第63話 雪の降るなか 2

 村近くにあるという木へ向かいながらバルームはこれからの戦闘について注意点をミローたちに話す。


「人間相手だと注意すべきはスキルと道具だ。本人が弱くても、スキルがこっちの動きを阻害するようなものだったら、ほかの盗賊から袋叩きにあう。道具も似たようなものだな。薬とか錬金術の道具とかで目潰し、麻痺、激痛を与えてくる。悪人はそれらの使用を躊躇わない。追い詰めたと思っても、それらを使われて一気に流れが変わるなんてこともある」

「どう戦えばいいの?」


 イレアスが聞く。


「殺すつもりでやるのが一番。だが俺個人としてはお前らに殺しを経験させたくはないな。いずれそのときがくるだろうが、それは今じゃないはずだ。だから相手の骨を折るつもりで戦え、そして相手が気絶しても油断はするな」

「殺すのは駄目? 魔物はこれまで殺してきたのに?」


 ピララが首を傾げた。ピララは、バルームがやれと言えば躊躇いなくやるだろう。

 ピララにとって人と魔物の違いは大きなものではない。なによりもバルームが優先されて、そのずっと下にミローとイレアス、あとは神も魔物も人間もひっくるめてそのほかという感じなのだ。

 

「駄目だな。魔物を殺すのと同族を殺すのは違う。人間を殺すと心に残るなにかがある。そのなにかは良いものじゃない。そのなにかを受け入れてしまうと腐れ落ちて、道を踏み外すぞ」

「よくわかんない」

「そうか……人殺しに慣れると俺と一緒にいられなくなる。俺もそういった奴と一緒にいるのは嫌だからな」


 こう言えば人を殺さなくなるだろうとバルームは予想し、ピララは予想通りの反応を示した。


「絶対やらない!」


 ピララは即答した。

 人を殺してはいけないというよりバルームと一緒にいられなくなるということの方が大事で、ピララは人殺し禁止を心に刻む。


「基本的に同族を殺すのは禁じられたことだ。それを当たり前にやれるようになると、同族から弾かれる。そうなると生きづらくなるぞ。今はわからなくとも覚えておいてくれ。必要なことだ」


 ピララの頭を撫でながら言う。ピララはこくんと頷いた。

 バルームはミローとイレアスに顔を向ける。


「お前たちも覚えておいてくれ。人殺しには慣れるな、ろくなことにならないぞ。そもそもお前たちはシーカーだ。魔物と戦うことが専門であって、人と戦うことが専門じゃない。魔物から人を守ることがシーカーの役割だ」

「わかりました」


 そう言うのはミローで、イレアスは少しばかり納得いかないという表情だ。人間に迷惑をかけられた経験のあるイレアスには人を守るという部分が若干ひっかかるのだ。


「どうしようもない悪党もいると思う」

「ああ、いるな。そんな奴にまで遠慮する必要はないし、向こうも遠慮なんぞしないだろう。できれば生かして捕らえて兵に突き出すのがいいと思う。そいつに対して恨んでいる奴はきっといるだろうし、その気持ちをぶつけないと前に進めないこともある。死んでしまっていたら心の中のものを吐き出すのが難しい」

「そういうことなら」


 殺さないということに納得したとイレアスは頷く。


「話を今回の戦い方に戻すぞ。気絶させることを優先。気絶したふりには気をつけろ。人質を取られたら、相手が何か言う前に攻撃しろ」

「え、攻撃していいんですか?」

「人質を取らないといけないほどに追い詰められているんだ。冷静な判断なんかできていない。攻撃をしかけたら人質から離れようとするさ。人質が少し怪我してもポーションで治る。人質を取られて言うことを聞いても、そのまま人質が無事な保障はないしな」


 盗賊が冷静に人質をとる可能性もあるが、その場合の対処などミローたちには無理だ。対策を一つに限定して突っ込ませた方が盗賊の意表を突けるというものだ。

 そういったことを話しているうちに、ぽつぽつと背の高い常緑樹が生えている場所に到着する。そこから北東にいくつかの建物が見える。

 ここからだと村の様子はわからない。


「登って村を見るから待っててくれ」


 バルームはひょいっと木を登っていく。葉が少ないところは避けて隠れるように上を目指す。

 ある程度で止まり、村を見る。


「人がいないな。家の中にいるとしたら接近して探れるかもしれん」


 もう少し観察して人の動きを見ていようと一度降りて、それを伝えてまた昇る。

 三十分ほど村を見ていたが、人の動きはほとんどなかった。たまに見えた人影は暴れる様子などなかった。

 発見できたものもある。雪が荒れているところに赤いものが見えたのだ。戦闘か見せしめの暴行があったのだろう。

 降りてどう動くか伝える。


「盗賊はどこかの家の中にいるか、一度どこかに去ったようだな。静かに村に近づくぞ。戦闘になるかもしれないから君はここの木の上に置いていく。静かに待っているんだぞ」

「ついていっちゃだめなの?」

「戦いになったらお荷物でしかないからな。お前が原因で助けるのを失敗したら嫌だろう」


 渋々といった感じだが納得できたようで、バルームに運ばれて枝に座る。

 バルームは静かに行くぞとミローたちに告げて移動を開始する。目指すのは村の端にある家だ。そこならば近づいてもほかの家からは見えづらい。

 家が近づくとバルームはミローたちに喋るなと小声で告げて、ゆっくりと窓の下に移動する。

 耳を澄ませて内部の物音を聞く。誰かが歩いている小さな音がする。足音は一人のものだ。

 泣き声なども聞こえず、物々しい雰囲気はない。


「ピララ、中にたくさんの人がいるかどうかわかるか?」


 小声で自分よりも感知が優れているピララに聞く。

 聞かれたピララは壁に近づいて、耳を澄ませた。


「たぶん一人」

「そうか。そこの扉から離れているかどうかはわかるか? 離れているなら扉を開けて中を見てみようと思う」


 ピララは再度中の物音に集中する。

 

「動かなくなった。位置はそこまで離れてないと思う」

「ありがとう」


 礼を言い、バルームはどうするか考える。

 中にいるのはおそらく住人だろうと思う。情報を聞きたいので騒がないでもらいたいが、見知らぬ自分たちが入っても警戒されるだけだろう。


(少年を連れてきた方がいいか。あのまま寒い思いをさせるよりも、ここで静かに待ってもらった方がいいだろうし)


 もし中にいるのが物色している盗賊ならば速攻で気絶させてしまえばいいだろう。

 そう考えてミローに小声で話しかける。考えを話して、少年を連れてきてほしいと頼むと無言で頷き、静かに離れていく。

 バルームたちはミローが盗賊に発見されたときに戦うため準備を整える。

 十五分ほどでミローは少年と戻ってくる。静かに行動したおかげか村に動きはない。

 全員に中に入るぞと小声で言い、裏口らしきドアに近づく。

 盗賊だった場合、奇襲できるようにできるだけ静かにゆっくりとドアを開ける。

 隙間から見えた光景は、五十歳を過ぎた男が暖炉近くの椅子に座っているものだ。男の表情は不安といったものだった。

 バルームは村人だろうと判断し、少年と一緒に扉を開ける。


「誰だ!?」


 怯えた様子で男はドアを見る。


「静かに。荷物を届けに来たシーカーだ。村の異変をこの子に聞いて、様子を探っている最中だ」

「ホインか。お前、村を抜け出したのか?」

「すまないが仲間を中に入れても?」


 男は頷き、バルームたちは中に入る。

 年若い少女たちに男は不安を感じる。シーカーと聞いて盗賊をなんとかしてもらえるかもしれないと希望を抱いたのだが、あまり強そうに見えない少女たちばかりで返り討ちにされそうだと思ったのだ。

 その不安をバルームは見抜いて無理もないとひとまず流す。


「確認したいんだが、この村に盗賊が来たのは本当なのだろうか」

「ああ、少し前にいきなりやってきた。村の自警団が戦ったが、返り討ちにされた」


 雪に残る血はその戦闘の跡なのだろう。


「外から観察したが盗賊の姿は見えない。今はどうしている。去ったのか?」

「家に入り込んでいる。金目のものと食料と酒を集めて、女を侍らせているはずだ」


 性欲を感じさせる表情を盗賊が浮かべていたので、なにをしているのか想像はつく。だが少女に聞かせることではないだろうと表現を濁す。

 男の苦い表情からバルームは言いたいことを察した。


「どこの家にいるかわかるか? あと盗賊は何人いる」

「盗賊は七人だ。入っていった家は村長のところだが、別のところに移動している可能性もある。俺たちは家からでないように命じられて、外の様子はわからなかった」

「ホインが言うには盗賊たちは徒歩だったそうだが、馬車を遠くに見たりはしたか?」


 男は盗賊がやってきたときのことを思い返し、首を横に振った。


「見てないな」

「盗賊たちは何日も雪の中を行動できるような荷物は持っていたかわかるか」

「そういった荷物はなかったように思えるが」


 そう答えて男もどこかに拠点がある可能性を思い浮かべた。


「……北にさほど大きくない洞窟がある。徒歩で移動できる範囲だ。隠れたり雪を避けるならそこだろう。魔物が巣にしていたが、そこまで強い魔物じゃないから乗っ取ることもできると思う」

「拠点がある可能性も出てきたか。まあひとまずここにいる盗賊をどうにかする必要があるな」

「気を悪くしたらすまないが、彼女たちは戦えるのか?」

「若いから不安に思うのは当然だ。しかしこう見えて戦闘能力だけを見たら一人前だ。村の自警団くらいなら勝てる実力はある」

「そうなのか」

「ついでに言っておく。おそらく戦闘になるだろうが、村人を無傷で助けるほどの実力は俺たちにはない。怪我や家の破壊が発生するだろうが、そこは助けるために諦めてくれ」


 男は口を開きかけて止まる。そしてなにかを飲み込んだように頷いた。


「わかった。助けてもらえるだけでもありがたい。謝礼も出すから、どうか盗賊の討伐を頼む」

「任された。あと聞きたいのは村長の家の場所で、ホインをここに置いてくれるかということなんだが」

「ホインは当然預かる。村長の家はここからだと北の方にある。煙突が二本ある家だ。その周辺の家は煙突が一本のみだからわかりやすいと思う」

「村長の家は盗賊たちが全員落ち着けるほど広いのか」

「全員が過ごすには少しばかり手狭だな」


 女を抱くならほかの家に連れ込んでいるかもしれないとバルームと男は考える。


(戦力が分散している可能性もありえるか)


 ほかの家にいる場合はミローたちに外を見張ってもらって、バルーム一人で対処することにする。

 年頃の少女にはあまり見せたくない光景になっていると思うのだ。


「さて情報も得たから俺たちは動く」

「よろしく頼む」


 外の様子を探って盗賊が出歩いていないことを確認し、バルームたちは出ていった。

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