§4
「ねぇテルシェ、今度は何処に行くの?」
「そうだね、何処から抜け出そうか?」
今日もまた、テルシェとリディアは屋根裏を抜け出そうと画策していた。元々二人は、なかなか自分達の所に寄り付かないナディアの事を快く思っては居なかったし、アルバートは単に頭ごなしに自分たちを叱りつけるだけの存在でしかなかったから、素直に言う事を聞こう筈も無かったのだが……特にリディアの方は、意図的に反抗的な態度に出ようとする向きがあった。
「昨日はここの庭に出たら、すぐにルーファスの奴に見付かったから……」
「今日は裏庭の方に出てみよう!」
と、二人は昨日とは違う通風孔からの脱走を企て、梁の上で器用に身体の向きを変えて、別の出口を目指した。四つん這いの格好ながら、順調に歩を進め、慣れた足取りで天井裏を伝っていく。が……
「キャ!!」
「な、何!?」
先を行くリディアが、いきなり目の前を横断したネズミに驚いて悲鳴を上げ……そして思わずバランスを崩し、天井の梁から足を踏み外してしまった。
「わあっ!!」
「あ、危ないリディア!! 掴まって!!」
腕の力だけで梁にぶら下がっているリディアを助けようと、テルシェは何とか手を伸ばそうとした。しかしリディアの足は既に天井の板を踏み抜いて、下にある部屋に胸元まで晒した格好でぶら下がってしまっていた。
「……な、何じゃ?」
そのほぼ真下に居た男――と言っても、白髪に髭を蓄えた、サンタクロースを髣髴とさせる老人であったが――彼は、唐突に目の前にぶら下がってきた子供の身体を見て、暫し目を丸くしていた。が、頭上から聞こえてくる悲鳴を聞いて状況を把握すると、やれやれと言った感じで腰を上げ、必死に這い上がろうとしているその子の方に近寄って行った。
「大丈夫かね? 元気が良いのは結構な事だが、女の子がそんなはしたない格好を晒すのは感心できんな」
「え……?」
唐突に下から声を掛けられ、リディアは驚いて声を上げてしまった。
「ほれ。無理に上がろうとすると、板の棘で怪我をするぞ。支えてあげるから、降りてきなさい」
「あうぅ……」
普段なら威勢よく反抗する彼女であったが、今の状況では逆らう事も出来ない……と、諦めて足元からの声に従う事にして、その声の主に身体を預ける格好で階下に着地した。
「リディア、大丈夫!?」
「私は平気……」
「ほれ。そっちの君も、降りてきなさい。今、梯子を掛けてあげるから」
庭木の手入れに用いる大型の梯子を室内に持ち込んで、残されたテルシェのためにと、謎の老人はリディアが開けた天井の大穴から降りるための進路を作ってやった。この人は一体、誰なんだろう……と、双子の興味は一気にそちらに向いた。
「大旦那様、いま大きな音が致しましたが、何かあったのですか?」
「何でもない、大丈夫だ」
「いや、しかし……」
「何でもないと言っただろう。用があれば呼ぶ、持ち場に戻りなさい」
「は、はい……」
ドアの外から声を掛けてきた、警護の者と思われる男性を遠ざける『大旦那』と呼ばれた老人。彼こそ、この屋敷の先代当主、ボールドウィン・クロムウェル……その人であった。彼はゆっくりと双子の方に向き直ると、彼女たちに対しての第一声を掛けた。
「ほぉ……これはまた、かわいらしい泥棒さんじゃのぉ」
「ど、泥棒なんかじゃない!」
「そうだよ、私たちはこの家のメイドの子だ!!」
その発言を聞いてボールドウィンは、あぁ、そういえば数年前、使用人が私生児を産んだと言う話を聞いた事があるな……と、朧げながらに思い出した。だが、どういう訳か、彼がその姿を見たことは、今までに一度もなかったのだ。
「メイドの子が何で、コソコソと天井裏を這うような真似を?」
「だって、お屋敷の中を歩くと怒られるんだもん」
「使用人の子は、屋根裏でじっとしてなさい! って」
はて、ワシはそんな事を言った覚えはないが……? と、ボールドウィンは首を傾げた。使用人とて人権ある一個人。屋敷で働く以上、ある程度の品位と教養は付けさせる事にしていたが、その私生活にまで厳しい規則を設けた覚えは無かったからである。
(この二人、恐らく……ただの私生児ではない……な)
流石に名門クロムウェル家の元当主、その眼力に狂いは無かった……が、彼女たちには何の罪も無い。実に無邪気な、愛らしい女の子たちである。
(この子達の素性を洗う事は容易だが……そんな無粋な真似はするまい)
とにかく、この二人をもっと自由に過ごさせてやりたい……彼の思いはその一点に尽きていた。
「ふむ……分かった、安全な出入り口を作っておいてあげよう。これからはこの部屋から、あの庭に出るといい」
「え……!?」
「あの庭は、この部屋専用に作らせた、ワシのプライベート・ガーデンじゃ。外部から覗かれる事もないし、無論、誰も入っては来ない。安心して遊んで大丈夫じゃ」
ニッコリと笑いながら、ボールドウィンは二人に敵意が無い事をアピールした。だが逆に、リディアとテルシェの二人は、何故そこまでしてくれる? と不思議に思っていた。
「お爺さん、何か企んでない?」
「アルバートのおじさんと、グルとか……」
その一言を聞いて、ボールドウィンは『やはりアルバートが、何らかの圧を掛けて居ったか……』と見抜いていた。だが彼は、そのような心の内は一切表情には出さず、おどけて見せた。
「ほっほっほ!! 子供がそこまで疑り深くなるようではいかん!! もっと素直になりなさい。それにのぅ……」
「……それに?」
ボールドウィンはわざとらしく眉間に皺を寄せ、真剣な表情を作って双子を呼び寄せ、耳打ちをするように話し掛けた。
「ワシも、アルバートの奴とは仲が悪いんじゃよ。だから、お前さん達の事は絶対にあいつには言わん。ルーファスにも、な」
単純な台詞であったが、逆に分かりやすいその一言は、彼女たちを一気に安堵させた。
「いいか? あの天井の出入り口は、わしらだけの秘密じゃ。いいね?」
「うん!!」
ここに来て、二人は初めて子供らしい、年齢相応の笑顔を見せた。その笑顔を見て、ボールドウィンは思わず顔を綻ばせた。
「……さて、とりあえず。あの大穴を塞がない事にはのぉ」
「あぁん、まだ直しちゃだめぇ!」
「私たち、帰れなくなっちゃう!」
「ほっほっほ……大丈夫じゃよ、お前さん達が帰った後の話じゃ」
新たな孫ができた様な喜びを、彼は隠さずに居られなかった。そのときの彼はまだ、その双子が自分の本当の孫に当たる事になど、まったく気付いていないのであった。
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