§6
「ひっく……ひっく……ちゃ、ちゃんと……説明してくださるんでしょうね?」
「勿論だ、だからこうして……いつまで抱えてんだよ、このスケベ!!」
「あ、あぁ……も、もう離してもいいのか?」
「……大丈夫です。逃げたり、叫んだりはしません……説明さえしてくだされば」
その一言を聞いて安心したバーナードは、右腕で抱え込んでいたキャンディスの身体を開放した。彼女は、深呼吸を数回した後に、黒尽くめの男と、珍しく小さくなっているセリアを正面に回して説明を待った。そして、事のあらましを全て聞いた後、暫くぽかーんとしていたが……やがて呆れたように脱力し、漸く最初の一言を発する事に成功した。
「野良猫の方が、まだ始末が良かったですね」
「……だから、同レベルに扱わないでくれって」
「しかし、間抜けな泥棒さんですね?」
「放っといてくれ。俺は、盗っ人稼業じゃないんだから」
彼が言うには、元々は空を飛ぶ事を夢見て研究を続けていた設計家で、研究費が底を付き掛けた為、開発中のグライダーで館の上空まで滑空し、屋根に取り付き、そこからロープでセリアのバルコニーに降り立ち、盗みに入ろうとしたという事だった。その際、脱出用のロープを手に取ろうとしたら失敗した……という説明も追加された。つまり、自分は本職の泥棒ではない……と、こう主張しているのである。
「やっぱ、ドジじゃないか」
「うるせぇ」
「それにしても、空からやって来たとは……考えも付かなかったです」
「あ? あぁ。鳥に出来る事が、人間様に出来ないなんて、悔しいだろ? だから挑戦してみたくなったのさ」
と、そこまで語った時。バーナードは、自らが乗ってきたグライダーが未だ、屋根の上に引っかかったまま放置されている事を思い出した。
「……どうしよう? 俺のグライダー、まだ屋根の上だぜ」
「えー!? それじゃ、遅かれ早かれ……」
「ちょ、ちょっと見てみる!!」
セリアはバルコニーの縁に掴まり、ギリギリまで身体を外に出して屋根の方を伺った。だが、上の階の縁に邪魔をされて、そこから上を見る事が出来なかった。と、その時。下から大声でセリアに注意をしてくる声があった。
「セリアちゃん! なんて格好してんだい、危ないよ!!」
「あ、ダニー! 屋根の上に、何か引っかかってない?」
「え、屋根? いや、なんもないよ?」
「あ……そう? な、ならいいんだ。どうもありがとう!!」
何だったんだ? というような表情で去っていくダニエルを見送ると、セリアはグライダーが屋根の上に無い事を報告した。
「変だな……? 昨夜は風は強くなかったし。グライダーは結構な大きさだから、落ちれば大きな音がするはずだし」
「とにかく、証拠になるようなものは無くなってるってわけだ。とりあえず一安心だね」
「な、なぁ……どうしてアンタ、俺を匿おうとするんだ?」
「さっきから言ってるじゃん、わかんないんだって!」
と、そう言うセリアの頬には、確かに朱が差していた。が、自らの身を庇う少女の心理の方に興味が行っているバーナードは、それに気付かなかった。しかし、そのセリアの表情を、キャンディスは確かに見ていた。そして……
「あのぅ……バーナードさん? お腹、すいてません?」
「あ? あぁ、そういえば。夕べから何も食ってないからな、ペコペコだよ」
「考えたんですけど……この際、ダニーさんも抱き込んじゃいません?」
「えぇ!?」
キャンディスの発した、彼女らしからぬ大胆なアイディア。しかし、そうすればバーナードの食事も何とかなる。暫く考え込んでいたセリアだったが、ニヤリと笑ってその案を呑むことにした。
「あ、あのさ……俺、どうなっちゃうの?」
「暫く、飼い猫の気分でも味わっていてください。ドジな泥棒さん!」
「……チェッ。ま、いいか。暫くのんびりと囲われてるのも、また一興かな」
「じゃあキャンディス、ダニーには上手く伝えてよ?」
「任せてください、ダニーさんとは仲いいですから」
そう言ってウインクを残し、キャンディスはダニエルのいる厨房へと急いだ。
「……あの子、信じて大丈夫なのか?」
「大丈夫! ああ見えてあの子、アタシよりオトナなんだよ」
「いや、それは見れば分かるさ。それより……」
「……ん?」
「何で、アンタみたいな女の子が、あんな物騒なモン持ってんだ?」
バーナードの視線は、机の上に無造作に置いてある拳銃に向けられていた。彼としては昨夜、銃口を向けられた時からずっと気になっていたのだが、セリア本人はおろか、キャンディスも特に気に留める様子が無かった。それが不思議だったようである。
「え? あ……アレは、ママの形見なんだ。アタシ、スラムで孤児やってた事あるから、身を守る為に……って、ね」
「……人に歴史あり、か」
ふぅっ、とバーナードの視線が虚空を仰いだ。彼も裕福な暮らしをしていたとは言えないが、スラムにまで堕ちた経験は無い。こんな娘でも、そんな歴史を持ってるんだなぁ……と思うと、いたたまれない気分になった。
「……今度は、何?」
「ん? いや……この部屋は、安全なのかなーと思ってさ」
「あぁ。さっきのキャンディスって子以外は、滅多に出入りしないから。大丈夫だよ」
「滅多に……って事は、例外もあるんだな?」
「あ、あぁ……そりゃあ、まぁ……」
そう考えると、この部屋も安全とは言い難いな……と、セリアは思考の闇に落ちた。彼を何とか庇いたい、隠し通したい……その思いで、彼女の頭は一杯だった。が、意外な所からもたらされた提案により、セリアの私室よりも安全な場所が提供される事になるのだった。
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