第61話 家と使用人
大虎人討伐の報酬をもらって十日ほど時間が流れる。雪は本格的に降り始めて、町の中も外も白く染める。駆け出しシーカーや流民が屋根から雪を落とし、道の雪を端に寄せている姿があちこちで見られた。
鍛錬のため四人は町の外へと向かう。
ある程度町から離れて、バルームはイレアスに頼んで周辺の雪を溶かしてもらう。
「ありがとう。じゃあそのままイレアスは魔術の鍛錬。ピララは雪玉を向こうの木に投げて命中させる鍛錬。俺とミローはまずは素振りだ」
それぞれが返事をして鍛錬を始める。イレアスはファイアランスの習熟を行い、ピララは投げるための雪玉作りを始めた。
素振りを終えた二人はそのまま模擬戦に移る。
バルームが攻めて、ミローが避けるという感じで模擬戦は行われる。
魔物の群れと戦い、多くの戦闘経験を積めたことでミローの動作は洗練されてきている。バルームもなにも考えずに振り回すだけでは当てることがかなり難しくなっていた。セブレンから教えられたことが少しずつ実を結び始めたのだ。
「努力と才能が上手く嚙み合っているな。このまま順調にいくなら俺が当てられなくなるのもそう遠い未来ではないだろう」
「先生は攻撃よりも防御がメインですからね、私が有効打を当てられるようになるのはいつのことやら」
「お前ならそう遠いことじゃないと思うぞ」
模擬戦を切り上げて、ミローには魔力を使った攻撃の練習をさせて、バルームはイレアスとピララの鍛錬を行う。
やるのは回避鍛錬だ。雪玉を二人が投げる。投げる方向も同じ方向からだったり、挟んだり、十字砲火のような感じだったり、いくつかのパターンを使用している。
上手く避けるのは能力も高いピララだ。イレアスはまだまだ精進が必要だった。
「イレアス、火で温まっておけよ」
「うん」
雪玉がぶつかり体が冷えたイレアスはファイアウォールを調整して火柱っぽく出現させてそれの近くで体を温める。
いくらか時間が流れてミローと別れて外から宿に戻ってくると、宿の主人から手紙が届いていると言われて渡される。
バルームは部屋に戻りながら開いて中を確かめる。
読み終わったバルームにイレアスがどんな内容だったのか尋ねる。
「明日の朝に領主の部下が来るんだそうだ。報酬の家を案内するためにな。都合が悪いならその部下に案内してほしい日を告げるようにとも書かれているが、特に用事はないから明日は案内とか必要な家財購入とかで終わると思う」
「自分たちの家、少しは楽しみかな。ピララはどう?」
「パパと一緒のお部屋が楽しみ!」
「お前の部屋は別にあるんだぞ」
「パパと一緒」
「俺の部屋のベッドは大きめなものを準備するか」
言ってもきかないだろうと諦める。
それを聞きつつイレアスも機会があれば添い寝してみたいなと思っていた。
翌日、やってきたミローに今日の予定を伝えて、カルフェドの部下を待つ。
少しだけ待つと宿の従業員が客だと呼びにきた。
ホールに行くと、バルームたちに気付いた二十歳過ぎの男がペコリと頭を下げる。
「おはようございます。バルーム殿で間違いありませんか」
「あっている。そちらの名前は?」
「領主様の部下でジュルーと言います。本日はよろしくお願いします」
バルームもよろしくと返して、ミローたちの紹介をして宿を出る。
「案内する家は三ヶ所です。どこが一番条件にあっているということもなく、三つとも条件にあっていると思いますから、好みで選んでもらっていいと思いますよ」
場所はシーカー代屋にほどほどに近いところ、食べ物を売っている市場にほどほどに近いところ、町の北部入口に近いところだ。
まずはシーカー代屋に近いところに向かう。
「ここは庭が小さく、ここでの鍛錬は難しいかと。洗濯物を干すことができるくらいでしょう。築年数はここが一番長いため一部修理が必要なところがありますね。その費用はこちらでもちます。修理時間があるので住めるまで少し時間を必要としますね」
「中を見ても大丈夫か?」
「ええ」
ジュルーが鍵を開けて、中に入る。
条件に合う家を探すときに換気はしたが、掃除はまだなので埃が溜まっていた。
使っていないのなら仕方ないと埃は気にせず、家のあちこちを見て、次の家に向かう。
次に行ったのは市場に近いところだ。ここは築年数が一番新しくすぐに住めるが、手狭な家でもある。市場に近いので朝早くから騒々しい場所でもある。
ここも中を確認して、北部にある家に向かう。
「おすすめはここでしょうか。築年数は市場に近い家とそこまで変わらず、住める人数も多く、庭も広めです。庭の井戸もきちんと使えることを確かめてあります。ジャネリ殿たちの拠点にも近いですよ。こちらとしても北部の守りをお任せできると期待している部分もあります」
「守りというと?」
「積極的に治安活動してくれというわけではありません。そういったものは兵の仕事ですからね。北部から侵入してくる魔物や賊がいたりしたら、兵に協力して動いてもらいたいといった感じですね」
「まあ、その程度なら問題ないか」
中の確認をするとお勧めされるだけはあり、まだまだ壊れるような雰囲気はなかった。広さも条件通りであり、騒音もそこまではないという話だった。
「三つの中から選ぶとしたらここか」
「そうですね。市場に近い家は買い物が便利ですけど、ゆっくり休みたいときに外からの音でゆっくりできないかもしれません。シーカー代屋に近いところは修理してもまた別のところが壊れるかもしれません。三つの中だとここがいいと私も思います」
「イレアスは?」
ピララは聞かずとも返答はわかっているのでイレアスにだけ声をかける。
「いいと思う」
廃墟に比べたらどこも天国なのだ。どこにも不満はなく、バルームが決めたのならここで異論はなかった。
「ここに決めさせてもらう」
「では予備を含めて二つの鍵をどうぞ。住むのはいつからになりそうでしょうか? 使用人の紹介をしたいのですが」
「まずは掃除をして、家具を買って、それから住むといった感じだからどれくらいだろうか」
「それだと長くて十日と考えれば十分ではないでしょうか」
余裕をとった日数をジュルーは言い、バルームは頷く。
「じゃあ十日後で頼む」
「わかりました」
ジュルーは予定をメモして帰っていった。
「じゃあ、掃除道具を買ってきて掃除するか」
「そうですね。掃除しながら部屋決めとかしましょう」
「一番大きな個室は先生。ピララが一緒ならその方がいいでしょ」
「そうだな」
そんなことを話しながら外に出て、道行く人に掃除道具を扱っている店の場所を聞く。
礼を言ってから店に向かい、箒や雑巾やバケツなどを購入し、家に戻る。
「俺は水を準備するから、三人は窓を開けて回ってくれ」
頷いた三人が家の中に入っていき、バルームは備え付けられていた甕を持って井戸に向かう。
甕に水を入れ、それを玄関そばまで運んでバケツに水を入れる。
リビングの端にバケツを置いて、ハタキを持って埃を落としていく。
そこに窓を開けたミローたちがやってきて、箒で埃を集めていく。埃が溜まるとイレアスが庭に運んで、もう一つのバケツに水を入れて、風に注意しながら燃やす。
埃を落とし終えると、雑巾で部屋中をふいていく。
四人とも一般人よりも体力があるので、休憩せずにささっと終わらせていく。
リビングの掃除が終わると昼食の時間になる。
「まだ換気をしたいですし、窓は開けたままでいたいです。そんな状態で出かけられませんから屋台で買いませんか?」
「そうするか、俺は廊下の埃を落としているから三人で行ってきてくれ。これといって食べたいものはないから肉とかを頼む」
「わかりました」
バルームはミローにお金を渡し、ハタキを持つ。
ぱたぱたと埃を落とし、今日は銭湯に行ってきちんと体を洗うかと考えていた。
帰ってきたミローたちがリビングに移動し、バルームは体の埃を庭で落としてリビングに入る。
机や椅子がないので床に座っての食事になる。
「今日中にテーブルと椅子は買っておくか。ソファも」
「そうだね。野宿でこうやって食べるのは慣れているけど、家の中までこうやるのは少し落ち着かないし」
「掃除は一度切り上げて買い物ですか?」
「換気をもうしばらくしたいから二時間くらいは掃除を続けよう。その後に買い物だ」
午後からの予定を決めて、食事を進める。
食事のあとは廊下の掃除をすませて、窓を閉めて回って、鍵も閉めて買い物へとでかける。
バルーム的には頑丈で使えるならデザインなどは拘らないが、ミローたちは自分たちのものなのだからとしっかり選ぶ様子を見せる。ピララも少し楽しそうだ。その様子を見て、ピララも普通の女の子なのだなと安心する思いをバルームは抱いた。
夕方まで時間をかけて、背の高いテーブルと低いテーブルを一脚ずつ、椅子を五脚買って皆で運ぶ。
それをリビングに入れて、今日のところはこれで終わりになった。
翌日も朝から掃除を行い、全部の部屋の埃を落として、自分たちの部屋のふき掃除を行った。
使用人が来るまでに、一通りの掃除を終えて、自分たちが使う家具や食器は揃える。
家具や食器は全額バルームが出したというわけではない。ミローたちの分は自分で出した。群れの討伐報酬でそのくらいは出せるのだ。バルームは自分とピララの分を出してすませる。
使用人が来る前に家具がそろい、家で暮らせるようになって、宿からこっちに移っている。
バルームだけならば必要最小限で済ませていた内装も、ミローたちによって造花の入った花瓶が家のあちこちに置かれていたり、テーブルクロスが敷かれていたり、暖炉前に絨毯が敷かれていたりする。
キッチンにはキッチンシェルフが置かれて、そこに皿や鍋などがある。
バルームと同じ部屋で寝起きしているが、一応ピララの部屋もある。タンスとベッドなど必要なものが置かれていて、ベッドは使われていないが、タンスには洋服などが入っている。
庭には洗濯物が風に揺れたりして、数日前と比べていたらすっかり生活感が出ていた。
そして十日目の朝。朝食後に庭の雪を溶かして体を軽く動かしているとジュルーが二十歳手前くらいの女を連れてやってきた。
女は黒髪をシニヨンにして、ベージュのジャンパースカートに、灰色の厚手シャツ、その上からコートを着ている。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶を返してバルームたちは体を動かすのを止める。
「その人が使用人なのか?」
「はい。ヘランという名前です」
ジュルーに促されて、ヘランが一礼する。
「ヘランと申します。数日の試験期間を経て、正式雇用という話を聞いています。雇っていただけるように頑張りますので、よろしくお願いします」
「雇用に関した書類を確認してもらいたいので、中で話し合いたいのですが」
バルームは頷き、全員で家の中に入る。
ジュルーたちにソファを勧めて、バルームとピララが向かい合うように座る。
ミローたちは暖炉すぐそばに置いていたケトルからコップにお湯を注ぎ、それぞれの前に置いてソファに座る。
ジュルーはお湯を一口飲んで、書類をテーブルに置く。
「ご確認ください」
バルームは書類を手に取って、内容を確認していく。
ヘランの仕事内容、雇用費用、テスト期間と雇用期間、仕事で失敗したときの対応といったものが書かれている。
カルフェドからの紹介といったこともしっかりと記述されている。
バルームから見て、おかしな部分はないように思えた。ミローとイレアスに書類を渡して確認してもらったあと、ジュルーに内容の説明をしてもらう。
一通りの説明を終えて、問題ないと判断したバルームたちは書類にサインをする。
「では私はこれで帰ります」
「ありがとう。カルフェド様にも感謝を伝えておいてくれ」
「わかりました」
ジュルーを玄関まで見送って、バルームたちはリビングに戻る。
「それでは自己紹介といった話し合いをしようか。互いに上手くやっていくために、ある程度の理解は必要だろう」
バルームたちの自己紹介を終えて、互いの呼び方を決めてからヘランについて聞く。
呼び方は旦那様やお嬢様といったものになった。呼ばれなれていないので別の呼び方をバルームたちは求めたが、距離感をしっかりと認識して仕事に失敗しないために必要だとヘランから言われて受け入れる。
「どういったことができるのか聞かせてほしい」
「家事は一通り仕込まれています。来客対応などはそこまで得意ではありません。貴族の使用人と同等のものを求められても応えることはできません。得意なことは料理です。調理補助のスキルがありますので。父からはここで雇われている間に、使用人としての経験を積むようにと言われています」
「そのスキルがあるなら料理人を目指すのもありじゃないんですか」
ミローの質問にヘランは首を横に振った。
「小さい頃から使用人になるように育てられたので、料理人にはあまり関心がないのです」
「なりたいのは使用人ということか」
「はい」
「ここだと使用人として鍛えられることはないかもしれないんだが、それでもいいのか?」
「そうでもありません。こうして実際に仕えるという経験は必ず、私の糧になります」
家にいても家事手伝いくらいしかやることはないのだ。家事技量は上がるが、それだけだった。
少しでも経験が積めるなら今回の話はヘランにとって良いものだった。
「そうか。そちらに不満がないならいい。これからよろしく頼む」
「はい。お世話になります」
「次はこちらについて話すか。この家に住んでいるのは俺とイレアスとピララだ。ミローの部屋はあるが、実家に住んでいる。あと俺とピララは同じ部屋で寝起きしている」
ヘランは真剣な表情で頷く。
「家具は一通りそろえたが、まだ足りないものはあるかもしれない。ヘランから見て足りないものがあれば言ってくれ。調味料は確実に足りていないしな」
「はい、わかりました」
「近いうちに家を留守にする。それだけじゃなくシーカーなんで遠出して留守にすることも度々あるだろう。そのときは換気などを頼んだ」
「承知しました」
「金の管理はどうすればいい? 必要なときに渡すのか、事前にある程度渡しておくのか」
視線を下げて少しだけ考え込むヘラン。
「ある程度の額を箱に入れて、リビングの目立つところに置いてくだされば、そこから必要な分を持っていきます。なにに使ったかもメモに残すようにします」
じゃあそれでとバルームは頷き、現状必要そうな金額を聞いた。
「ひとまずはこれくらいか。あとは少しずつやっていこう」
「はい。それでは足りないものの確認をして、昼食作りをしようと思いますが、それでよろしいでしょうか」
「ああ、頼んだ」
「皆様の私室の確認はどういたしましょう? 入られたくないのならやめておきますが」
バルームは問題なく、ミローとイレアスはどうだと視線を向ける。
「見るくらいならかまいませんよ。タンスを開けたり、動かされるのは困りますけど」
私もだとイレアスも同意する。
「そういったことはしません。本格的に掃除するときはタンスなどを動かすと思いますけど」
「それならいいですよ」
許可を得たヘランは早速リビングから見て回る。
バルームたちは勉強のため図書館へと向かうことにする。
お金を入れる箱は図書館からの帰りに買うことにして、ひとまずそのままお金を渡し、予備の鍵も渡す。
いってらっしゃいませとヘランに見送られて、四人は家を出る。
一人家に残ったヘランは、誰にも見られていないからといって手を抜かないようにと自身を戒めて、足りない物の確認を続ける。
足りない物はバルームが言ったように調味料、そのほかに鍋がもう二つ、タオル、大皿、籠、予備のベッドシーツといったふうに家事を専門にする者から見て、いろいろと不足するものがあった。
それらを急いで準備した方がいいもの、そうでないものと順序をつけて、メモしていく。
「預かったお金で足りるかしら」
おおよその値段を脳内で計算し、合計ともらったお金を比べる。
ここでヘランは一つミスをしたことに気付く。
「購入する物の質はどれくらいか聞いておけばよかった」
しまったと呟いて、すでに買ってある鍋などを参考にして同じ質の物を買うことにする。
「鍋とかは同じ質の物を買えばいいとして、調味料は参考にできるものが少なすぎる。今日のところは少量を買って、また明日買えるようにしておこう」
そうしようと頷いて、買い物に出ることにする。
家中の戸締りを確認して、玄関の鍵を閉めてヘランは大通りを目指す。
先に食材を買い揃え、持てる範囲で足りない物を買っていく。
今日の分の買い物を終えて家に帰ると、買った物を置いて、昼食を作り始めた。
昼頃に図書館からバルームたちは帰ってくる。家に入ると、料理の匂いが鼻をくすぐった。
「いい匂い」
イレアスが思わずそう呟く。
「そうだな。調理が上手いのはありがたい」
そう話しながら廊下を歩いてリビングに入ると、出迎えに行こうとしたのかヘランがリビングの扉近くに来ていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。いい匂いだな」
「ありがとうございます。すぐに配膳いたしますので、手を洗ってきてください」
バルームたちは言われた通りに手を洗い、テーブルにつく。
切り分けられたパンの入った籠が置かれて、次にサラダと具沢山のスープがそれぞれの前に置かれる。
早速スープを口に運べば、そこらの店に負けない味が口の中に広がる。
この料理の腕だけでも雇ってよかったと思える。今後の食事を楽しみに思いつつ食事を進めていった。
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