§7

 テレパシーの覚醒から、ラティーシャはそれまでハンディキャップによって内向的になっていた面を拭い去り、積極的に周りの少女たちとも会話をするようになった。理解を得るまでには時間が掛かったが、最初の一人と会話が成立した後は早かった。自ら筆談で説明するよりも早く噂が広まり、今まで会話のチャンスを逸していた少女達がワーッと寄って来たからだった。元々ラティーシャはポエムカードを書くなど、話術そのものには長けていたので、一躍人気者となった。

 難点は一気に複数の人と対話が出来ない事で、例えば両手に一人ずつ触れられても、どちらか片方にしか思考が流れないのだ。が、代表者がラティーシャからの思考を読み上げるというアイディアが出てからはその問題も解消し、今や普通に言葉を喋れる者と同じように過ごす事が出来るようになり、ハンディは既にハンディではなくなっていた。

「すっかり人気者だね、ラティーシャ」

『……はい、夢のようです。ただ……』

「ただ……?」

『彼女の視線が痛いのは、相変わらずです』

 敢えてラティーシャはそちらを見なかったが、メイヤーにはその『彼女』というのが誰を指すか、すぐに理解できた。

「うん。彼女達は、君の件以外にも色々と問題を起こしていてね。メイス様共々、僕も頭を痛めているんだよ」

『そうでしたか……』

 やはり、あの一件以外にも問題を起こしていたのか……と、ラティーシャはキュッと唇を噛みしめた。

「あれから、彼女たちは大人しくしているようだが。問題は無いかな?」

『ええ、今のところは何も』

 あくまで、今のところは……としか言いようが無かったが、あれ以来、まだトラブルが起こっていないのもまた事実。本当に気味が悪いほど、あの二人は息を潜め、沈黙を守っていた。

「何事も無い事を祈るよ」

『大丈夫です、私にはコレがありますから』

 そう言って、ラティーシャはメイヤーにプレゼントされた警笛を見せ、ニッコリと笑った。

「……君は、本当に良く笑うようになった」

『泣き顔も見せてはいませんでしたよ?』

「そうそう、その調子だ。じゃあ僕は自分の部屋に居るから、何かあったら呼ぶようにね」

『はい』

 メイヤーが立ち去った後、ラティーシャはチラリと例の二人の方を見やる。すると向こうもこちらをチラリと見て、ヒソヒソと二言三言話し合ったかと思うと、すぐにプイと背を向け、立ち去ってしまった。

(大丈夫、大丈夫……もう、あの時の私じゃないんだから)

 ラティーシャは、警笛をギュッと握り締め、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


********


「居た!?」

「いや、こっちには居なかったよ!」

「じゃあ、あっちかな……私見てくる、あなた達はあっちを!」

「OK!」

 今日は、何やらメイド達の様子がおかしい。ある者は網を持って、ある者は籠を持って、慌しく走り回っていた。

(一体、何があったんだろう……?)

 ラティーシャは先程まで、メイヤーのお供で外出していたので、今起こっているこの騒ぎの正体を知らなかった。ふと、目の前を一人の少女が横切ろうとしたので、スッとその手を掴んで、念じてみた。

『アリス。これは一体、何の騒ぎ?』

「猫……」

『え?』

「猫が迷い込んだんだって、アリサが言っていた……私も探しているところなの」

 猫……ネコ!? まさか、あの時の? 

 ラティーシャには心当たりがあった。数ヶ月前にこの屋敷の中で巡り会った、あの子かもしれない……

『ねえアリス、見つけたら教えてね』

「うん、わかった」

 その一言を交わし、ラティーシャはアリスと別れた。そして自らもネコ探しに加わり、いち早く見付ける事が出来たら、また説得して外に逃げてもらおう……そう考えていた。

(もしあの子だったら、今度はきつく叱ってやらなきゃ……)

 他の者に見付かったら、お説教では済まないかも知れない……そんな気がしてならなかった。ラティーシャは昔から、この手の動物的な勘が特に鋭く、そうした予感は殆ど外れた事が無いのだ。生まれつき言葉を授からなかった代わりに、そういう部分に恵まれていたのかも知れない。ともあれ、そうした根拠の元、彼女は何としても自分が一番に猫を見つけなければならない、と躍起になった。

(……とは言っても、このお屋敷、広いからなぁ)

 キョロキョロと周りを見回しながら探し回ること数十分、未だに誰もターゲットに巡り会った様子は無い。

(あの子はすばしっこいから、案外、こんなところに……?)

 と考え、ラティーシャはエントランスの中央付近にある巨大なオブジェの台座によじ登った。だが運悪く、彼女は、上半身を腕の力で支え、更に両足を台座のくぼみに掛けて下肢を大きく開いた、傍から見れば確実に『はしたない』と言われるであろう格好になっていたところを、よりによってメイヤーに見付けられてしまっていた。しかも真後ろから。

「ん? 誰かと思ったら……ラティーシャじゃないか」

「……!!」

 声にならない叫び――いや、元々彼女は声が出ないのだが――を上げ、ラティーシャは慌てて事態の収拾を試みた。しかし、上半身の半分以上をオブジェの下に潜り込ませて居たために、なかなか脱出できず。恐らく数秒間は、その可愛い尻をメイヤーに見られていただろうか。やっとの事で元の床に降り立った彼女は、頬を紅潮させながら、おずおずとメイヤーの手を握った。

「何があったんだ? しとやかな君が、はしたない格好になって」

『そ、それが、その……ネコが迷い込んだと聞いたので、探す手伝いをしていて、その……』

「夢中になって、つい我を忘れたか。君でもそんな事をするんだな」

 必死に尻を振りながら後退してくる様を思い出し、彼にしては珍しいほどに笑いながら、メイヤーは柔らかくラティーシャの行為を咎めた。

「しかし君はレディーだ、あのような格好は感心できないぞ?」

『うう、申し訳ありません……もうしませんから、早くあの格好のことは忘れてください』

「ん? 忘れろと? いやぁ、滅多に見られないシーンだからな。忘れてしまうには惜しいな」

『そんな……意地悪を仰らないでください!』

 ラティーシャはすっかり涙目になり、縋るようにメイヤーに泣きついた。よほど恥ずかしかったらしい。

「ハハハ……冗談だ、安心しなさい。それにしても、ネコ?」

『ええ。私もアリスから話を聞いて、探すのを手伝い始めたんです。外から帰ってすぐの事だったのですが……』

「そうか。私は今までずっとメイス様のお部屋にいたので、騒ぎに気付かなかった」

 恐らくメイド達は、屋敷の総括を任せられているメイヤーに知られる前に猫を見つけ出そうと、必死になっていたに違いない。だが、そんな彼女達の努力も虚しく、アッサリとラティーシャによってその秘密は漏らされてしまった。尤も、猫の一匹や二匹が迷い込んだと知ったところで、彼が逆上するような事はあり得ないのだが。それが証拠に彼は『よし、それならば僕も一緒に探そう』などと言い出し、ラティーシャと一緒に屋敷の中をうろつき出してしまっていたのだから。 エントランスで合流した彼らが、階段付近に差し掛かったとき、さらに共同で猫を探しているメイド二人組と合流し、4人で2階の廊下まで登ってキョロキョロと周りを見渡していると……遥か前方から、小さな四足の動物が駆け寄ってくるのが見えた。

『……!! あの子は!!』

「……知り合いかな?」

『あ、う……そ、それは……』

 まさか『そうです』とは言えず、口篭っていたが……ラティーシャにとっては、確実に覚えのある姿だった。

「にゃあ! にゃああ!」

『……!? 何をそんなに怯えて……?』

 と、不思議がっている彼女の胸元へ、その子は飛び込んできた。まるで迷子の子供が母親を見つけた時のように。

「にゃあ!!」

『ちょ……一体何……え!?』

「……?」

 左手でメイヤーの右手を握り、右手で胸元に猫を抱いた格好のまま、ラティーシャは固まってしまった。彼女の頭に……いや、意識に、と言った方が正解だろう。駆け込んできた猫の見てきたビジョンが、一気に流れ込んで来たのだった。

『…………!!』

「どうした、ラティーシャ! 返事をしなさい!」

『あ……あ……!!』

「ラティーシャ!?」

 あまりのショックに、ラティーシャは涙を流し、その場で膝を折ってへたり込んでしまった。が、彼女はすぐにカッと目を見開いて、いま自分が見たビジョンをそのままメイヤーに報告していた。

『奥から二番目、左側の部屋……アリスがテルシェと、取っ組み合いを……リディアの手に、大きな鋏が……!!』

「何!?」

 それだけを報告すると、ラティーシャはショックに耐え切れなくなったか。再びへたり込んで、そのまま意識を失っていた。

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