§2

「あーあ、つまらなそうな男だったなぁ。何でアタシのトコには、あんなのしか集まって来ないのかねぇ」

「また、破談になったんですか?」

「人聞きの悪い事を言うんじゃないよ、アタシの方で客を選んでるんだから」

 今日もセリアは商談に失敗し、残留が決定していた。そんな彼女を、相変わらず……といった顔で見ながら、キャンディスは苦笑いを浮かべていた。

「キャンディス、あんた幾つだっけ?」

「何です? 藪から棒に。今年21になりましたが、それが何か?」

「ふぅん、アタシより年上なんだな。そうは見えないけどな」

「童顔だって、普段から言われてますからね……それよりセリアも、もうすぐ誕生日でしょう? お祝いをしなくちゃですね」

 キャンディスはベッドメイキングをしながら、セリアはボーっとした感じで天井を仰ぎながら、対話をしていた。これもまた、彼女達にとっては、ありふれた日常のひとコマだった。

「いいよ、祝いなんて。それより、16かぁ……嫁にいける年齢になっちまうんだなぁ」

「お嫁に行くには、まず相手を探す必要があるんですよ?」

「あー……そうだったな。で、キャンディス。そういうアンタには、当てはあるわけ?」

「まさか……私みたいな地味な女、こっちから頼まなければ殿方は振り向いてくれません……よ、っと!」

「ふぅん……あー、だりぃ。嫁、かぁ……誰か、アタシを掻っ攫っていってくれないかなぁ」

 その会話の内容に意味など無かった。彼女たちは時として、スーッとその時が通り過ぎれば忘れてしまうような、そんなノリで話をする事が多かった。今の会話も、ベッドメイキングが終わる頃には忘却の彼方。だが、二人はそんな日常が好きだった。

 ……と、その時。部屋のドアをノックする音が聞こえた。それに応じてキャンディスが出ていくと、そこにはメイヤーが立っていた。

「セリア、また君は商談を台無しにしたね。一体どういうつもりなんだい?」

「アタシは、自分で納得できる人生を送りたいだけ。そのために抵抗するのが、そんなにいけない事なのかしら」

「君の行動は、この少女館の信頼を貶めている。今日はそれを言いに来た」

 メイヤーの説教を聞いて、もうウンザリ……といった表情で、セリアは顔を背けた。元々彼女たちは、自分の意志で少女館に集まってきた訳ではない。よって、商品である彼女達にも納得のいかない商談は断る権利が備わっている。が、顧客の目の前であからさまに嫌そうな態度を取り、自ら品位を低く見せるという、彼女のやり方には些か問題があるのだ。

「……何が気に入らないんだい?」

「別に? ただ、アタシはもっとワイルドで若い男が好みなんだ。そのぐらい、選ぶ権利はあるだろ」

「セリア、『少女館』は結婚相談所ではない。お婿さん探しは新たなご主人の元でやっても差し支えは無いんだよ?」

「ここの売りは、買い手が上流の人間だってだけで、結局その後は召使いか、性の玩具か……そんなもんだ。たまに縁談が決まる事もあるが、ごく稀だ。なら、人身売買と大差ないだろ。ま、あんたらみたいな特例もあるけどね」

「セリア……」

 こめかみを押さえながら、メイヤーは頭を左右に振った。そんな彼を見て、助手のラティーシャはオロオロとしていた。セリアは、そんな二人を交互に見比べながら、一人結論付けるように言い放った。

「だったら、せめて相手の年齢やルックスぐらいは、選ばせてもらってもいいじゃないか」

「……ラティーシャ、今の議事録は取らなくていい。こんな事、メイス様には報告できない」

 傍らで会話を記録していたラティーシャは困惑した。双方の言い分が理解できるからである。が、この場合はメイヤーに従うしかない。彼女は書いていた議事録のページを破り、屑篭に放った。

「セリア、君の理想を叶えることはかなり難しい。この少女館には色々な顧客がやって来るが、君の希望するようなタイプの顧客はなかなか現れないんだ。なぜなら、君たちにはかなりの価格が付いている。君も言った通り、上流の……富裕層のお客様が多いんだ。君の希望するようなタイプの男性は、こう言っては何だが、粗暴で裕福とは言いがたい層の人が多い」

「いいよ、アタシは待ち続けるからさ。確かここには、何歳になったら商品価値がなくなる……といった規則は無い筈だよね?」

「……今日の件は、顧客の意図にそぐわなかった……メイス様にはそう報告しておく。が、セリア。いつまでもその考えが通るとは思わないでくれ。こちらにも都合はあるのだからね」

「ハイハイ」

 セリアの口から発せられたやる気のなさそうな返答に呆れながら、メイヤーは退出していった。彼の助手であるラティーシャも、遅れまいとして後を追った。その姿を見ながら、キャンディスは溜息を吐いた。

「セリア、本当に売れ残るつもりなのですか?」

「言っただろう? アタシは理想的な出会いを待っているだけなんだよ」

「ワイルドで若い男性が……顧客として現れる機会が、どれ程あるとお思いですか?」

「さあね」

 お気楽過ぎる……と思ったキャンディスであったが、考えてみればセリアはまだ15歳。少女の域を出ない、これから人生の本番を迎える年齢である。焦ることは無いと思い直し、彼女は清掃道具を片付けるために退室した。

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