§3

 あれから6年の歳月が流れた。産まれた双子の女児はその扱いの低さに耐えてたくましく育ち、並みの子供を遥かに凌ぐ身体能力を誇り、屋根裏部屋から雨樋を伝って庭に出るなど朝飯前、その機敏な動きを利用して厨房から食材を失敬することも度々あった。

 彼女たちは美しい容姿を持っていたが、水浴すら侭ならないという不便さが災いしてその身体は垢と埃にまみれ、悪臭を放っていた。折角の容姿もその汚れに隠され、彼女たちの評価を更に低くする要因となっていた。が、彼女たちはそんな周囲の目など気にせず、実にのびのびと、自由奔放に育っていった。満足な教育を受けられないために読み書きすら出来ないという有様であったが、屋根裏から使用人たちの会話を盗み聞きすることで、喋る事だけは出来るようになっていた。しかし、愚痴や陰口などを多く聞いて育ったためか、年齢の割には屋敷の裏事情に精通し、しかも言葉遣いはかなり粗暴なものであった。

「リディア! 今なら誰も見てないよ、早く!」

「あん! 待ってよ、テルシェ」

 姉妹は周囲の目を盗み、こっそりと屋敷の庭に出て遊んでいた。が、折悪く、そこにルーファスが現れ、姉妹の姿を見つけてしまった。

「何か匂うと思ったら……お前らか。こんな薄汚い奴らが、どうして屋敷の中をウロチョロ出来るんだ? ハッキリ言って目障りだ、出て行ってもらいたいね!」

「……たまたま金持ちの子供に産まれたってだけで、偉そうにしないで」

「そうだよ、私たちだって好きでこんな暮らしをしてるんじゃないんだからね」

 姉妹は真正面からルーファスを睨み付け、その横柄な態度に対して反抗した。が、流石に正当な後継者である彼はあくまで強気に出ていた。

「何だよ、その目は……僕に逆らおうっての? 父様お気に入りのメイドの子かなんか知らないけど、お爺様に言いつければ、お前らなんか簡単に追い出せるんだからな!」

 その発言にカチンと来たリディアは、元々母親の事を快く思っていない事もあって、更に反抗的な態度に出ていた。

「ママは関係ないじゃない、産んでくれだなんて頼んじゃいないんだから。言っておくけど私たち、アンタなんかちっとも怖くないからね」

「い、言ったな!? ほ、本当に言いつけるぞ、知らないぞ!?」

 リディアの勢いに押されて、ルーファスは既に逃げ腰になっていた。そして更に、追い打ちを掛けるようにテルシェが加勢した事で、形勢は完全に逆転してしまった。

「いいよ、告げ口したければ、好きなだけすれば? おじい様ぁ、ボク女の子にケンカで負けちゃったよぉ~、ってさ」

「くっ……! ふん! ろくに風呂にも入れないくせに! 臭くてたまらないぜ、気分が悪いや!」

 ジリジリと距離を詰めてくる二人に対し、ルーファスはやっとの事で捨て台詞を残し、去っていった。そのあと数秒置いて、事の一部始終を物影から見ていたアルバートが、いかにも『今みつけた』ような素振りで二人に近寄って来た。

「お前たち! 昼間は庭に出てはいけないと、あれほど言ってあっただろう!」

「……なんでなの? どうして外に出たらいけないの?」

「そうだよ、どうしてコソコソ隠れるように暮らさなくてはダメなの? それを教えてよ」

 矢継ぎ早に食って掛かる二人を見て、困ったような表情を見せた後、アルバートは二人を見下ろすように見据え、ゆっくりと口を開いた。

「住まわせてやっているだけでは不満か?」

「それ! その『住まわせてやっている』ってのが嫌なの!」

「そうだそうだ! 何なのよ、偉そうに!」

「黙れ!!」

 ギャンギャンとまくし立てる姉妹に一喝し、その威圧感で二人を黙らせると、アルバートは子供にはまだ難しいだろうと理解しながらも、姉妹に説教を始めた。

「この世の中にはルールがある。誰かの役に立つ事が出来れば、礼が貰える。それは分かるな?」

「…………」

「この家の使用人たちも、この家の手伝いをする代わりにお金を貰って、それで暮らしているんだ。お前たちの母とて同じだ、その母の稼いだお金で暮らしている以上、お前たちは『住まわせて貰っている』と言われても、文句は言えんのだ!」

 切り捨てるように放たれたその台詞に腹を立てたテルシェは、あらん限りの虚勢を張って異議を申し立てた。

「ちょっと待って! ルーファスは何なの? あいつだって働いてないじゃない、役に立ってないじゃない!」

「彼は、これから役に立つのだ。この私の後継者としてな。だから今は免除して、育ててやっている。それだけだ!」

 これが生まれの差か……という事を、幼心に理解したのか。姉妹は歯を食い縛り、悔しさに耐えた。

「いいか? 正当に扱って欲しければ、まずは役に立てるようになれ。そうなれば話も聞いてやろう!」

「……いま言った事、覚えてなさいよ!」

 テルシェはギロリとアルバートを睨み、地面に唾を吐いて去っていった。そしてリディアも、同様に彼に対して憎しみの眼差しを向けつつ去っていった。

 アルバートは二人に対して申し訳ないと思いつつも、他にどうする事も出来なかったのだ。出来るならば、今すぐに素性を明かして二人を抱き寄せてしまいたい。だが、それはナディアとの秘密を暴露する事に繋がるため、叶わなかった。家のため、そして無用のトラブルを避けるためにも、彼は彼女たちに辛く当たるしか無かったのである。

「旦那様、いかがなされました?」

「ん? あぁ……何でもない、少し考え事をしていただけだ」

 姉妹の姿は既になく、アルバートは一人、庭の片隅に立ち尽くしたまま暫し呆けていた。そこに執事が通り掛かり、その様を見られてしまったのだ。

「シンシアはどうした?」

「奥様は先程、馬車を呼んでお出掛けになられました」

「そうか……」

 ふぅっと空を仰ぎ、彼はそのままの格好で執事に指示を出していた。

「すまないが、少し書斎に篭るよ。夕食はサンドイッチとスープを……それと、食後にお茶を持って来させてくれ」

「はい……分かりました」

 そう指示を出すと、アルバートは執事に背を向けた。

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