第三話『真のヒロインは』

§1

「メイス様、メイヤー……今までお世話になりました」

「新しい人生、存分に謳歌したまえ」

 一人の少女が新しい主となる男と一緒に、少女館を去って行った。そんな様子を、彼女はエントランスの上から眺めていた。ストレートのロングヘアをたなびかせ、切れ長の目を半開きにしながら、彼女は今まさに扉の外へ出ようとしている少女の後姿を気だるそうに見送っていた。

「……これで、同じ頃に入ってきた奴は誰も居なくなったか……すっかり売れ残りって訳だねぇ、アタシは」

「貴女にだって、何度かお話が来たじゃないですか」

 呆れ乍ら応えるメイド、然もありなん。買い手が付きそうになるたびに不機嫌そうな態度を露にし、相手の気を損ねているのだから、毎度の如く売れ残ったとしても不思議ではない。尤も、それは少女――セリア自身が『買い手を選んでいる』為にやっている事なので、当然なのだが。

「こっちにだって、選ぶ権利ってもんがあるわ。気乗りしない話にホイホイついていくほど、アタシは馬鹿じゃないさ……ハァ、気が抜けちまった。キャンディス、お茶付き合ってよ」

「お付き合いするのはいいのですが……私にも仕事が」

「アタシに付き合うのがアンタの仕事だろ? つべこべ言わずに用意しな。あ、アッサムでお願い」

「……はい」

 わざと売れ残っているのは自分の勝手でしょう……という台詞を胸に仕舞い、セリア専属のメイドであるキャンディスは、茶の支度を整えるために厨房へと向かった。

「あら、アッサムの葉は……?」

「アッサム? あぁ、ごめんごめん。こっちで使ってたんだ。ひょっとして、セリアちゃんのお使い?」

「そうなんです、良くお分かりですね?」

「このお屋敷でアッサムを好むのは、セリアちゃんと、俺だけだからね」

 年の頃は20代後半といったところか。やや幼さを残す顔立ちに、似合わぬ口髭を生やした調理服姿の男が、茶葉の入った缶を持ってキャンディスに近付いて来た。彼は、名をダニエルと云った。

「ダニーさん、セリアとの付き合い、長いんですよね?」

「そりゃあ、あの子がこんなちっちゃな頃から知ってるからねぇ」

 昔を思い出し、ダニエルは思わず目を細めた。彼とセリアは、この少女館に来る以前からの知己なのだった。

「ホラ、早くいきな。セリアちゃん、待たされんの嫌いだからさ」

「クス……そうします。ダニーさん、また彼女の好み、教えてくださいね?」

「おうよ! ……ただし、内緒でな?」

「勿論!」

 悪戯っぽく笑みを交わすと、キャンディスはティーポットと茶葉を持って、厨房を出た。

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