第62話 雪の降るなか 1
ヘランを雇い少し時間が経過し、バルームたちは予定していた荷物運びをやることにする。
ここしばらく行っていなかったシーカー代屋へと向かい、中に入ると視線が集まった。
あちこちから挨拶が飛んできて、それに応えつつカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
心なしか丁寧に対応してくる職員に、近隣の村への荷物運びはあるか聞く。
「荷物運びですか?」
「ああ、こいつらに雪が降っている外の移動を経験させたくてな。そのついでに仕事を受けようと思った」
「そうでしたか。たしかいくつかありましたね。少々お待ちください」
職員はカウンターから離れて、書類を確認していく。
戻ってきた職員は十五個の仕事があると言う。
「その中から南の川を越えるものは弾くといくつ残る」
「十一個です。すべて受けますか?」
「いやさすがに多い。場所を聞いてから選びたい」
頷いた職員はそれぞれの場所を地図を使って示していく。
「西にある三ヶ所を受けよう」
普通の天候で徒歩五日の範囲内にある依頼を選ぶ。荷物は薬や塩が中心だ。小型のそりが貸し出され、それに荷物を載せて移動する。
雪が降っているので移動速度は落ちるだろう。出発して帰ってくるまでに十五日ほどかかるとバルームは予想する。
「ついでにもう一つ依頼を受けませんか?」
「どういった依頼なんだ」
「調査依頼ですね。魔物が多く移動したことで魔物の分布に変化が生じていないか情報を集めています。過去に起きた魔物の群れとの戦いで、分布に変化が生じた事例があるため、情報を必要としてます」
なるほどとバルームは頷き、しかしと続ける。
「そういった調査は得意としていないんだが」
「本格的な調査は専門のパーティーに依頼しています。少しでも多くの情報が必要なので、気付いたことがあれば報告してください。その情報の質と量によって報酬が増減します」
「そういった感じか。気づいたことがなければ報告はなしでいいんだよな?」
「はい」
調査に集中しなくていいということなので、その依頼も受けることにする。もともとの魔物分布を教えてもらい、メモに残す。
出発は明日ということにして、出発前に荷物を受け取れるように手続きをしてシーカー代屋を出る。
予備の防寒具やテントなどを購入して家に帰り、ヘランに仕事で留守にすることと留守にする期間を伝える。
「承知いたしました。よろしければ体が温まる飲み物をご用意しましょうか? 粉末をお湯に溶かして飲むというものですが」
「あればありがたい。頼んだ」
「では材料を買うためにでかけてきます」
お金を箱から取り出してヘランは出かける。
その際にヘランは洗濯物を干している部屋の温度を上げてもらえないかとイレアスに頼む。
それに頷いたイレアスはバルームたちを消火要員として連れていく。
現状空き部屋の一つが洗濯物を干す場として利用されている。部屋の中に四本のロープが張られていて、洗濯物がかけられている。そういったいくつかの洗濯物に混ざってイレアスとピララの下着も見える。
それに気づいたイレアスは少し恥ずかしそうにして、バルームの視界から体で隠すように移動し、ファイアビットを部屋のあちこちに浮かべた。
雪や寒さへの注意点を話して、たまに換気をして時間を潰す。
翌日、武具を身に付け、マントや笠帽子も持った四人は家から出る。
「皆様、いってらっしゃいませ。無事の帰りをお待ちしています」
「ああ、留守を頼んだ」
ヘランに見送られて、四人はシーカー代屋へと向かう。
職員から荷物と書類とそりを受け取って、町の外を目指す。
真っ白な景色に馬車が移動した跡が見える。
今は晴れで雪はやんでいる。空にはちらほらと雲が浮かび、遠くには雲の塊も見えた。風は雲が見える方向から吹いているので、また降り出すだろう。
「それじゃ積もった雪の中から飛びかかってくる魔物に注意して進むぞ。光を反射する雪を見続けていると目が痛くなることがある。そのときはすぐに言え。少し休むからな」
ミローたちの返事を聞いてそりを引くバルームが歩き出す。
まれに鼠の魔物が襲いかかってくるが、今のメンバーならば苦戦もしない。ピララが発見し、遠くならばピララが狙撃、近づいてきたらミローが迎撃という形で戦闘は終わる。
イレアスは雪が深いところで溶かして進むため、魔術は温存している。
駆け出しの狩場を越えて、別の魔物が出てくる地域に入る。そこでは以前バルームが狩場を変えるときに調べたものと変わらない犬の魔物が出てくる。
超魔が群れを率いた影響はまだまだ残っていて、魔物との遭遇回数は少ないように思えた。
「とりゃー!」
積雪を散らし犬の魔物へとジャンプして接近したミローが剣を振り下ろす。魔力が込められた剣は犬の魔物の首を切り裂いた。
ヒャンと断末魔を上げて、最後の魔物は消えていく。
戦闘が終わって、ミローは大きく息を吐く。
ミローたちは似たタイプであるレッサータイガーとの経験で苦戦はしないはずだった。だが着込んだ状態、かつ積雪という環境では動きが制限されて戦いづらそうだった。
「い、いつも以上に体力を使います」
「私はあまり動いていないけど、ミローはたくさん動いて大変そうだった。でもピララも動いていたのに、そこまで疲れてないように見える。能力の差?」
イレアスの視線の先では、ピララがけろりとした顔でバルームの隣に立っている。
「能力差もあるが、山暮らしで足場の悪さや冬の移動になれているんだろう。ミローはいつもより余計に力を入れて動いているが、ピララは普段の動きに近い」
「そのうち慣れますかね?」
「慣れるだろうさ。慣れた見本がここにいるしな」
言いながらぽんとピララの頭に手を置く。ピララは褒められたと嬉しそうだ。
「そうですね、頑張ります」
「ゆっくりでいいぞ。積雪での戦闘はまだまだ続くからな。そのうち嫌でも身に付く。現状力を入れすぎだから気合を入れると余計に疲れそうだしな」
「わかりましたー」
倒した魔物の素材を回収し、そりに乗せてずっと先に見える村を目指す。
素材を売って、村の食堂で昼食をとり、店員に近くの村について聞く。夕方までに着くならそこを目指し、なさそうならここで食材を買い込んでゆっくりと進んで野営を行うことにする。
店員が言うには夕方になる前に到着できる小さな村があり、お金を払うならば宿泊可能ということだったので、そこを目指すことにした。
長めの休みをとって村を出発し、二度ほど戦闘をして村に着く。
村長にお金を払って空き家を借りようとしたが、物資の方が嬉しいということだったので、戦って得た魔物の素材を提供すると、空き家を無事借りることができて、薪を少量もらうこともできた。
お風呂付だったので、雪を入れてイレアスにお湯にしてもらう。
体を芯から温め、ゆっくりと休んだ四人は翌日雪が降る中、目的の村を目指して出発する。
トンクロンを出発した三日後に四人は一番目の目的地に到着した。夕方も過ぎて日が落ちてから到着で、荷物を村長に渡して、ついでに空き家を借り受ける。ここでもお金よりは物資の方がいいということで魔物素材を食料と薪に交換して空き家を借りる。
明日からは北西に進んで、明後日に二番目の村に到着予定だ。そこからさらに二日かけて西に進んで最後の村に到着というスケジュールになっている。
翌朝村を出発し、特に問題なく移動を続けて二番目の村に荷物を届けて最後の村を目指す。
また出現する魔物の種類が変化したが、強さ自体は犬の魔物よりも下で、少しは積雪での戦闘に慣れたたためミローたちは特に苦労することはなかった。
出てきたのは虫の魔物で、力強い顎を持ち、硬い甲殻で攻撃を弾く。駆け出しには対処できない魔物であり、東のビッグポートリーと同等くらいか。
寒さで動きが少しばかり鈍くなっていて、普通であれば犬の魔物と同等だったのかもしれない。
落とす素材は鎧の材料になる甲殻と薬の材料になる肉だ。
移動を続けて、あと一時間と少しで最後の村に到着といった頃、一人で走る十歳かそこらの少年を四人は見つけた。真っ白な景色の中、毛皮を着て動く人間は目立った。少年も四人を見つけたようで、転びそうになりながら足を止めずに必死な表情で近づく。
「助けて!」
「どうしたの?」
ミローがすぐに聞き返す。
「村に悪い人たちが来て、暴れているんだ」
「大変! すぐに行かないと」
ミローの性格的にそう言うのは当然だ。そんなミローの肩にバルームが手を置く。
「まあ待て。助けるというのに否はないが、ただ突っ込むのは無策が過ぎる。坊主、いろいろと教えてほしいことがある」
「早くしないと皆が大変なんだ!」
「それはわかる。だがこのまま村に向かっても助けることなんてできないんだ。だから悪い人がいつ来たのか、何人いたのか、村人はどう対応したのか、悪い人はお前を追わなかったのか。そういったことを教えてくれ」
納得していない少年に、バルームが必ず助けるからと言葉を重ねると、少しだけ落ち着く。
「本当に助けてくれる?」
「約束だ」
「……わかった。えっと悪い人が来たのは少し前。僕が村の外にある川に水を汲みに行ったとき、村が騒がしくなったんだ。どうしたんだろうって様子を見に戻ったら、見たことのない人たちが剣とか槍とかを持って大声を出してた」
「何人いたかわかるか?」
見たことを思い返して少年は五人くらいだと言う。
「それで全員なのか?」
「わかんない。見た人数はそれだけ」
「だとするともう少しいると思っていた方がいいな。それでそいつらが暴れたって言ったが、どんなふうに暴れて、村の大人たちはどうしたんだ」
「家とか柵を剣とかで殴ったりしていたよ。大人も子供も家の中に逃げてった。悪い人たちは逃げた人を追って玄関を激しく叩いていた。それで僕はほかの村に助けてもらおうと走ったんだ」
「悪い人たちは村から離れる君に気付かなかったのか?」
「たぶん」
追ってこなかったということは、本当に気づかなかったか、魔物に殺されるから放置したかだろうとバルームは思う。
追いかけるということについて考えて気づいたことがあり、それについて聞く。
「悪い人たちは馬とか使っていたんだろうか。あれば追いかけるのを苦にしないと思うが」
「使ってなかったと思う」
「となると一時的な拠点を近くに作っていて、そこに馬車とか置いているかもな」
盗賊の人数を多めに修正する。
「ほかには村を見渡せる高いところを知っていたら教えてほしい。悪い人がどこにいるのか村に入る前に知っておきたいんだ」
「大きな木がある。それを登れば見えるはず」
「じゃあ、そこに案内してくれ」
頷いた少年が歩き出す。早足であり、それだけ早く村を助けてほしいのだろう。
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