§4

「待ってくださぁい……はぐれてしまいますよ、リネット!」

 確かに、人通りの多いこの街は、ちょっと目を離せば直ぐに連れとはぐれてしまいそうな混雑振りであった。実際、リネットを追い掛けるエイミも、必死について来ているといった感じであった。

「何をモタモタしてるのよ、置いていくわよ!」

「そ、そんな事いったって……あ、スミマセン! ゴメンなさい!」

 擦れ違いざまに人とぶつかり合いながら、彼女は必死に追い掛けてくる。そんな無様な姿を見て、すっかり呆れ果てたのか。リネットはスッと歩速を上げ、自分のペースで歩き出してしまった。冗談じゃない、気分転換のためにわざわざ外出したのだ。ドジなメイドのお守りのために、これ以上気分を害されてはたまらない。そう考え、後方から聞こえるエイミの叫びを無視して、彼女は更に歩速を上げた。気が付くと、視界からエイミの姿はすっかり消えていた。完全にまいてしまったようである。

「子供じゃないんだし、自分で何とかするわよね。疲れてきたし、もう暫く歩いたら帰ろうかな」

 呟いて、何気なしに周囲を見渡す。と、その時。我が目を疑うような物が視界に入り、リネットはそちらに向かって歩き出していた。彼女が今、注目しているもの……それは、一人の靴磨きの少女だった。リネットは目深に帽子を被り、顔を隠すようにしてその少女の目の前に置かれた踏み台の上に足を乗せ、反応を待った。

「あ、いらっしゃいませ!」

 薄汚れた顔を上げ、少女はリネットの方に向き直った。その顔をジッと見て、リネットは更に驚嘆の声を上げた。

「……こんな事って、あるのね……ねぇ、アナタ。アタシの顔を見て、どう思う?」

「えっ? どうって……え? えぇ!?」

 唐突に言葉を掛けられた少女は、慌てて声の主――リネットの顔を見上げた。最初は帽子とスカーフで顔を隠すようにしていた彼女が、その素顔を晒すと……次の瞬間、靴磨きの少女も驚いていた。それもそのはず、互いに鏡を覗いているかと錯覚するほど、二人の姿は似ていたのだ。

「私はここにいる……でも、私に話し掛けられて……!?」

「落ち着きなさい……って、ここまでソックリだと、驚くなと言う方が無理かもね」

 驚きを隠せないまま、二人は互いの顔を凝視した。『落ち着きなさい』と言ってはみたものの、リネット本人も未だに目の前にいる少女の姿を、幻ではないか……と疑っている程であった。

「ねぇ、アナタ……いつもここにお店を出してるの?」

「え? あ、はい……家がここなので」

 漸く落ち着きを取り戻し、先に口を開いたリネットの質問に、少女は背後の建物を振り返った。そこはレストランを兼ねた、小さな宿屋だった。主人夫婦の厚意で、格安で部屋を貸してもらい、そこに住んでいるのだという。

「しかし……見れば見るほど、ソックリ……」

「本当……これなら、入れ替わっても分からないですね、きっと」

「……!!」

 少女の口から放たれた何気ない一言を聞いて、リネットは自分が置かれている境遇を打破するためのアイディアを閃いた。

「……ねぇ、アナタ。お金持ちの生活に、憧れた事ってない?」

「え? それはありますよ。お金さえあったら、もっと美味しいものを食べて、綺麗なお洋服を着て……でも、そんな事……」

「出来るのよ、それが!」

「え!?」

 そう言ってリネットは、ニッコリと微笑みながら互いの顔を交互に指差した。

「……まさか!?」

「そう、そのまさか……よ」

 いきなりの展開に、少女は目を白黒させたまま、呆然としていた。が、やがて状況を把握すると、彼女は慌てて露店の靴磨き道具に覆いを掛け、リネットを自分の部屋に案内していた。ただでさえ目立つこの状況で、この先の相談を続ける事は危険だと考えたのだろう。

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