§2

 更に暫く時が経った頃、紳士は仕事で、とある所へと赴いていた。注文に応じた人材を揃えてくれる場所……と言えば聞こえはいいが、要するに人身売買を営む者の店舗である。既に奴隷制度こそ禁止されて居たが、使用人をお金で売買したり、性風俗を生業とする者が娼婦を仕入れに来たりする事は当然のように行われていたので、その店舗も『合法』なのである。

 紳士は、薄汚れた待合所のような場所に通され、そこに現れた店主と思しき男に対して注文を付けていた。

「15歳以下の少女が、出来れば欲しい。値切りはしないから安心してくれ」

「いやはや、大変申し訳ないのですが。年端もいかぬ少女は、やはり人気でして。個人用でしょうか? 差し支えなければ好みや用途などを教えてくださいますと助かるのですが、旦那様」

「ああ、そうだね。少女館といえば、隠さずに譲ってくれるかな」

 『少女館』の名を聞いて店主は顔色を変え、慌てて紳士を上等な応接室へと通し直しつつ、少女達の選別を急がせた。然もありなん、『少女館』と言えば、この一帯では知らぬ者などいない、名門クリフォード家の運営する淑女養成機関。その門をくぐる事が出来るのは、まさに一握の者たちだけ……つまりこの紳士は、その『ダイヤの原石』を買いに来た男、という事になるのだ。一介の人売りに過ぎない、店主たちが慌てるのも無理からぬ事である。

「お待たせいたしました。めぼしい所を選りすぐって参りましたが、如何でしょう?」

 選ばれた少女は、全部で23人。にっこりと笑みを向ける少女、虚ろいだ瞳で空の一点を見つめる少女、紳士の容姿に頬を赤らめる少女と様々だった。が、店主が鼻を高々と上げて自慢するだけの事はあり、その中に醜い容姿の少女は一人もいなかった。

「ふむ、なかなか良いものがそろっているね。では、選ばせてもらうよ」

 紳士は一人ひとりに様々な質問をし、その間に目線の動きを見たり、対話中の態度に注目したりしながら真剣に少女達を吟味した。そうして12名の少女が選ばれ、紳士に導かれながら店外へと誘導されていった。

 店外へと出る途中の通路で、紳士は偶然にも、少女達が『保管』されている部屋の一部を目撃した。当番の者が交代する際に出入り口の扉を開けた瞬間に出くわした為であるが、その時、その奥に見覚えのある顔を一瞬だけ見た気がして、彼は思わず足を止めた。

「ど、どうなさいました?」

「いや……君たちの目を疑う訳ではないのだが、人にはそれぞれに好みというものがある。それは知っているね?」

「は、はぁ……」

「ならば、その扉の奥にいる者の中にも、私の目に適う人材が居る可能性があるのではないか……と思ってね」

 紳士の台詞に、店の者は一瞬驚いたような顔を見せたが、反論する者は居なかった。

「なるほど、道理ですな。では、少々お目汚しとなるかも知れませんが……さぁどうぞ。ごゆるりと」

 檻に入れられた女達……そこには、年端も行かぬ少女も居れば、既に年増となった女性もいた。ただ、店主達の選別はかなり的を射ていたようで、応接間に通された23人の少女を凌駕する魅力の持ち主は居なかった……ある一人を除いては。

「店主、そこに居る少女と話をさせてくれ」

「……!?」

 指名された少女はビクッと身を竦ませ、怯えるように紳士の方へと振り向いた。

「や、それは結構なのですが、しかし……」

「……? 何か問題が?」

「いえ、何でも……おい、応接室の用意を急げ」

「いや、ここで結構。手間を取らせる訳には行かない」

 そう言うと、紳士は檻の外に出された少女と対峙し、ニッコリと微笑んだ。

 紳士は勿論、既に少女を知っていた。少女もまた、紳士の顔には見覚えがあった。だからこそ、こんな場所での再会を恥じて、少女は赤面しつつ顔を伏せていた。が、紳士はその事を遭えて隠して、形式に則った質問を始めた。

「君が、一番好きな花は何だい?」

「…………」

 少女は答えなかった。いや、答えられないのだ。その様子を一瞬、怪訝に思った紳士であったが……彼はふと、あの雨の日の事を思い出した。あの日も彼女は声を出さず、礼の言葉も文字で渡されたのだという事を。

「ちょっと、ごめんよ」

「……!!」

 紳士は、申し訳ないと思いつつも、少女の白く小さな手の甲をやや強くつねり上げ、反応を見た。すると、思った通り……痛がって涙を浮かべはするのだが、その苦悶の表情からは悲鳴どころか、呻きすらも漏れては来なかった。

「……そういう事なんですよ。この子、容姿は整っているし、賢いんですが……この通り、全く声を出せないんで」

「わかった。彼女も買おう。他の少女達と一緒に、馬車に連れて行ってくれ」

「……!? だ、旦那様! ご説明した通り、彼女は……」

「承知の上だ。言っただろう? 様々な需要があるものだ、と」

 紳士がそう言い放つと、店主はもう何も言わなかった。そして紳士が『また今度も頼むよ』と言って場を締めると、店主以下の店の者が深々とお辞儀をしながら見送る中、軽やかな車輪と蹄の音を立てながら、馬車は店舗を後にした。

「君たちは、これから新たな主君の下で生活しながら、改めて教養を身に付けて貰う事になる……あぁ、そう緊張しなくて大丈夫。主は優しいお方だ」

 そんな説明をしながら、紳士と13人の少女達は馬車に揺られ、少女館への道のりを急いでいた。

「さっきは痛かったかい? 済まなかったね。許しておくれ、ラティーシャ」

「……!?」

 この人、どうして私の名を……? といった感じの表情で紳士を見詰め、必死に態度で問い掛ける少女――ラティーシャ。が、紳士はニッコリと微笑みながら黙っている。今その問いに答えてしまっては、他の12人の少女が怪しむだろう。だから彼は、敢えて沈黙を守っていたのだ。

「これから君達が行く場所は、『少女館』という。覚えておいてくれ」

 そう言って少女達に背を向けると、それ以降、彼は口を結んで一言も喋らなかった。が、偶然を装ってラティーシャの隣に座り、他の少女からは見えないように、マントで手元を隠しながらラティーシャに一枚の紙片を手渡した。それが、先ほどの彼女からの質問に対する、彼の回答だった。その紙片は、彼女がいつも花を届けていた喫茶店の店主から貰った、彼女自身が書いたポエムカードだった。それを見て、ラティーシャは彼が自分の名を知っている理由を理解し、改めてニッコリと微笑んだ。

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