第30話 帰還、ピララについて 1
一行はトンクロンの町に帰ってくる。
この帰りの旅でミローとイレアスはピララとコミュニケーションを取ろうとしたが、ピララの方があまり積極的ではなかったので仲良くなったとはいえなかった。
馬車を町の入口で止める。
「ここで少し待っててください。荷を運ぶため店の者を呼んできますから」
「わかりました」
荷の警備という最後の仕事を任されて、バルームたちは馬車のそばに立つ。
ピララは人の多さや山や村では見られない風景に目を丸くして周囲を珍しそうに見ていた。
離れるなよとバルームが声をかけるとピララは「うん」と元気よく返事をしてバルームの隣に立って服を握って周囲を見始める。
ぱっと見は親子か親戚かといった感じだった。
二十分ほどで、パンドルが戻ってくる。近くには台車をひいた男たちがいる。
「お待たせしました。これで依頼は終了です。行き帰りの護衛ありがとうございました」
「こちらこそ、いい勉強になりました」
「ありがとうございました」
無事に依頼を終えられてほっとした様子でミローとイレアスが頭を下げる。
パンドルは二人に微笑みを向けて、報酬だと最初に決めた額よりも多めに硬貨を渡す。
「レッサータイガーと戦うことになりましたからね。報酬も多めになります」
再度ありがとうございますと二人は頭を下げた。
「バルームさんにも」
どうぞと多めに硬貨が渡されるが、バルームは最初に決めた金額のみを受け取った。
「予定外のことがあれば多めに渡す約束でしたでしょう?」
「たしかにそうです。だが俺にとっては、レッサータイガーは予定外というほどではありません。それと村でミローとイレアスを守ってくれたと聞いています。その分も差し引けば。これで十分なんですよ」
依頼は今回のようなこともあると経験できただけでも、十分な収穫なのだ。
自身がいない間、パンドルが守ってくれたことも感謝すべきことだった。わざとではないが一時離脱していたこともマイナスと考えている。
レッサータイガーの素材という収穫もあるため、受け取った金額でバルームは納得できた。
「そちらが納得しているなら、こちらから言うことはありません」
「ああ、そうしてくれ。パンドルさんは今後あの村に行くのか?」
報酬の受け取りを持って仕事が終わったので、砕けた口調になった。
「どうしましょうかね。正直借金を素直に返済することはないと思うのですよ。なにかと言い訳なりして払わないのではないかと。だから借金を手切れ金として行くのを止めるのもありだと思っています。領主様と相談して、どうするか決定しようと思います」
「そうか。上手い終わりになることを祈っている。それじゃ俺たちはここらで失礼する」
「ええ、皆さんもお元気で」
パンドルと別れて、バルームたちは町に入る。
今日はこれで解散ということにして、ミローは家に寄り道をせずに帰り、バルームたちは使っていた宿に向かう。
ミローとイレアスはそれぞれ家と宿に入り、武装を解いて荷物を置いたことで仕事の終わりを実感することができた。
ミローとイレアスの初仕事の翌日、昼食を終えてミローは破損した鎧と財布を持って宿に来た。今日は買い物だと予定を決めていたのだ。
バルームたちが使っている部屋を店員に確認して、イレアスの部屋の扉を叩き、二人でバルームの部屋に向かう。
イレアスは以前と同じ部屋だったが、バルームは二人部屋に移動していた。
「こんにちは」
「おう。ほらピララも挨拶だ」
「こんにちは」
促されバルームに対するものと違った控えめな声で挨拶する。
「もうちょっと慣れてほしいですけど」
「なんでだろう」
首を傾げる二人にバルームは声をかける。
「今はまだ考えても仕方ないことだろうさ。買い物に出るぞ」
「はーい」
「うん」
考えるのを止めてバルームと一緒に部屋を出る。
バルームが考えても意味がないと言ったのは、孤児院に入ることになったら付き合いは減るからだ。
宿を出た四人はまずはピララの服などを買い揃えた。店で青の長袖ワンピースに着替え、髪を切ったときに使うため青のリボンも買う。
次にミローとイレアスの武具を買いに行く。いつもの店に入ると、カウンターに鎧を置く。
「この鎧の修繕は可能か?」
いらっしゃいませと言ったあと店員は鎧の損傷具合を確かめる。
「修繕は可能ですけど、買い直すのもありだと思いますよ。かかるお金はたいしてかわりませんし」
どうするとバルームに聞かれて、ミローは買い直す方を選ぶ。
サイズは変わっていないので、持ってきた鎧と同サイズのものを用意してもらう。
損傷した鎧は店に処分を頼む。この鎧は見習いが修繕の練習をするのに使われることになる。
倉庫から持ってきた鎧をカウンターの横に置かせてもらい、武器を選ぶことにする。
「まずは剣から選ぶか。俺が助言して自分で選ぶ。もしくは最初から俺が選ぶか。どちらがいい?」
「剣を使ったことありませんから、先生が選んでください。次に買うときは自分で選ぶことにします」
「わかった」
鉄や鋼鉄の武器は値段的に購入が難しく、使うのもまだ早いと考えて青銅の剣を選ぶ。
バルームが手に取ったのは二つ。グラディウスとブロードソードだ。
グラディウスは短めで、その分軽いがこれまでよりもリーチが短い。ブロードソードも木刀よりは短いが、そこまで大きな差はなく、グラディウスよりも重い。
そう説明し、好きな方を選ばせる。
「少し時間かけてもいいですか?」
「いいぞ。その間にイレアスの武器を選んでくる」
ミローは剣を左右に持って比べる。
バルームはイレアスとピララと一緒に杖や棒のある区画へと移動する。
「イレアスは魔術がメインだからそこまで真剣に選ぶ必要もないだろう。長さの調節くらいだな」
言いながら選んだのは木の魔物が残した素材から作られた棒だ。これまで使っていたのは硬い木を削って作ったものだ。ただの木よりも魔物から作ったものの方が頑丈で、確実にこれまで使っていた棒よりも上だ。重さは増しているのだが、筋力が上がっているので問題にはならない。もっと強くなれば金属製のものも扱えるようになるだろう。その頃には魔術の補助をしてくれる杖を買えるようになっているかもしれないが。
イレアスは何本かあるうちの一つを選ぶ。これまでと同じ長さのものだ。実際に持って重さを確認してから選んだ。
「先生、こっちにします」
ミローも選び終わったようで、グラディウスを持ってくる。
「そっちを選んだのか」
「はい。振りやすさで選びました」
「いいと思うぞ。リーチの違いは何度か実戦で確かめれば問題なくなるだろう。明日にでも鼠で確かめてみよう」
「そうしましょう」
買う物を持って、バルームたちはカウンターに向かう。
ミローは剣のお金を払い、バルームは棒と鎧のお金を払う。
店から出て次はどうするのかイレアスが聞く。
「神殿に行こう。能力の確認を一応しておこうと思う。あとはクルーガム様に報告だな」
「はーい」
次の目的地を決めた一行は、神殿に行き、鑑定の石版を借りて、神託の間に入る。
「いらっしゃい」
像から声がしたことにピララは目を丸くしている。
「こんにちは」
「順調に成長しているようでなによりだ。良い人材も仲間にしたようだしな」
クルーガムはピララを仲間と認定しているのだろう。それを察したバルームは否定する。
「この子が仲間ではありませんよ」
「お前がなにを言いたいのかはわかっている。しかし無理だろう」
バルームの孤児院に入れたいという考えをわかっているが、ピララのことも見抜いているので孤児院には入らないだろうと断定できるのだ。
「この子の人生をお前たちにも見せてやろう。理解すればバルームから離れないということも理解できるはずだ」
クルーガムがそう言うと像から三つの光が出現し、バルームたちへと飛ぶ。
瞬間、三人の脳裏に見知らぬ記録が浮かんだ。
◇
ピララの人生は人から好意を向けられないものだった。
ピララの母親が金銭目的で旅人に体を売り、子供ができた。そしておろす費用を準備できずに生んだ。
生まれた子供は金髪にオッドアイという村には一人もいない特徴を持っていた。オッドアイは当然として金髪も両親と違ったため、祖父母からの遺伝なのだろう。
母親は育児放棄をしなかったが、ピララのせいで生活費がさらにかかり苦しい思いをしているという考えだったので、愛情を注ぐということはなかった。
自分の代わりに家事などを行わせ楽をするため、家事や知識を仕込んでいった。
そんな母親をピララは慕っていた。慕う相手が母親しかいなかったのだ。その想いに母親が応えることはなかったが。
珍しすぎる風貌のせいで、大人たちも子供たちもピララを避けた。誰も仲良くしようとする者はいなかった。
そんな環境で愛や好意を学べるのか、歪に育つのではないか。
その答えはバルームと出会ったときに出ているだろう。愛は知っているが、歪でもある。
人を愛するという感情を自身に向けられることはなかったが、村人たちの生活を見てそういったものがあると知っていた。
家事などを上手くできるようになったら、いつか自分も母に愛される日が来る。そう思って母から教えられることを一つも逃すまいと真面目に学んでいった。
そういった人生を十歳になるまで過ごす。小さな村ではそんな人生を否定する者はいなかったため、特に自身の境遇に疑問を持つことなく育つ。
ピララが十歳になる少し前、村にちょっとした異変が起きた。作物の出来が去年今年と続けて不作だった。山での採取も少なく、村人全員が厳しい生活を過ごすことになり、ストレスが溜まっていったのだ。
そのストレスを晴らす対象として、ピララたち母娘が選ばれてしまった。
目立っていて、力がない子供ならば反撃もされないと思われたのだ。母親はついでだ。
ピララが忌み子だから神が怒って、不作をもたらしたとボケかけた老女が言ったのをきっかけに、村人たちから嫌がらせが始まる。
ピララにとってはこれまでと比べて少しだけ過ごしにくくなっただけだったが、母親にとっては生活が急変したように感じられた。
少しだけ耐えた母親は我慢できなくなり、村を出る決意をする。
ピララを置いていこうと思ったが、こうなった原因であるピララに仕返しをしなければ気が収まらなかった。
深夜にピララを起こし、荷物を持ち、家を出る。それに気づいた村人はいたが、止めることはなかった。
ピララはどこに行くのかわかっていなかったが、母親と一緒ならばどこでもよかった。
二人で村を出て、山を登り始めて、山道の途中で止まる。
「あんたはここで待ってなさい」
「一緒に行けないの?」
「ええ、ここから先は危ないから私一人でまずは行く。あんたは父親に迎えに来るように言ってあげるわ」
「パパと会えるの!?」
きらきらとした目で自身を見てくるピララを、内心馬鹿にして母親は頷く。
「あんたのことを好きな奴だから、待っていると言えば迎えに来るわ」
「会えるの楽しみ!」
「ただし村人に見つかったら父親はあんたと会えなくなる。だから村に戻ったり、道に出るんじゃないよ」
「わかった。でもどこにいるのかわかるのかな」
「わかるだろうさ。だって愛している娘のことなんだから」
愛しているという言葉がピララの心の中に沁み込んでいく。
「さっさと隠れなさい」
「うん!」
嬉々として道から外れていくピララを見た母親は気分がよさそうだ。
子供がどんなに頑張っても魔物がいる山で長生きなんてすることはできない。会いたい父親に会えずに魔物に襲われ必死に逃げて食われていくピララの姿を想像し、溜飲が下がる。
完全にピララの姿が見えなくなると母親も歩き出す。自分には明るい未来があると信じ、山を越えて麓の村で町の方角を聞いて、そちらを目指す。
そして魔物に襲われて死んだ。アントルといった弱い魔物しか知らない母親は旅の危機感が欠けていたのだ。
数日後に母親が死ぬと予想もしていないピララは山の中で、会ったこともない父親のことを考えながら、過ごせる場所を探し始める。
この日から二年という月日を一人で過ごすことになる。
魔物に襲われ、逃げて隠れる。逃げ隠れするだけでは生きづらいと考えて、母親に教わった危険な植物の毒で撃退。
そのうち治癒術を獲得し、よくわからないものの役立つものとして活用していく。
服はぼろぼろになり、話し方を忘れかけて、栄養も偏り、それでも山で生きていく。決して楽ではない生活だった。
父親に会う。それだけがピララの希望だった。
いつ会えるか、早く会えないか、そう思っていた十二歳のある日。木の実を探すため山を歩き回っていると、気絶しているバルームと出会う。
近づいてその姿を見て、母親から聞いた父親の特徴が思い出される。
顔は自然と笑みになる。やっと会えたのだと胸に喜びがあふれた。早く声が聞きたい、自身を見てほしい、愛を注いでほしい。
そんなことを考えて、バルームを起こすため手を伸ばし触れる。
父親との旅は楽しいものだった。
気にしてもらえて、安全で、食事に困らない。心配してもらえることもあって、その想いがくすぐったい。
父親を奪っていくかもしれないミローとイレアスという二人は邪魔だったが、父親が大事にしているので我儘は言わない。
その分、夜はすぐそばで寝たり、一緒のベッドで寝たりと甘える。
今後もずっとこれが続いていくと思うだけで幸せが胸にあふれる。
掴んだこの幸せを手放す気はない。ずっとずーっと父親と一緒にいる。それがピララの新たな願いだ。
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