§8
「見詰めるな、照れる」
「あら、女の子として意識してくれてるの?」
「レディの扱いについてのポリシーは、既に話したはずだ」
「レディ、かぁ……アタシ、もっとワイルドな生き方のほうが好きなんだけどな」
「……?」
膝小僧を抱えて小さく身を屈めると、セリアはバーナードを見上げながら、ここに来てからの経緯を語りだした。元々、好きでここに居るのではないという事や、買い手が付きそうになっても断ってしまう事など、色々と。
「へぇ……要は、自分を掻っ攫ってくれるような奴がお好み、ってか」
「そ。金持ちの家に嫁ぐとか、使用人として一生を終わるとか。考えたくない訳よ」
そこまで語ったとき、セリアの視線がバーナードのそれと重なり合った。
「……アンタが降ってきた時、正直言って胸が躍ったよ。チャンスかも、ってね」
「何だそりゃ?」
トントントン、トントントン、トントントントン……
「あの……お邪魔でしたか?」
「いんや、全然」
(……横にいるお嬢さんは、そうは言ってないみたいですけどね)
いいところで! と言わんばかりに頬を膨らませ、恨めしそうにキャンディスを睨むセリアが、そこに居た。無論、バーナードの位置からは死角になっているため、その顔は見えなかったが。
「……また話しに来る。いいだろ?」
「退屈しのぎに丁度いい、ただし今度は合図をしっかりと頼むぜ」
「ハイハイ……」
そう言って、セリアは本当に足音一つ立てずにサーッと駆け抜けていった。
「すげぇな、その気になりゃスパイに転職できるぜ」
「セリアったら……私はトレーを下げに来ただけだから、すぐ出て行くのに」
「不器用なんだろ? きっと」
「ご明察。彼女、凄く義理堅くて正直だから、上手じゃないんです……生き方が」
クスッ、と笑いながら……キャンディスはセリアと入れ替わるように腰を下ろした。彼女の方がセリアより年上だが、小柄で童顔なせいか、幼く見えた。が、中身はやはり年齢相応にオトナであった。
「……どうしました?」
「いや……すまねぇ。やっぱ、女の子なんだな。いい匂いがして……つい」
「ま、お上手。でも、セリアだって女の子なんですよ?」
「そりゃ、そうなんだけどよ……参ったな」
どうやらバーナードは、大人しい女性の扱いが不得手であったらしい。セリアのようにズバズバと突っ込んでくる感じのタイプは大丈夫なのだが、キャンディスのようなタイプを前にすると、あがってしまうようであった。
「……お似合いだと……思いますよ?」
「何が?」
「いえ、なんでもないです……あ、着替えた服も、お預かりしますね?」
「……!! ちょ、ちょい待ち!!」
無造作に脱ぎ捨てられていた彼の着衣をキャンディスが手に取ろうとした時、バーナードは慌ててそれを引っ込めた。
「ど、どうしたんです?」
「あ、いや、その……これ、すっごく匂うから」
「……? それが?」
「はっ、恥ずかしいんだよ!」
真っ赤になって俯き、バーナードは子供のように拗ねてしまった。そんな彼を見て、キャンディスは思わずプーっと吹き出していた。
「やだ、バーニィ……可愛いところ、あるんですね!」
「わ、悪いかよ」
「……ご安心ください、私、こう見えてもプロのメイドなんですよ? 汚れ物の匂いごときでは動じませんし……それを着ていた人を笑ったりもしませんから」
「……ほ、本当に?」
キャンディスはクスッと笑いながら、バーナードの方に手を差し出した。そして渋々と汚れ物の衣類を差し出す彼の手からそれを受け取ると、彼女は更にニッコリと微笑んで、身を翻した。
「じゃ、お洗濯したらお返ししますね」
「あ、あぁ……それと、ダニーに伝えてくれ。ごちそうさま、って」
「はい」
先程のセリアと違い、軽やかな足音を残して去っていくキャンディスの後姿を見送りながら、バーナードは暫く身を隠すのも忘れて呆けていた。
「ああいうのを、女の子……って言うんだよなぁ」
そうして漸く、いつもの位置に戻ったバーナードは、暫く放心状態に陥った。その脳裏にはキャンディスの満面の笑顔が浮かび、彼の心をジワジワと掴んでいった。そんな自分の心の変化に気付き、一人照れ隠しに頭をかきむしる彼の声を物陰で聞きながら、一人唇を噛み締める……セリアの姿があった。
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