを、呼び戻すしか無いでしょう」
三人の意見は合致した。その様を、ヴァネッサはオロオロとしながら見守っていた。しかし、時を移せば、クラリスには二度と会うことが出来なくなってしまう。最早、選択肢は無いに等しかった。
「――私、行きます」
既に夕刻を過ぎ、空には星が瞬く時間となっていた。当然、表門は閉ざされていて、外出する事はできない――のだが。彼女たちには、強力な助っ人と、裏技が存在した。そう、ダニエルとバーナードである。
厨房を抜け、倉庫に出れば、そこには納入業者の通用口がある。そこならば、ダニエルの裁量ひとつで通行はどうにでもなる。夜道の護衛には、バーナードが適任であろう。
「大勢で抜けると目立つから、見送りは……元気でな、ヴァネッサ」
「有難う、セリア。また逢えたら、いっぱいお話ししましょうね」
「急いだ方がいい、あの旦那に知れると厄介だ」
「そうですね。じゃあお願いね、バーニィ」
任せろ! と胸を叩くと、バーナードはヴァネッサとエイミを護衛しながら、街明かりの方へと消えた。その姿を、ダニエルたちが見守っていた……が。
「……戻ってくると思うか?」
「正直、ムリだと思うよ。ケツ引っ叩いたって、イエスとは言わないだろうね。アイツは」
「でも、ヴァネッサさんには時間が残されてないんです。友達の最後を看取れなかったら……生涯、後悔すると思います」
そうなんだけどねぇ……と、ダニエルは溜息を吐いた。セリアも、天を仰ぎながら何か呟いていた。全ては、リネットを説得出来るかどうかに懸かっている。が、それが何よりも難しい事なのだと、三人ともが理解していた。
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