§6
リネットと入れ替わって街に放り出されたヴァネッサは、まず始めに『ドジなメイド』……エイミを探さなければならなかった。外見的な特徴は聞いたが、耳から入れた情報と、実際に見て知った情報とでは天と地ほどの差がある。つまり、今の彼女は何も分からないのと同じレベルであった。
途方に暮れたヴァネッサは、もうウジウジと後悔していても仕方がない! と開き直り、大声を張り上げてエイミの名を呼び、街中を捜し歩いた。
「エイミ! 何処に行ったの、エイミー!」
そうして数十分も歩き回っただろうか、徐々に声も枯れ始めて、大声を出すのが辛くなってきた頃。背後から、リネットの名を呼ぶ少女の声が聞こえてきた。最初、ヴァネッサはそれが自分に向けられている声だと気付かず、懸命に周りを見渡し、銀髪のメイドの姿を探していた。
「リネット……リネット!! もう、何処へ行ってたんですか……探しましたよ!!」
「えっ?」
唐突に背後から肩を叩かれ、ヴァネッサは驚いていた。そして彼女は、その時点で漸く、今の自分は『ヴァネッサ』ではなく『リネット』なのだという事を思い出した。
「あ、その……ごめんなさいね、エイミ。心配を掛けたようね」
「……え!?」
エイミは思わず、耳を疑った。然もありなん、あのリネットがメイドである自分に対し、頭を下げているのだ。彼女の記憶にあるリネットであれば、そこは『アンタが勝手に見失ったんでしょう、アタシの所為じゃないわ』と、冷たく突っぱねるところである。が、目の前にいるリネットは、何と『ごめんなさい』と謝って来たのだ。しかも、彼女も自分を探していたと見えて、声は枯れ、その額には汗すら滲んでいた。普段の彼女を知っている者としては、考えられない事であった。
「リネット……? 一体、何があったんですか……?」
「な、何のこと? 私はいつも通りよ?」
(……『私』!?)
明らかに、先程までの彼女とは違う……しかし、何処からどう見ても、目の前の彼女はリネットそのもの。見紛う筈が無い……と、エイミはすっかり様子の変わった彼女を見詰めながら考え込んでしまっていた。
「……どうしたの?」
「い、いえ……」
それはこっちの台詞ですよ……と言わんばかりに、エイミは目線を逸らすように俯き加減になって表情を隠した。そんな彼女を見たヴァネッサは『しまった、リネットさんのリアクションはこうじゃないんだ!』と気付いて、慌てて口を噤んだ。だが、エイミは既に疑いの目で自分を見始めている。ここで全てを明かすか、白を切り通すか……数秒間考えた挙句、彼女が選んだのは後者だった。
「……寒くなって来たわ、帰るわよ」
「あ、は、はい!」
しかし、ヴァネッサは前者を選ぶべきだったのだ。彼女がそれに気付くのは、館に帰りついた直後の事であった。
********
(……困った……誰が誰なんだか、全く分からない……)
そう。入れ替わりでやって来たヴァネッサにとって、館のメンバーは全て初対面。顔も名前も全く分からず、声を掛けようにも掛ける事が出来ないのだ。
リネットが積極的に他者と接するようなキャラでなかった事が幸いして、ヴァネッサに声を掛ける者も殆ど居なかったので、二人の入れ替わりには、まだ誰も気付いていなかった。しかし彼女は、リネットが普段どのように過ごしていたのかを知らない。だから、動きようがないのだ。どういう態度を取ればいいのか、そもそも、目の前に居る人は一体なんと言う名前なのか……全てが手探り状態であり、その境遇はヴァネッサに極度の緊張を強いる事となった。
「よぉリネット、今日はいやに落ち着きがないな。拾ったものを食べて、腹でも壊したのか?」
そんな状況を打破する切掛けを作ったのは、意外な人物であった。セリアが嫌味を言うために、近寄ってきたのである。が、いきなり話し掛けられたヴァネッサは、つい素の状態で応対してしまった。
「そ、そんな事ないです……」
「……へ!?」
予想外のリアクションに、セリアは思わず間抜けな声を上げてしまった。いや、彼女でなくとも、今の反応を見れば驚いただろう。そして刹那、『しまった!』というような表情になり、ヴァネッサは慌てて口を噤んだ。
「……頭でも打ったのか?」
「何でもないです……放っておいて!」
そう言い残すと、ヴァネッサはそそくさと立ち去り、自室に篭ってしまった。相手が誰だか分からないのに、『アナタは誰?』と訊けない辛さに耐えかねたのである。
そして、ぶっきら棒な態度は相変わらずだが、色々と普段のリネットとは違いすぎる……何かおかしい……そう思ったセリアは、キャンディスを通じてエイミを呼び付け、リネットの変化について問い質した。
「やはり、気付きましたか……」
「気付くも何もねぇよ、あいつが『です』なんて言う訳ないだろ。他の奴は気付いてないのか?」
「友達少ないですからね、リネット。恐らく、誰にも気に掛けられる事は無いでしょう。だから、気付いているのは今のところ、この3人だけのようですよ」
セリアの質問に応えるように、キャンディスが淡々と語った。とにかく、様子がおかしいと言うレベルの話ではない。パッと見た印象だけで判断しても、全くの別人にしか見えないのだから。
「……どうする?」
「そうですね……やはり、本人に問い質すのが一番早いのでは?」
「いや、訊いたところで素直に答えるとは思えない……ここは、彼女の出番でしょう」
キャンディスの提案を聞いて、セリアとエイミは揃って『その手があった!』と声を上げた。そうだ、彼女ならば相手の口を開かせなくても、事情を聞くことが出来る……と。
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