第2話 解散と新天地 2

 動きだしたブレッドたちの乗る馬車を少しの間見送って、バルームは神殿に向かう。

 少し歩けば神殿の屋上が見えてくる。屋上には太陽の色をした大きな炎があった。あれがこの町の護りの火だ。薪などを燃料とせず、込められた魔力が尽きるまで燃え盛る。

 町や大きな村ならば護りの火は神殿に置かれているので、神殿への目印にもなるのだ。

 神殿に入り、神と会話できる神託の間に向かう。


 こういった神殿は町ならばどこにでもある。祀っている神は正確には神ではない。この世界の誕生と同時に生まれた源精央という存在を祀っている。世界と源精央は双子のようなものだ。

 その源精央の下に源子精という、直径の子供が五柱いた。源獣、源鳥、源樹、源虫、源魚という五つの存在だ。

 その源子精たちと源精央は長い時をともに過ごした。

 しかし源子精たちの方が先に寿命となり、彼らはまだ生きていく源精央を寂しがらせないように尽きかけた命を使って、一つのエネルギーを生み出して世界に生命のもととなる種をまいた。

 生命があふれていく世界を見た源精央は、いくつもの生命が生きていく姿を見て寂しさを紛らわせる

 その誕生した最初の存在である始祖と力ある者が、死後に源精央のいる領域にたどりつく。そこで源子精の願いを知り、世界が壊れてしまわないように動き出す。いつまでも源精央が世界のありようを見て満足できるようにと世界の管理を始めた。

 その彼らが人間たちなどから神と呼ばれるようになったのだ。

 神は自分たちが祀られるような存在ではないと知っているので、人間たちが神を崇めようとしたのを止めて、源精央を崇めるように誘導した。そうして神殿は源精央と源子精と神を崇めるようになった。

 その流れを知っているのは神官くらいで、バルームのような一般人は祀られているトップが源精央という名前くらいしか知らない。しかしその名に親しみを感じていた。

 バルームたちが源精央に親しみを感じたのは、源子精や始祖から続く、源精央への思慕が原因だ。

 全ての生物は源子精から生まれ、その源子精が源精央をとても慕っていたので、影響がでるのは当然だろう。その影響は生物が誕生し長い時間が流れても残っているのだ。

 

「よく来たな」


 神託の間に入ると、部屋中央の神像から何度も聞いた男の声が聞こえてくる。おおよそ二十歳後半くらいの声音に聞こえる。

 部屋は窓のない十畳ほどの白い部屋だ。床は継ぎ目のない石畳で、背後にあるはずの入口は消えている。松明などの明かりはないが、昼間のように明るく、閉塞感もない。


「お久しぶりです、クルーガム様。呼ばれていると聞いたのですが」

「うん、頼みがあってな」

「頼みですか。どこかに荷を運んでほしいとかでしょうか」


 神殿に人手がないときに、時間のある人間を手伝いに使うことがあるとバルームは噂で聞いたことがあった。それに現状暇な自分が該当したのだなと思う。


「荷運びじゃないんだ。少しばかり長期の仕事になる」

「そろそろ引退を考えていたんですが」

「考えていたといっても体が悪くなったからすぐに辞めるというわけでもないんだろう」


 クルーガムから見て、まだまだ十分シーカーとしてやっていけるのだ。


「それはそうなんですが」

「長期といっても十年とかそういったものじゃない。二年くらいだ」

「まあ、それなら」

 

 それくらいの期間ならばシーカーとしてやっていけるとバルーム自身も頷けた。


「とりあえずどのような仕事か聞かせてもらえますか。あまりにも向いてないと思ったら遠慮したいのですが」


 神からの依頼を断り切れるとは思わないが、それでも無茶振りは避けたかった。

 それにクルーガムはいいとも駄目でも言わずに続ける。


「隣国に一人の少女がいる。シーカーになるため金を貯めている。そいつが一人前になるまで指導をしてくれ」


 新人教育かと思いつつバルームは浮かんだ疑問を聞くことにする。


「質問よろしいでしょうか。なぜ俺に? 隣国にも俺と同程度のシーカーはいるでしょうし、俺より強いシーカーもいるはずです」

「まず経験豊富なシーカーを指導役にあてたい。そして時間が多く取れるシーカーが望ましい。最後に相性だ。この三つから考えて彼女からそう遠くないところにいるシーカーを探して当てはまったのがお前というわけだ」


 それらはバルームにとって納得できる理由だった。相性は実際に会ってみなければわからないが、十五年ほどシーカーをやっているので経験は積んでいる。時間も引退を考えていて空き時間がちょうどある。


「なるほど。ちなみにどうして指導役をつけるのか聞いてもいいのでしょうか」


 新人がベテランに指導してもらうこと自体は珍しいことではない。しかし神がわざわざ指導役をつけるという話は、バルームにとって初耳だ。


「確定ではないんだが、この先大きな騒動が起きるかもしれん。それに対して対策をとっておかなければ、人間たちの被害が大きくなりすぎる可能性があるんだ」

「は?」


 いきなりの情報にバルームは呆けて驚くことしかできない。


「え、えとなにが起こるんですか?」

「悪いがそれは言えん。その騒動の原因となることを潰されるのも困るんだ。別の問題の解決策になるかもしれなくてな。その別の問題は確実に人間だけではなく、世界に存在するあらゆるものにとって害となる。それが片付くことが最優先なんだ」

「騒動が起こるというのは国は知ってるんですか?」

「知ってはいる。だが情報が曖昧過ぎて効果的な対策はとれんよ。それこそ兵を鍛えるくらいしかできんだろう。なにを警戒すればいいのか、どのような情報を集めればいいのかわかっていないからな」

「その騒動に対応するのが、俺が指導する少女ということですか。責任重大で気が滅入るんですが」


 上手く指導できなければ、被害拡大に繋がるのではと思い、重圧が感じられ胃がキリキリとしてくる。

 これまで普通に生きてきた自分にそのような責任を負わせられるのは困る。不安と重い責任感で失敗する未来しか思い浮かべることができなかった。

 そんなバルームの心中を察して、クルーガムはすまんと詫びて続ける。

 

「勘違いさせたな。こうして依頼を出しているのはお前だけじゃない。ほかにもあちこちで指導するように頼んでいるやつはいるんだ。それらが育てた若者たちが対応するから、お前が担当する少女一人になにもかも背負わせるわけじゃない」


 そうだったんですねと言いながら、バルームは心底ほっとする。

 今後の重要人物になりうる者を育てるということにかわりはないが、自分の指導が人間の将来を左右するわけではない。多少のミスはほかの者からフォローできるのだろうと思うと重圧は減り、胃に感じた違和感はなくなった。


「ほかにもいろいろと聞きたいことはあるだろう。質問すれば答えていくぞ」


 でしたらとバルームは疑問に思ったことを口に出していく。

 指導はどういったペースで行えばいいのか。神から指導を頼まれていることを本人や周囲に伏せておいた方がいいのか。指導後に騒動が起こりそうなところに連れて行くべきなのか。その少女に仲間ができたら、そちらにも指導した方がいいのか。報酬に関してはどうなっているのか。

 それらに対してクルーガムは一つ一つきちんと答えていく。


「指導のペースは急ぎすぎず、丁寧に。指導に関しては本人には俺から伝える。周囲には伏せておいた方がいいんじゃないか。変に期待をかけられると指導の邪魔になるだろう。指導後にどこに行けとかは本人に伝える。仲間ができたら、指導は自由にしていい。ただし少女のことを放り出して集中されるのは困る。最後に報酬だが……前渡しするものとあとから渡すもので考えている」

「前渡しの報酬はどのようなものでしょう」

「報酬というより必要なものだ。国を移ることになるから、滞在許可が必要になるだろ。それを神殿から発行する」

「それは助かります」


 他国への滞在許可をもらえない場合は流民扱いになり、法律面などから不利にしかならないのだ。

 短期間だけの滞在ならば許可を得ずともいいが、長期間滞在ならば必須だ。

 普通は役所に行ってお金を払い許可をもらうことになる。しかし今回は神からの依頼なので、神殿から発行される特別許可をもらえるということだ。

 

「ほかには目的地までの旅費と情報だな」

「情報というのは少女に関してですかね」

「当然それもあるが、バルーム自身についてもだ。もう少し鍛錬すればスキルが成長するぞ」


 意表を突かれたと目を見開く。


「成長するんですか。今のところで打ち止めだって思ってました」


 この先起こるかもしれない騒動を聞いたときとは違った驚きがバルームの胸中に生まれた。今度は不安などではなく歓喜だ。

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