第36話 剣のダンジョン 3

「尾は扱いに注意が必要だぞ。今回は俺が持ち歩く」


 そう言ってバルームは尾の先を布で巻いて慎重に持ち上げる。


「これ一ついくらくらいで売れるの?」

「だいたい赤硬貨一枚くらいか」


 生活費だけで考えたら一人一体倒せば黒字だが、準備でお金を使っているので、まだまだ赤字の状態だ。

 回収を終えて、周囲の警戒をしつつ戦闘の批評を始める。


「特にこれといったミスはなかったな、ミローも二体相手に足止めをよくしていたし、イレアスとピララも一体ずつ倒していって無理をしていなかった。問題ないだろう」


 褒められて嬉しそうにしている三人にバルームは続ける。


「ミローは余裕があったら関節を狙ってみるものいいだろう。硬い部分を攻撃するより効果的だ」

「はい」

「まあ、狙えたらでいい。イレアスはファイアーボールの扱いにずいぶん慣れたな」

「うん、レッサータイガーに使ったときよりだいぶ扱いやすくなった」


 発動速度は上がり、必要魔力も以前より少なくなっている。

 以前は全魔力の半分を必要としたが、今では魔力量が上がったこともあり、三割ほどの魔力ですんでいる。


「次はどんなものを習得するか決めているのか?」

「特に決めてない」

「だったら広範囲に攻撃する魔術を習得しよう。たしかそんなものもあると講義してもらったときに聞いたろ」

「そうする」


 一撃の威力を求めたファイアーボールと複数の敵を攻撃するファイアビットと足止め目的のファイアウォールをまず習得しろと教わっていた。


「あとキメラバグにはファイアーボールは使わずに行こうか、炎の放出で十分通じている」

「わかった」

「ピララは特に言うことはないな。この調子で二人をフォローしてくれ」


 頭を撫でながら言うと元気よく「うん」と返ってくる。

 

「じゃあ次に行こう。それと動きの速いやつが出てきたら、俺が戦う。三人だと無理というわけじゃなく、俺自身の鍛錬と稼ぎのためだな」


 ビッグポートリーと戦い手本を見せてから魔物とほとんど戦っていないので、たまには戦わないと勘が鈍るのだ。

 話し合いを終えて、四人は森の浅い部分を移動していく。

 ミローたちは二戦し、バルームも二戦して今日の戦闘を終える。

 森から出て、得たものを売り、テントに武具を置いて一休みする。


「ちょっといいか?」


 テントの外から声をかけられる。

 バルームが対応することにして、テントから出た。

 隣のテントの男がいて、彼も今日の探索を終えたのだろう武具を脱いでいた。


「なにか用事か?」

「伝えることと雑談だな。まずは見回りについてだ」

「見回り……ああ、もしかして夜の見張りをシーカーでやっているのか」


 ほかのダンジョンでも似たようなことがあり、推測したことを口に出す。


「そうだ。五日に一度、パーティーから一人出して見張りに立つことになっているんだ」

「了解した。次はいつだ?」

「五日以内ならいつでもいいぞ」

「だったら今日行ってくるとしようかね。どこに集合なんだ?」

「森側の櫓だ。日が落ちてしばらくしたら鐘が鳴るからそのあとに集合だな」


 ふんふんと頷くバルームに男は聞きたかったことを聞く。


「実際にダンジョンに挑戦してみて、あの子ら大丈夫だったのか?」

「心配してくれたのか。大丈夫だ、群れに突っ込むようなことはしていないし、すぐに森から出られるように浅い部分をうろついた。それにいつでもフォローに入れるように見守っていたからな。戦闘も苦戦といった感じじゃなかった。欲張って戦闘を多くこなさなければやっていける」

「そりゃよかった。年齢の似た妹がいてなぁ、ちょいと気になったんだ。うちの妹はまだ親と一緒に暮らしているが、あの子らはシーカーなんてやっているからもしかして」

「一人は親はいるが、二人はいない。それぞれ事情があるから追及は勘弁だ」


 男は頷く。様々な事情を持ったシーカーがいるとわかっているのだ。


「そっちは聞かないとして、なんでお前さんと一緒に動いているのか疑問なんだが」

「そちらも事情があるんだが、お偉いさんからの依頼だな」


 あまりこちらの事情を明かす気はない。このくらい話せば相手も納得しひいてくれるだろうというラインで情報を出す。


「そっか」


 男も無理をしていないか聞ければ満足だったようで、それ以上の情報を求めず、話題を別のものに変えた。

 十五分ほど森についてだったり、ほかの土地の情報だったりを話し、バルームはテントに戻る。


「聞こえていたかもしれんが、今日の夜は俺が見張りに行ってくる。三人は戦闘の疲れがあるだろうし、ゆっくり休んでおけ」

「明日も森に行くんですよね?」

「行くぞ。ああ、一日なら徹夜しても大丈夫だ。俺の強さにあった場所なら徹夜とか無謀なことはしないが、ここなら万全の状態でなくても大丈夫だ。ピララが魔物を見落とすこともないしな」

「任せて!」


 任せたとピララの頭を軽く数度叩く。

 夕食までひと眠りすると言い、バルームはゴロンと横になる。

 

「騒がなければ静かにしてなくていいぞ」

「いえ、静かにしています」


 ミローに同意見だとイレアスとピララも頷く。

 武具の手入れや荷物の整理をしながら夕食まで静かに過ごすことにしたミローたちの作業音を聞きつつ、バルームは眠る。

 そろそろ日が落ちるという頃に、バルームはピララに体を揺らされて起きる。

 四人で夕食を取り、テントに戻る。バルームが武具を着込んで、のんびりしていると「コーンコーン」という鐘の音が聞こえてくる。


「いってくる。ないとは思うが、寝込みを襲われても大丈夫なように武器はすぐ手に取れる位置に置いておけ」


 たまに若い女のシーカーが寝込みを襲われるという話を聞くのだ。

 そのときは遠慮なく反撃しろと言ってからテントを出る。

 バルームは注意して周囲を見てみる。こちらに特別注意を向けているシーカーはいない。さすがに皆が起きているときに馬鹿な真似はしないかと思いつつ櫓に向かう。

 櫓に集まった者たちに見回り参加だと告げて、見回りについて話を聞く。


「やることは森の警戒と野営地の中の警戒だ」

「野営地を警戒しなければいけないことがあったのか?」

「最近はないが、四年くらい前に美人なシーカーを襲おうとした馬鹿がいた」

「やっぱりいるんだな、そういったやつ」


 どうなったかと聞くと、両方の証言と周囲の目撃情報で襲ったのが事実とわかったあと、別嬪さんの仲間がそいつをシーカーから引退させるほどの大怪我を負わせたということだった。

 バルームは当然だなと頷き、ほかのメンバーも当然のものといった反応だった。

 ときに協力することもある同業に迷惑をかけたのだから、それくらいの罰は当然なのだろう。


「中も警戒してくれるなら安心だな。うちの子らは若いが見た目は悪くない。馬鹿なことを考える奴がいないかと心配していたんだ」

「ああ、子供三人だったか? たしかに見た目良かったから、その心配は当然のものだな。力の差で押し切れると考える奴はいるかもしれん」


 テントの位置を教えてくれたらそこを重点的に見るということで、バルームは使っているテントの位置を教える。


「お前さんには野営地の中の見回りを任せようか」

「そこまでしなくて大丈夫だ。ここにいる奴らが見てくれるようだし、予定通りのところでいい」


 そこまでしてもらうと疑われていると思って気を悪くする者がいるだろうと断る。


「誰がどこかはクジで決める予定だったから、それに従うってことでいいな」

「それでいい」


 バルームが頷くと、先の方が赤い紐と無色の紐が取り出されて、赤い方が外だと説明される。

 順番に紐をとっていき、バルームは白を引く。


「中だな。定期的に野営地を歩き回ればいいんだよな? どこか近づかない方がいいところとかはあったりするのか?」

「そういったところはない。まんべんなく見て回ってくれ」


 見て回るといっても今から朝まで常に見回りをしろというわけではない、一時間ごとの二交代だ。

 バルームは野営地見回りの四人と話し合い、先か後かを決めた。

 見回りは何事もなく終わり、少し眠気を感じつつバルームはテントに戻る。


「おかえり」


 バルームが入ってきたことに気付いたピララが、むくりと起き上がって眠たげな様子で声をかけてくる。


「おう、ただいま。夜はなにもなかったか?」

「うん」

「そりゃよかった」

 

 その会話でミローとイレアスも起きてきた。

 彼女たちとも話して、一緒に朝食を食べ、森へと向かう。

 二日間、初日と同じように森に向かい、キメラバグを中心に戦っていく。そして一日休みをとって、また森へと行こうとした日の早朝、ミローは誰よりも早く起きた。


「夢じゃない?」


 ここ最近、誰かに呼びかけられていたような気がしていたが、起きる直前に「はよ来い」という言葉とともに頭を叩かれた気がしたのだ。

 声は森から聞こえたような気がして、そちらがなんとなく気になる。今も無言で呼ばれ続けている気がして寝る気がしない。その声に恐怖や不安はない。ただ行ってみたいと思えた。

 

(三人を起こすのも悪いし、気になるけど朝になって話そうっと)


 とりあえず目を閉じたまま横になる。そのままボーっとしているうちに起き出した者たちの作業音がテントの外から聞こえてくる。

 やがてバルームたちも起きてきた。


「先生、今日行ってみたいところがあるんです」

「どこだ?」


 起きて急になにを言い出すのかと思いつつバルームは聞き返す。


「正確にどことは言えないんです。でも森の方角から呼ばれている感じがずっとあって」

「気のせいじゃなく?」

「私も最初は気のせいだと思ったんですけど、この感覚はそうじゃないと思います」


 バルーム自身はそんな感じはない。イレアスとピララにも確かめて、なにも感じていないという返答を得る。


「どういった感情なのかわかるか? 敵意をもっているとか」

「敵意はないと思います。早く来いと急かす感じはありますけど」


 バルームは悩む。ダンジョンの方角から呼ばれるというのは明らかに面倒事だと思ったのだ。

 これまでシーカーをやっていて、そんなことを経験したことはなく、またほかの誰かが経験したと聞いたこともない。

 神に選ばれるような子だから、ありえるのかとも思うが確証はない。


「いっちゃ駄目ですか?」


 悩むバルームを見て、不安そうに聞く。


「お前は行きたいのか?」

「行きたいという思いの方が強いです。なんでかスルーしちゃ駄目な気がします」

「森に異常があるという話は聞かない。いやダンジョンは異常なのが正常なんだが。ここ最近変化が起きたとは聞かん。だから特定の魔物がお前さんを罠にかけようと呼びかけているわけではないと思う。再度確認するが敵意はないんだな?」

「はい」


 即答する。敵意はないし、甘言というわけでもない。感じるものは「来い」という意思のみ。


「危険と判断したら即座に退く。これを約束できるか」

「できます。私の好奇心みたいなもので皆を危険にさらす気はありません」


 この呼び声よりも三人の方が大事なのだ。


「よし、行くか」

「ありがとうございますっ」


 嬉しげに礼を言うミローに頷きを返して、まずは朝食や身支度だと言って動き出す。

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