第34話 剣のダンジョン 1

 ビッグポートリーの狩りに八日間の時間をかける。

 二体や三体でいるビッグポートリーと戦って、複数相手の経験を積んだミローたちを見て、バルームは南のダンジョンに向かうことを決定する。

 帰りの馬車の中でそのことを告げて、三人に課題を出す。


「南のダンジョンがどんなところか明日明後日の二日間三人で情報を集めてみることが課題だ」

「私たちの情報だけでそこに挑むんですか?」

「俺は俺で調べてみるから、あとで情報をすり合わせてみるぞ」

「ピララはこっちについてくるの?」


 イレアスが、バルームから離れて行動できるのか疑問だと聞く。


「ちょっと用事があって、明日の昼から明後日の昼前くらいまで俺一人で行動する。留守番になるから二人が連れ出してくれ」


 ついて行けないのかピララが聞く。


「無理だな。一日離れるだけだ。その程度なら我慢してくれ」

「絶対一日で帰ってくる?」


 不安そうに見てくるピララにバルームが頷きを返す。ピララは渋々といった感じで頷いた。


「……じゃあ我慢する」


 こうして少しずつ離れることに慣れてくれればいいとバルームは考える。

 ちなみに一日かける用事などない。たまには自由時間をとろうと考えての発言だった。

 あちこち出歩くと情報収集をする三人と出くわすかもしれないので、娼館に引きこもるつもりだった。隣国からこっちに来て今日までご無沙汰だったので、たまったものを発散する。

 ミローとイレアスは年頃で、そういった性に関して嫌がるかもしれないので、二人にもどこに行くのか話すことはない。

 その夜は留守番が不安なピララがいつも以上にくっついていた。

 翌朝、ミローが宿に来て、イレアスとピララを連れて出かける。ピララがバルームの手を握って離さなかったが、ミローが強引に連れていった。

 まずはシーカー代屋に行くと言っていたのが去り際に聞こえてきた。


「俺も出るか。久々の自由な休暇だなー」


 財布だけを持って、宿を出る。

 有料の図書館は以前町を歩いたときに見つけていたので、まずはそこに向かう。

 司書に南のダンジョンに関した情報を尋ねて、文献のあるところを教えてもらう。

 本を持ち、ささっと読んでいく。

 それによると目的地は、剣のダンジョンと呼ばれているとわかる。なぜそう呼ばれるのか、それは森の中心に剣が突き刺さっていて、それが抜けないことから通常のものではないと判断されて、異種にとりつかれた剣なのだろうと考えられた。そして森がダンジョン化した原因とされた。

 約五十年前に森はダンジョン化し、そのときに剣も出現したと予想されている。

 そのときに森に目立った誰かが入ったという記録はなく、その剣がどこから来たのか知る者はいない。

 異種にとりつかれた剣を誰かが森に捨てた。剣に操られた誰かが森に突き刺した。異種にとりつかれたなにかが剣の形をとっているだけ。などと噂されている。

 森に出てくる魔物は四種類。キメラバグ、ハードボア、青魔鳥、人食い草だ。たまにゴブリンが入り込んでいることもある。

 キメラバグは、いくつかの虫の特徴を持つ魔物だ。クワガタのはさみを持つ蟻や羽を持つムカデなどがいる。ハードボアは分厚い毛皮と筋肉を持つ猪だ。青魔鳥は大きくなり凶暴化した鳥だ。人食い草は蔓に擬態した植物の魔物で、休んでいるところを奇襲して巻きついてくる。

 魔物だけではない森の注意点も確認し、図書館を出る。

 次に向かうのはシーカー代屋だ。図書館で過ごした時間の間に、ミローたちはもう移動していると思ったのだ。

 念のため外から屋内を見て、三人の姿が見えないことを確認してから中に入る。

 職員は朝の忙しい時間を越えて、書類仕事などを行っている。ちらほらといるシーカーたちは今後の仕事を探したり、予定の打ち合わせをしていた。


「すまん、少しいいか?」


 話し合いが終わった様子の中堅のシーカーたちに声をかける。


「ん? なにか用事か? あんたはたしか若い女たちの面倒見ている奴か」


 たまに若いシーカーの面倒を見る者はいるが、長時間は珍しいためバルームは少しばかり目立っていたのだ。若い女が好きなんだろうという感じでほかのシーカーたちは見ている。

 どう見られているかバルームは想像ついていて、悪評ではないので訂正しなくてもいいなと思っていた。


「南の剣のダンジョンに行ったことあるか? あるなら情報料を払うんで話を聞かせてほしい」

「ああ、いいぜ」


 助かるとバルームは言い、黄硬貨三枚を渡す。

 図書館で得た情報とそう違ったものはなく、彼らが森を歩いて思ったことや魔物とどのように戦ったかなどを聞くことができた。

 森に出てくる魔物の強さはビッグポートリーよりも上だが、レッサータイガーには届かない。そんな情報も聞けてなかなかの収穫だ。


「世話をしている三人も剣の森に関して情報を集めていたようだったが」

「あの子らだけで、きちんと情報を集められるか課題を出したんだ」


 今後自立したときのことを考えてかと男は納得した様子だ。


「ほかに聞きたいことはあるか?」

「いや、十分聞けた。ありがとう。あ、森の情報じゃないんだが、近々ここらで一番のシーカーたちが戻ってくるという話を聞いた。どういった奴らなんだ?」

「ジャネリが率いるパーティのことだな。気の良い奴らだぞ。少々真面目で固いところもあるが、偉ぶったところもなく面倒見がいい」

「困り者の集団ってわけじゃなさそうでよかったよ」

「俺たちもほっとするところだな。よその町には強いが横暴な奴らもいると聞いた。そんな奴だと付き合いも大変だ」


 そうだなとバルームは頷く。運良くこれまでそういった連中と一緒になったことはない。駆け出しの頃は当時のトップが好き勝手する者たちだったようだが、実力差から一緒になることはなく、バルームたちが真面目にやっているうちに引退した。バルームたちに見所があればちょっかいの一つもかけられただろうが、ごく普通のシーカーだったのでそういったこともなかった。

 

「情報助かった。ジャネリだったか? そいつらは今度の指導会で見てみるとするよ」

「参加するのか?」

「あの三人にほかのシーカーたちと顔合わせさせたいからな」

「なるほど。きちんと指導しているんだな」

「そりゃするさ。報酬をもらっているからな」


 再度礼を言って、バルームはシーカー代屋から出る。

 調べものはここまでにして、早めの昼食をとっていそいそと娼館に向かう。

 

「いらっしゃい」


 入ってすぐ店員から歓迎の言葉を向けられ、休みや準備中ではないとわかる。


「初めてのお客さんですね?」

「そうだ。どういった相手がいいか要望を出したいんだが」

「どうぞ」

「三十歳前後でお勧めはいるか」

「若い子もいますけど、その年齢でよろしいので?」

「ああ、言った年齢で頼む」


 わかりましたと店員は頷いて、ファイルをめくっていく。

 

「該当するのは三人」


 性格や体格や出身地といったものを伝えられ、バルームは好みに合った人を選ぶ。

 お待ちくださいと店員は言い、鈴を鳴らすと違う店員がやってくる。その店員にバルームが選んだ女の名前を告げる。

 やってきた店員は小走りで離れていき、すぐに三十歳ほどの女と一緒に戻ってきた。

 ブルネットの波打つロングヘア―、たれ目がちの瞳、おっとりとした雰囲気を持つ美人で、光沢をもつ白のスレンダードレスをまとっている。


「こちらの娼婦でよろしいですか」

「ああ、問題ない」

「ではお勘定を先にいただきます。基本料金は丸一日で赤硬貨六枚。食事や酒を追加するなら赤硬貨二枚追加」

「昼は食ってきているから俺の分はいらん。酒はすぐに持ってきてくれ」


 そう言ってバルームは赤硬貨八枚とチップで黄硬貨五枚を渡して、酒を受け取った女の先導で一晩を過ごす部屋に向かう。

 バスルーム付きの部屋に案内される。部屋の装飾は青と白を中心として、掃除は行き届き、シーツも清潔だ。少々高めの娼館を選んだので、娼婦以外にも手が行き届いていた。


「まずは自己紹介でよろしいかしら」

「バルームだ」

「シャロートと申しますわ」


 ゆるやかに一礼し、ソファに座り、バルームを招く。

 バルームが隣に座るとシャロートはグラスに酒を注ぐ。


「私もいただいていいかしら」

「かまわん」


 遠慮なくと言いシャロートは自身のグラスにも酒を注いで、少量だけ飲む。

 バルームがすぐに始めたいという雰囲気を出していないので、シャロートはゆっくりと過ごすことにする。


「バルームさんは見ない顔だけど、この店には初めて?」

「初めてだな。ここのように高めの店自体初めてだ」

「仕事が上手くいったから奮発したというところかしら」

「違うな。娼館に頻繁にはこれそうにないから奮発したんだ。お偉いさんからの仕事を受けてな。そちらをおざなりにできないんだ」

「奮発したのならもう少し若い子でよかったんじゃない?」

「あんたも十分いい女のように思えるが」

「ありがとう」


 シャロートは嬉しげに微笑む。

 最近は指名も減ってきていて、身請けしてくれる人か別の職を探す必要があるかと思っていたのだ。

 ちなみにバルームは同年代が一番好きというわけではない。隣国にいた頃は若い女も買っていた。だがここで若い女を買うと、その影響でミローたちに邪まな視線を向ける可能性があった。だからそうならないように同年代を指定したのだった。


「バルームさんはいくつなのかしら」

「二十九歳だ」

「そろそろシーカーから別の職に変えようと考えだす時期ね」

「そうだな。今やっている仕事が終われば、村の護衛として雇ってもらえそうだ」

「ああ、もう次を見つけているのね。私も次を探さないとねぇ」

「新人の指導役になったりすると聞いたことがあるな」

「現状指導役は足りててね。バルームさんが身請けしてくれない?」


 半分本気だ。次がもう決まっているなら安心だと思ったのだ。


「すまんな、無理だ。次は決まっているが、今やっている仕事がまだまだ終わらん。あと二年くらいはシーカーだ」

「あら、残念」


 二年は短いようで長い。この先アクシデントでバルームが死ぬ可能性もあるので、二年間待って時間を不意にするかもと思うと乗り気になれなかった。


「誰か身請けしてくれる人はいないかしら」

「長いことやっていれば誰か一人くらいは身請けしたいと言う奴がいたんじゃないか?」

「いたわ。でも帰ってこなかった。口だけだったのか、どこかで死んじゃったのか。私にはわからないわ。期待して、それが裏切られて、珍しくもない話だと同業から聞いて、期待することを止めたの」

「たしかに珍しい話じゃないな」


 バルームも娼婦を身請けすると言っていたシーカーがお金を貯めるため無理して死んだのを知っている。

 少ししんみりとした雰囲気になり、それを払しょくするため、シャロートを抱き寄せる。

 シャロートはバルームの目に欲情の色を見つけて、気持ちを切り替えた。

 顔を近づけ、酒の味がする口づけを交わし、ベッドへと倒れ込む。

 休憩をはさみながら行為を続け、夕食をともにとり、その後にまた行為を再開する。

 一緒のベッドで寝て、朝になり、湯を浴びて、朝食をとってのんびりと過ごす。

 気持ち良かったということもあるが、欲求など精神的にも溜まっていたものを出せてすっきりとした朝だった。

 

「悪くなかったわ」


 帰り支度を始めたバルームにシャロートがそう言ってくる。


「こっちも満足できた。また指定したいと思えるくらいにはな」

「だったら死んだりしないで、また指定してちょうだい。次もたくさんサービスしてあげる」

「楽しみだが、いつになるかわからんなぁ」

「できるだけ早く来てくれると嬉しいのだけどね」

「約束なんざできないが、次も指名するとしようか。まあその前に上客を捕まえて引退しててもいいぞ」


 それもありねと笑うシャロートに見送られて、バルームは店から出る。

 バルームはすぐに宿へと帰らず、町の中を歩く。なにか探しているわけではない。娼館でしみついた匂いを落とすためだ。その匂いでどこに行っていたのか三人が察することはないだろうが、念のためだった。

 そうして昼食を食べてから宿に戻ると、それに気付いたピララがすぐに部屋から出てきた。


「おかえり!」

「はいはい、ただいま」


 満面の笑みで抱き着いてくるその姿を見ていると、イレアスも部屋から出てきた。近づいてくるとバルームの袖をちょこんと握る。

 

「おかえり」

「おう」


 明日になればミローも元気よく挨拶してくるのが簡単に予想できた。

 三人が離れないのも予想できて、やはり娼館に頻繁には行けないなと少しだけ残念に思えた。

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